可愛らしい外観をした家の前で、ハーレムは立ち止まった。小さなライトに照らされたクリーム色のドアを見上げ、ようやくノブに手をかける。
 いつものように勝手にリビングへ入っていくと、この家の唯一の住人がソファに座ったまま迎えてくれた。
「ハーレム」
 刺繍をしていた手を休め、大きな瞳で微笑む。茶色の、自然なうねりのある髪に植物を模した髪留めが似合っていた。マタニティドレスもお揃いの黄緑色で、もう随分お腹は大きい。
「ナナ、風冷たいだろ」
 さりげない仕草で近付いて、開いていた窓を閉めてやる。カーテンも引こうとしたところが、やんわり止められた。
「そのままにして。・・・月が綺麗だから」
 夢見がちな声にふっと和んで、それでも空を見上げることなくハーレムは窓を離れる。
 後ろで一つに束ねた逆立つような金髪が、室内光にすらナナの目に眩しい。
「来てくれて、ありがとう」
「別に・・・夜は暇だからよ」
 なんてぶっきらぼうに言ってても、本当の気持ちは伝わっている。ナナは黙って、優しい目を義弟に向けていた。
「体、どうだ?」
 明日に産まれてもおかしくない。そんな身重の体だからというだけではなく、ハーレムは彼女のことを心配していた。
 ナナの夫、ルーザーは一昨日戦死した。そして青の子供は、彼女自身の命を奪ってしまう・・・。
「うん、元気よ。それよりハーレムは? 大丈夫?」
「俺の心配なんていいんだよ」
 そうは言っても、ナナにとってもハーレムのことは気がかりでしかない。
 亡くなったルーザーは、ハーレムの実兄だ。
 確かにハーレムは、ルーザーのことをいとわしく思っていた。それも、彼にとっては恐ろしくまっとうな理由でもって。
 ナナにも理解できるところはある。・・・夫ルーザーは、善悪の区別というもののない人だったから。
 それでも、実の兄であることに変わりはない。
 遺体は見つからなかった。形だけでもと執り行われた葬式で、ハーレムが見せていた表情・・・。心の痛みをおさえ切れないような目は、絶対に演技なんかではなかった。
 加えて、双子の弟サービスも現在床に伏している。親友と片眼を失った直後にこの憂き目、ルーザーを最も敬愛していた末っ子にとって、耐えられるものではなかったろう。
 そしてその弟を一番心配しているのも、ハーレムなのだ。
 さまざまな辛いものを背負っていなから、それでも叫ぶことも逃げ出すことも出来ないでいる。そんな義弟を思い、目頭をつと押さえたことも一度や二度ではない。
「・・・ナナ、俺、明日戦場に行く」
「・・・そう」
 驚きはしなかった。総帥自ら出陣するという情報はミルフィーユを介して伝わっていたし、もしかしたらハーレムもついて行くのではないかと予想もしていたからだ。
「・・・武運を、祈ってるわ」
 人のこと、祈ってる場合かよ。
 心に浮かんだ乱暴な言葉は呑み込んで、椅子に座りこむ。ナナをはすに見るような角度だったので、わざとそっぽを向くように体をずらし、脚を組んだ。
「・・・死んじまおうかな、戦場で」
 その方が楽かも知れねえ。
 ここでしか言えないことを、床に吐き捨てる。
 脆い時間の中、いっそ全部壊れてしまえと思った。
「そんなこと、言ってはだめよ」
 きしんでいた空気が、その声だけでうるおい、優しいものとなる。
 気がついたらナナがそばに立っていた。大きなお腹に手を添えるようにして、笑っている。
「バカ、座ってろよ」
 慌て、それでも静かな仕草で元のソファに座らせると、部屋の空気はもっと温かみを増していた。
 大きなブラウンの瞳は、昔から少しも変わらない、けがれのない瞳だった。それは真実を映す鏡にも似て、真っ直ぐハーレムに向けられている。
「あなたは生きて。辛くても、生きて。お願いよ。・・・そして、あなたの甥を可愛がってね」
 自分のお腹を撫でながら、何故幸せそうに笑えるのだろう。
 ハーレムは奥歯を噛んだ。
「・・・そうは言っても・・・」
 可愛がれない。可愛がれるものか。ルーザーの子なんて。ナナの命を奪って生まれくる赤ん坊なんて!
 さすがに口には出来なかった。だが握ったこぶしの震えと目の光で、それはナナにも充分伝わっているはずだった。
「ねえ、ハーレム・・・」
 それでも、穏やかな、ママの顔をして。
 ふうっと力を抜くように、ナナは微笑み、語りかける。
「子供たちには、未来があるの」
 手の中に命を感じながら、青い瞳を見上げていた。
 目の覚めるような青。こんなにも激しい青色を、ナナはこの一族以外に知らない。
 そして、こんなにも哀しい色を・・・。
 信じている。一族をかんじがらめにしている青の呪縛は、いつか必ずほどける時がくると。子供たちには、輝く未来があるのだと。
 こんな想いは、自分たちで終わりにしよう。
「あなたに話して欲しいの。甥っ子に話して。尊いその未来のことを」
 すくじゃなくてもいい。いつか、話せるようになって欲しい。
 願いを込めて見つめる先で、ハーレムはわずかに頷いていた。

 美しい月も見ずに、ハーレムはナナの家を背にした。
 ひとりになったとたん、涙が溢れた。
「・・・畜生ッ」
 眉間に皺を寄せ、大地を蹴りつけても止まらない。想いは熱くせり上がってくる。
 強くなりたかったのに。自分の弱さを、思い知るばっかりだ・・・!!
「ちくしょおおお!!」
 吠えて、涙を振り払う。のどにある熱を無理矢理飲み下すと、ナナの最後に言った言葉が夜風に乗って蘇った。まるで空耳のように。

−ねえハーレム、あなたの中で、子供の中で、私は生きていけるわ。
あなたが私のことを思い出してくれるとき。そして子供に話してくれるときに。私、心の中で、生きてる。
そして、必ずいつかまた会えるわ−

 だから話して。
 尊いその未来のことを。
 
 
 
 
 
 
 

 

−つづく−

 
 


 
 

第3話・話して尊いその未来のことを
 
 


 
 

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H13.5.21