話して尊いその未来のことを
マジックの妻ジャスパーと、ルーザーの妻ナナの出産予定日は、ごく近い日付けだった。
先に陣痛が来たのはナナの方。マジック総帥が出陣した、そのすぐ次の日に、お産は始まった。ベッドに横たわり、痛みに耐えているナナのそばには、ジャスパーだけがいた。ナナ以外唯一の女性ということで請われたのか、それとも自ら引き受けたのか、汗をふいてやったり腰の辺りをさすってやったりと、自らも出産間近の身でありながらかいがいしく世話をしてあげている。
「・・・ありがとう、ジャスパーさん」
ナナには嬉しかった。青の一族が持つ力そのものを求めたジャスパーにとって、ナナの存在は気に入らないものであったのか、あからさまに嫌われていると感じることもあったのに。
二人、母になるということが分かってからだったように思う。わだかまりがとけていったのは。
ナナの呼吸が静かになったので、ジャスパーは体をさすってやっていた手を離し、椅子に腰をかけた。
陣痛とは断続的に襲ってくる痛みだ。今はちょうどおさまっているのだろう。
本当は、自身の体にとってもかなりの負担だ。だが、表情や態度にそのかけらも見せないのがジャスだった。背もたれに体重を預けるようにはしても、ため息のひとつも洩らさない。
「死ぬのはこわい?」
遠慮ない問いに、ナナは苦笑いで応える。
「・・・こわくないわけ、ないわ」
命と引き換えにしてでも産むと決めておきながら、そのことについて考えると眠れない夜もあった。一人きりで、声を忍ばせ泣きむせんだこともある。
だけど決して揺るがなかったのは、自分の中に生まれた命を大切に育んであげたい−ただ母としてのその想いのみだった。それがいつでも芯となり、彼女を支えてくれていた。
出産のために命を失う女性はいる。昔だったらもっと多かったことだろう。
きっと誰でもそのリスクを感じていながら、それでも産み出したいと願うのだ。・・・大切な子供を、尊い未来に送り出したいと。
それは多分、本能レベルで。海のような、月のような、汚れない本能で・・・。「私は信じているの」
幾度目かの痛みをやり過ごしてから、汗のにじむ素顔でナナは語り出した。
「残された人の心の中で生き続けられるなら、私は本当の意味で死んだことにはならないって・・・。そして、きっといつか、あの世で会えるって・・・」
こうも、笑えるものだろうか。痛みの谷間で、夢見るように恍惚として。
うっかり見とれてしまい、そのためジャスパーは一瞬、言葉を受け取り損ねた。
(・・・あたしとしたことが)
心の中で生き続けると・・・いつかあの世で会えると。
そう、言ったのか。
認識したとたん、唇を皮肉な笑みの形に歪めていた。
「・・・何言ってんの。死んだらそこで終わり。あとに残るのは、せいぜい灰と骨だけよ」
ナナはくすっと笑った。冗談を受けたときのような反応に、ついジャスパーはムキになる。
「まあ、100歩譲って、あの世なんてものがあるとしても、あんたとルーザーは会えないだろうし」
「・・・そうかしら」
「そうだよ」
そこまで言って我に返ったか、ストレートの黒髪をいじってから、ジャスパーは目をそらした。少し、言い方をずらしてみる。
「・・・あたしとあんたも会えないさ。だって、あたしは間違いなく地獄行きだもんね」
刺客などという、血のたっぷり染み込んだ稼業で今まで生きてたのだ。
子供を宿し、人を愛したことで少しは高尚な気持ちも知ったような気がするが、そんなことでチャラにできるような生ぬるい一生ではなかった。
「あんたみたいな虫も殺さないお嬢さんの行き先は天国なんだろ。生きる場所が違うのさ」
死後の世界なのに、生きる、なんて言って、言い間違いに気付かない。
