話して尊いその未来のことを
「戦況は逼迫しています」
「わかった。明日には私が出陣する」
総帥自らが出陣を宣言し、短い会議は終わった。にわかな緊張の中、皆は急ぎ準備にかかる。
「・・・マジック総帥、よろしいんですか」
総帥室に戻ろうとするマジックを、中年の男が追ってきた。名はガナッシュ、ガンマ団への忠誠厚い隊員だ。
「何が?」
彼は昔、マジックたち四兄弟とその母ジュエルの世話役を務めていた。その縁で、総帥は今でもガナッシュの言うことには耳を傾けるのだが、いつでもかしこまった態度を取る辺りがこの男らしいところだ。
「その・・・・、お子様がもうすぐ誕生されますし・・・」
歯切れの悪い言葉は、断固とした口調により遮られる。
「それはあくまで私的なことだ」
カッときびすを返し、行ってしまう。肩幅広い、がっしりとした後姿を見送りながら、ガナッシュは何とも言えない気持ちに襲われていた。
「すげえよなー、総帥・・・顔色も変えないで」
「ああ。サービス様が片目を負傷して、ルーザー様も亡くなられたばかりだってのに。さすがは冷酷無比なガンマ団総帥・・・なんか背筋がぞっとするよ」
「いや、だからこそ俺はついていきたいって思えるけどね」
若い隊員たちが無責任に噂しているのを背中で聞き、やるせなくなってその場を去る。
生まれたときからそばで仕えていたガナッシュですら、計り知れない。
総帥という鎧に覆われた胸の内に、どんな想いを抱いているのか。兄として、夫として、そして父として・・・。
部屋の外で一度大きく息をしてから、意識して元気良くドアを開けた。笑顔は自然に出てくる。
「ただいま! ジャス、ベイビー! 今日も元気にしてたかな!?」
妻のジャスパーが、いつものようにロッキングチェアでくつろいでいる姿が目に入る。何も求めない彼女が唯一欲しがった椅子で、ねだられるのが嬉しかったマジックはすぐに買ってやったものだった。
「・・・ああ、おかえり、マジック」
うたた寝でもしていたろうか。長い黒髪は少し乱れ、どこかぼうっとしているように見える。
マジックは上着を脱ぎ、ハンガーに丁寧にかけてから、妻のそばにひざをついた。
「遅くなってゴメンよ」
黒い瞳を見つめると、ジャスパーは意志の強さをそのまま形にしたようなその目を笑みに細めた。
「仕事が忙しいのは結構なことじゃないか。総帥殿」
決してすねているわけではない。本心だ。
ジャスパーが一番愛したのが、ガンマ団総帥としてのマジックだ。・・・否、愛や尊敬などという言葉を通り越して、全てを投げ出したいほど強烈に惹かれた。マジック個人に、というよりは、むしろ青の一族そのものに。
青の継承者たるマジックを欲し、望まれるまま彼の妻となったのも、いずれ一族最強になる男の母になりたくてのことだった。
「ベイビー、すこやかかい?」
顔いっぱい笑みにして、大きなお腹にそっとスリスリしてくる。
「さあ今日はママのぬいぐるみを作ったよ」
手作り『ジャスちゃん人形』をどこからか出して、お腹の上にちょこんと乗せる。相変わらず良い出来だ。
・・・こんな人に惹かれたつもりはないのに。でも笑ってしまうジャスパーだった。
マジックはぬいぐるみを抱くようにして、顔を上げた。
「・・・ごめんよジャス。実は明日から遠征することになったんだ・・・」
もういつ産まれてもおかしくない。明日からの遠征では、その瞬間にそばにいてはあげられない。
それは、赤ん坊の誕生に立ち会えないということの外に、もう一つの重大な意味を持っていた。
マジックの沈痛な面持ちと、重い沈黙とを、ジャスパーはいっぺんに笑い飛ばしてやる。
「いいよ。男がいたって、どーせ出産の役になんか立ちゃしないんだからさ。あんたは仕事と料理とぬいぐるみ作りくらいしか能がないんだから、しっかり頑張ってきなよ」
