「旦那さまー」
朝は戦争。
「旦那さま!」
階段を駆け上がって、家政婦は家主の部屋の前に立った。ドアに手をかけて、一度深呼吸をする。もうそろそろ起きてもらわなくてはならない。覚悟を決め、勢い良く開けた。
ちゅどーん!
とたん、爆音と爆風に迎えられる。盛大に上がった煙で咳が出た。
「う・・ゴホゴホ」
今日はコレで来たか。犯人は分かっている。しかし彼女より先に、見えない視界を突っ切ってヒデハルの声が響いた。
「ネット! 朝から人の部屋爆破するなあー!!」
煙がおさまり、形が見えてきた。怒鳴りながら窓を開けるヒデハル。傍らに爆弾を持って立っているのは、ヒデハルの一人息子、超天才ベイビーのネットとガールフレンドのメディアで、側ではバーチャルペットのウサたんとクマたんが好きに踊っている。
ああ、文字通り、戦争のような朝。
「もう・・・。お掃除が大変だわ」
肩を落とすと、赤ん坊たちが振り向いた。
「あら、コユキたん。おはようございまちゅ」
「大丈夫だぞ、コユキ。目覚まし用に作った爆弾で、爆発力は抑えてるから、散らかってない」
赤ん坊たちのしっかりとした言葉に、家政婦をしているコユキはつい笑ってしまうが、ヒデハルは煙を追い出しながらぶつぶつ言っている。
「まったく・・・たまには平和な朝を迎えたいものだ」
のどかという言葉とは対極にある、いつもの朝の風景だった。
トーストと目玉焼きの朝食を済ませると、ヒデハルはいそいそと出掛けてゆく。
コユキは、このときのヒデハルが大好きだった。ネクタイをしめて背広を羽織り、メガネをちょっと押し上げる。そのメガネの奥には、これから出勤という緊張感がにじんでいる。きっと仕事中も、こんな瞳をしているのだろう。コユキには頼もしく映る姿だった。
「じゃ、父は労働に出掛けてくる。コユキちゃん、あとはよろしく」
「はい。いってらっしゃい」
ぽーっと見送る。何となくにやけてくる頬をどうしようもなかった。
コユキがヒデハルに憧れの気持ちを抱き、どうにか家政婦として働かせてもらえるようになったのは、つい2ヶ月ほど前のことだった。最初はしゃべる赤ちゃんたちや不思議なバーチャルペットにかなり驚いたが、今やすっかり馴染んでいて、過激なイタズラも毎日のことだと笑って済ませられるほどになっていた。
「さて、お掃除を始めようかな」
「ネットちゃま、あたちたちは、向こうで遊んでまちょー」
メディアがネットを子供部屋へ促す。とてとてと歩くその後ろ姿がかわいい。天才ベイビーとはいえ、こんな仕草はやはり微笑ましいものだった。更にその後をついてゆくウサたんとクマたんも、また別の意味で可愛らしい。
「仲良く遊んでね」
見送ってから、掃除のために窓を開け始める。初夏のよい匂いがした。
まるでこの家の奥様になった気分になれるから、コユキは今の仕事を気に入っている。しかし、ずっと家政婦を続けたいわけではなかった。目標は別にある。
25才。自分の将来を、真剣に考える年頃になっていた。
H11.4.14