少し意地悪だったかなと思い直しうかがうと、ナナはやはり微笑んでいたが、微妙に寂しそうな色が差し挟まれている。ジャスパーがとっさにわびる言葉を見つけられないでいると、ナナの方が口を開いた。
「・・・同じよ。罪なら私も犯してる」
少しだけ息苦しそうに短く息を吐いた。その声は、これもまた寂しさで彩られている。
「私、ずっと嘘をついてたから」
手短な告白に、不覚にもジャスパーの胸は震えた。
どんな嘘なのか、聞きただすような野暮はしない。その嘘を守ったままで、ルーザーの妻は天国に行こうとしているのだから。
「罪を犯さない人間なんていないわ」
「それにしても、程度があるだろ」
と言うジャスパーの言葉に、さっきのような勢いはない。
「窓を開けようか」
思いきり良く窓を開け放つ。停滞している空気に、流れが欲しかった。
ほてる身体に5月の空気が触れ、優しく冷やしてくれる。ナナはゆるりと手の力を抜いた。
「ジャスパーさん、神様にしかできないことって、なんだと思う?」
「まーた神様の話かい?」
窓際で振り返ったジャスパーの、聞き飽きたと言わんばかりのしかめっ面にもナナは笑みを向けている。
この辛抱強い笑顔が、ジャスには少し気に食わない。自分が間違っているような気になってくるから。
「人間には無理で・・・神様にしかできないこと。それはね、『人を許す』ことだと思うの・・・」
ほとんど独り言のように、とつとつと呟いている。
「・・・・」
「どんな罪でも、許されるわ・・・だからね、また会えるの・・・きっといつかは、会える・・・」
次の痛みがやってきたのか、ナナはそこで言葉を切り、うめいた。
「・・・ナナ」
ジャスにはちっとも納得いっていなかったが、もうそれ以上の追及はできない。タオルを取ってそばに寄る。茶色のくせ髪を、かきやってあげた。(どんな罪でも、許される、か・・・)
生きてきた背景が違いすぎる。お嬢さんのたわ言だ。
陣痛の合間にウトウト眠っているナナを背に、ジャスパーは窓の外を眺めていた。
若々しい緑と、風の光る5月。ナナはこの季節が一番好きなのだと言っていた。
無意識に黒髪をいじりながら、風景全体を目にとらえ、そのまばゆさに何故か目をそらしたくなる。
(あたしの罪も・・・)それから数時間後、いよいよ分娩のための部屋に移ることになり、ナナはベッドを降りた。ジャスパーが最後の手を貸してあげる。
「・・・本当にありがとう、ジャスパーさん」
「頑張るんだよ」
熱い手を握る。ナナも最後の笑みをくれた。
「うん。・・・さよなら・・・」
「・・・バカだね」
不思議と、泣きそうだった。マジックを送り出したときですら、そんな気持ちにはならなかったのに。
ジャスパーは唇をかんでうつむく。
「・・・また、会えるんだろ」
「・・・そうね」
笑った。母たちは、強く笑い合った。
「また、会えるわ」
別れなんかじゃ、ない。元気な産声が、大気を震わせる。
新しい世界に生まれ来た命の、それは歓喜の声だった。
朦朧とした意識の中で、母は微笑んだ。痛みは感じない。
最期の瞬間まで、想っていてあげたかった。
愛する子供のことを。尊いその未来のことを。
ナナは男の子を産み、その数日後、ジャスパーもまた男の子を産み落とした。
ルーザーの妻は穏やかな表情で目を閉じた。マジックの妻は産声を聞くと声を上げて笑った。
そんなふうにして、それぞれその短かった生涯を閉じた。
子供に命を託して−。
開け放した窓から風が迷い込み、持ち主を失ったロッキングチェアを揺らしている。
湿気を帯びた空気は、遠からぬ梅雨の時季を予感させた。
「・・・ジャス・・・」
ただ一人でその部屋に立ち、マジックはそっと、『ジャスちゃん人形』にスリスリする。
決して見せることのなかった熱いものが、その頬を伝った。
−ばかだねぇ−
