葵さんカウンタ14008ゲット記念小説
LA・LA・LA LOVESONG
7.子守歌−ロスト・ララバイ
海の国、海人界に流れる歌の声・・・。繰り返されるそれは、潮騒と絡み合い、光ともす海を毎夜彩っていた。−本気の恋なんて、しちゃいけないわ−
−大切な人がいるって、本当に良いことだと思うよ−
姉たちの声とモモカの声が、代わりばんこに蘇る。
−人魚族の恋は、報われないものなの−
−素直に、なればいいわ−
(わからない・・・)
悩ませないで欲しい。辛いから。苦しいから。
ただ心の内にあるのは、歌声を聴いて欲しいという望みだけなのに。耳に優しく届く人魚の歌声は、最初は風に交じって聞き取れないほど微かなものだった。やがて歩を進めるごとに輪郭がくっきりとして、今やはっきり聞こえてくる。空気を震わす響きのひとつひとつさえも。
竜人界で見かけたときと同じように、人魚は岩に腰掛け海へ向かって歌い続けていた。降り注ぐ月光のしぶきを金の髪と白い肌に集めているさまも、あの夜と同じ。ただ、月はふっくらと、満月に近付いてきてはいるけれど。
海浜に月、波と人魚。メロディのフレームが縁取れば、まるで一枚の絵画のような光景に。
クラーケンはずっと見ていた。そして、聴いていた。
いつしか、ある人魚の面影を重ねて−。「・・・おい」
夢? この声。心の中で何度も呼び起こしていた声。
歌は海に吸い込まれるように途切れた。同時に振り返る。取り繕うことを忘れていたので、慌てて顔をそらした。
心臓がはじける。いっそ止まってしまえと思うほど苦しい。
どうして、ここにいるの?
「カ、カゼならひかないわよ。人魚なんだから!」
動揺のため自分でも何を言っているのか・・・。
クラーケンの方も、海人界まで来てマーメイを見つけたはいいが先の行動まではシュミレーションしておらず、止まってしまう。
(そうだ・・・)
『花束プレゼントされたら、クラッとくるかも』というモモカの意見を参考に、一応竜人界原産の花を持ってきていたんだ。
クラーケンは岩をひらりと乗り越え、マーメイの隣に立った。
「これを、やる」
懐から取り出した花を無造作に差し出す。マーメイは条件反射で受け取ったが、ふと目を向けて度を失った。やたらに巨大な花は一輪だけで、褪せたアズキのような色をしており、しかも花びらが動いている・・・。よく見ると花が竜の顔になっていた。で、鋭い牙をむき出したり目を開けたり閉じたりと、動いているのだ!
「キャアッ、なによ、コレ!?」
海の上に投げ出してしまう。波に漂い、それでも奇怪な花は沈みもせず相変わらず動いているようだった。
「竜の花といって、珍しい植物だ」
いくら珍しいといっても、アレは・・・。
「あ、あたしと話をしたいって男は、宝石とかドレスとか・・・、もっと良い物を持ってきてくれるんだから」
違う。そんなこと言いたいんじゃないのに。心と口は別物のようで、魔法のように言葉が勝手に出ていってしまう。
こっちからふってやった方が楽だって、無意識に思っているからかもしれない。
「あんた、まさかアレだけあたしに持ってきたっていうんじゃないでしょうね」
「ああ、アレだけだ。捨てる気か?」
竜人界でも希少な花なのだ、簡単に手に入れたわけではない。表面には出さないが、捨てられたとなればショックだし、腹も立つ。殺意が芽生えてしまうかも知れない。
だが、人魚は、
「・・・仕方ないわね、もらっておいてやるわ」
ざぷん、と夜海に飛び込み、一輪だけの花を取った。
髪も花も海水に濡れ、雫が滴る。宝石でもない、アクセサリーでもない。こんな不気味な花なのに、今までもらったどんなプレゼントよりも特別で、嬉しいもののような気がした。
「海の中でも栽培できるかしら」
「かなり丈夫らしいから平気だろう」
かなり丈夫? それはそれで、イヤなような・・・。
しかし、見ているうちに愛着が湧いてくるから不思議だ。小さな竜みたいで、かわいいかもしれない。花瓶に挿して部屋に置けば、ペット感覚で面白いかも。
「・・・ありがと」
心からの礼が、お互いの気持ちをほどいてゆく。微笑みを交わすのも、自然のことで。「歌を、聴いてくれた?」
クラーケンは無言で頷く。
二人は並んで座っていた。時折の大きな波が、水しぶきを跳ね上げ砕けてゆく。
綺麗な人魚の声を、竜人界と海人界で聴いた。歌は心のひだに染み入り、今まで味わったことのないような甘い懐かしさに襲われたのだった。
きっと、忘れられていた子守歌を思い起こさせてくれたのだろう。記憶のどこかに刻まれていた、母ビーナスの歌う子守歌を。
皆がはやし立てるような、恋なんてものじゃない。そんなのとは違うと思う。
今はただ、マーメイを通して母を見ているだけだから。
「時々・・・、聴きに来てよ」
「そうだな・・・」
頷きは曖昧だった。
クラーケンの揺れる心の色はマーメイにも伝わっている。だから、いつもの優しい声を出して、こう提案した。
「お友達になりましょう」
普段なら絶対に言わない言葉だ。告白されたときの断り文句以外では。
『お友達から始めましょう』なんて基本を、自分が踏むことになろうとは想像だにしていなかったのに。
だけど大切にしたかった。慎重に見極めたかった。人魚を不幸にするという、これは恋なのか。
「友達か・・・オレにはろくな友達がいないからな・・・」
敵意むき出しのヤツもいるし、憑いて来た相手は暗い変な男だったし。
人魚族の血が半分流れているわけだから、その友達がいるのも悪くないだろう。マーメイはまた歌い始める。歌を歌っているときだけ、素の自分でいられる気がする。
クラーケンは黙って耳を傾けた。忘れられた子守歌が、海も月も恋も、全て優しく包み込み抱いてくれていた。
![]()