夫の顔を見下ろす。かつて最も魅了された青い瞳には、限りない哀しみと慈しみの色が、にじむように広がっていた。
「・・・なんて顔してんの。部下が見たら驚くね」
少しだけ声を落として、そっと手を伸ばす。傍らにひざまづいたままの夫の金髪に触れた。
「大丈夫。あたしのかわりに、あんたの後継ぎが凱旋を出迎えるよ」
「・・・ジャス」
大きな温かい手が、ジャスパーの骨っぽい手のひらを包み込んだ。そのまま頬に寄せ、マジックは目を閉じる。
強大な力を秘めた青の子を産むことに、母体は耐え切れない。今回の仕事が終わって最初に目にするのは、元気な赤ん坊と、ひきかえのように冷たくなった妻の姿なのだろう・・・。
せめてこの手のぬくもりを、刻み付けておきたかった。
「きっと元気な男の子を産むからさ」
かすれた低めの声が、心に、入りこむ。
傷を海水に浸したときのようにしみるから、あやうく、涙しそうになる。
「・・・ジャス・・・」
「・・・ああ、マジック・・・。あたし、眠くなったよ・・・」
甘えることが苦手な彼女の、唯一のサインを受け、額に軽くキスをする。そのまま身体を抱き上げてベッドまで連れていってあげた。二人分の重みが、いとおしい。
「秘石を見せて」
枕に埋めた頭を少しずらして、いつもの願いを口にする。マジックは頷き、最も大切なものを扱う慎重さで、青い秘石を取り出した。自分の手に持ったまま、ベッドサイドに腰掛ける。よく見えるよう差し出して見せると、黒髪と黒い瞳がほのかに照らされ、青い影を作った。神秘的な光の輪の中、妻はうっとり微笑んでいる。
「きれいだ。マジックによく似合う」
恐いくらい冴える青は、覇王にこそ相応しい。金の髪と強い瞳に映え、ますます輝きを増している。彼の手の中以外に収まる場所など、この世に存在しない。
ジャスパーは目を閉じた。まぶたの裏にも光は満ちている。圧倒的な色の中に、自分の子が秘石を持っているところを描き出してみた。このお腹の中にありながら、まだ見ぬ子供。今生ではまみえることもないであろう、一族を継ぐ者・・・。
「あたしに話をして。眠るまで」
「何の話をしよう? ジャス」
すでに半分くらいは青い眠りの中なのだろう。手には秘石を持ったまま、見守ってあげる。
「・・・一族のことを。子供のことを」
「ああ、いいとも。話してあげるよ」
何より尊い、未来のことを。
例えその風景に、彼女はいないとしても。やがて深い夢の中へと沈みいった妻に、軽い口づけをあげる。枕元に秘石を置き、布団をかけ直した。
ストレートの髪も睫毛も、ほの青く美しい。
周りから冷徹な男だと思われていることは知っている。一族を増やす道具としてのみ、妻を娶ったなどと陰で言う者すらいた。
事実、堕胎を妻に持ちかけたことは一度たりともない。確実に命を落とすと知っていながら、子供を諦めることを求めたりはしなかった。ルーザーが妻ナナをあれほど必死で説得しようとしていたのと、まるで正反対に見えたことだろう。
だが。
−愛している。本当は失いたくない。子供など産んでくれなくてもいい、ずっとそばにいて欲しい。
そんな熱い想いを、しかし伝えることは決してなかった。伝わらなくとも良かった。彼女が自分の命を差し出してまで望んだことを、成就させてやる。ただそれだけが、マジックにできる精一杯の愛情表現だから。そのためなら、自分の感情などいくらでも押しこめることが出来るから。
何も欲しがらないようでいて、その実強く貪欲に求めたジャスパー・・・最愛の妻。
(きみが命より大切だと言うのなら・・・)
秘石に包まれ、幸せそうな愛しい人を、いつまでも見守っていた。
ねむる僕の恋人に、話してあげよう。
尊いその未来のことを。
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