喫茶店「七ツ森」に入り、窓際の席を陣取った。雨のせいか、そこは本当に静かだった。コーヒーを二つ頼んで、何気なく外に目を向ける。はす向かいの大きなショーウインドウに、白いウエディングドレスが飾られていた。
「いいなあ・・・」
それはほとんど無意識のため息。それでも静かなこの空間では、アキラに届いてしまう。コユキの視線をたどって、アキラは肩越しにその貸衣装のウインドウを見た。
「女って、ホントああいうの好きだよな。オレにはわかんねーけど」
「分からないでしょうけどね」
ふっと笑う。アキラのことは弟みたいに思っているから、何を言われても怒る気にはならないのだった。
「結婚とか、憧れんの? 確かにコユキはいい嫁さんになるだろうけど。メシもうまいし」
家政婦だけに、家事には慣れている。
「それしかとりえないから。あたしなんかは・・・もうこんな年だし」
「って、まだ25だろ」
コーヒーが来た。エプロン姿の若いウエイトレスが、二人の前にカップを置いていく。
「もう25よ」
アキラが砂糖を入れている間に、コユキはもうカップを口に運んでいる。ブラックが好きだった。
「学生時代の友達も、どんどん結婚しちゃってるから・・最近、親もうるさくて。帰ってきて見合いでもしろって」
「そんな急ぐ年かよー」
「田舎ほど結婚は早いものよ」
苦笑する。
「帰りたくないから。こっちで早く結婚したいなーなんて」
「ふーん・・・」
アキラは眉を寄せた。結婚とかは、よく分からない。だけど、コユキの考えには疑問を持った。
「結婚結婚って、そんな言ってたら男も逃げんじゃねえ? もっと他にやることとか考えること、あるんだろ」
ドラマか何かで耳にしたことのあるセリフだと、言ってしまってから気付いた。
コユキは相変わらず、あの何かを諦めたような弱い笑みを浮かべている。
「女が一人で生きていくのは大変だもん。特にこんな時代じゃ。あたしには家事以外のとりえはないし、全然美人とかじゃないし」
「何言ってんだよ」
アキラは少しいらだってきた。
「いっつもコユキって、自分を否定してばっかだよな」
「・・・・」
カップを置いて、コユキは少し考えているふうだった。ためらいがちに、慎重に言葉を押し出す。
「・・・慶応の医学生で、男のあなたには分からないのよ」
「・・・・」
今度はアキラが黙ってしまう番だった。コユキの瞳は、まっすぐにアキラに向いている。
「学歴もないし特技もない、コネも力もないあたしが、ここで、どうして生きていけばいい? 結婚願望が強いのは、まるで悪いことのように言われるけれど、一人で生きられない女が少しでもいい相手を捕まえようと思うことの、どこがいけないの?」
ひといきで言ってから、コユキは目をそらしてしまった。落ち着かなく、コーヒーカップに指をかける。言い過ぎたことを恥じているようだったが、逆にアキラは目が覚める気持ちだった。
確かに、そういう考え方もありなのかもしれない。
自分は受け売りの言葉でハンパな説教をしかけたが、コユキは自分なりの考え方を持っている。正しいとか、間違っているとかの問題ではない。
「ゴメン」
「あ、あたしこそ。変なこと言っちゃって。忘れて」
コーヒーをすする。短い沈黙があった。
「・・・それで、五味ヒデハル狙ってんだ」
いたずらっぽい調子でズバリ核心をつかれて、コユキの頬は正直に赤くなる。コーヒーを飲み下しながら、こくんと頷いてしまった。
ヒデハルと結婚できたらいいなと思う。もちろん、まだつき合ってもいないので、願望に過ぎないのだが。最終目標に結婚を据えて、段階的に作戦を実行している最中だった。
「まー、ヤツはあれでも一流メーカーの部長だからな。条件としてはそう悪くもないもんな」
「・・それだけでもないけどね」
気持ちがなくては、もちろんそんな気にならないのだから。
コユキはヒデハルのことを想って、視線をぼんやりと流す。白いドレスが雨にけぶっていた。
静かな店内。邪魔にならない程度のゆうせん。空になったコーヒーカップ。
H11.4.17