「・・・ジャス?」
思わず、窓に近寄る。あふれこぼれる涙もそのままに。
耳を澄ましても、聞こえるのはただ風や木々の織り成す自然の音ばかり。
そのとき、薄い雲が切れ、日が射した。光の筋が降り注ぎ、風景の輪郭を浮き立たせる。
妻は亡くなり、引き換えに息子が生まれた。それでも、世界は何も変わってはいない。
失うわけでもなく、忘れるわけでもなく。ただ全てを取り込んで、日々は続き、未来に繋がってゆく。
マジックは目元をぬぐうと、微かに笑った。妻の姿を模したぬいぐるみをロッキングチェアに置き、部屋を出る。息子を抱き上げてやるために。
息子・・・シンタローは、ジャスによく似た黒髪だ。瞳も母譲りの黒、青の一族に生を受けていながら、あろうことか秘石眼を持ってはいなかった。
それでも、ありったけの愛を注ごう。青の一族の後継者として育てよう。
(それがきみの望みだから・・・そうだろ、ジャス)揺れる椅子の上で、母は微笑んでいた。
−ねえ、話して。
話して尊いその未来のことを−。
あたしの本能は 汚れない
あたしの本能は 海のような
あたしの本能は 月のような
あたしの本能 本能は・・・話して 尊い その未来のことを
泉の中には ねむる僕の恋人が
ほとりで祈ってる。 声にすると泣いてる
あいにきて あいにきて あいにきて あいにきて
それはね、いつになく 真実の目を 目をあたしの本能は 汚れない
あたしの本能は 海のような
あたしの本能は 月のような
あたしの本能 本能は・・・あの人を守ってる。 まばゆい未完成の
こわしてしまったら? あまりにも身勝手に
チョコレートをあげる。 ガラスの橋を渡りきて
あとすこし、あとすこし、あとすこし、あとすこし
救いだそう この日から 月よあたしの本能は 汚れない
あたしの本能は 海のような
あたしの本能は 月のような
あたしの本能 本能は・・・あいにきて・・・はやく、あいにきて、あいにきて この世界へ
話して 尊い その未来のことを
あたしの本能は 汚れない
あたしの本能は 海のような
あたしの本能は 月のような
あたしの本能 本能は・・・あたしの本能、本能は?
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拝地まさきさんがくださったイラストです。
お墓参り帰りしなの、マジックとハーレム。
ハーレムの視線の先に、ナナは眠っています。
あとがき
ちょっと原点に立ちかえってみました。
パプワ系オリジナルもいいんですけど、やっぱりこういうのも書きたいなあー、っと。
ジャスパーがまともに登場したのって、二回目ですか? マジックの妻でグンマの母なのに、異様に出番が少ないですよね。
マジックとの出会いから結婚までとか、そういう話をまだ書いてないからなー。
第一話での、マジックとジャスパーの会話なんかが個人的には好き。ナナについては、私、激しく後悔しています。私が後悔するなんて、珍しいことなんだよ。
どうしてこんな設定にしてしまったのだろう。たぶん単に面白がって、のことだと思うけど・・・。
なんでルーザーと最悪の結ばれ方をさせてしまったのだろう。
その後、必死でフォローしようとしているのは皆様のご存知の通りです。
一度決めてしまった設定なので、もう動かせません。どうしたらいいんだー!? と、悩みつつ。
でもナナは好きです。穏やかで強くて。こんな聖人君子みたいな人いるかよ!? と、途中までは思ったのですが、彼女だって色々悩んだり苦しんだりしたんだろうね。そして、愛する人、頼れる人が周りにたくさんいたんだね。だってマジックたちとは幼なじみだし、ルーザーは一方的にしろ強く求めて愛してくれたのだし。母には愛されたし、病弱な妹(エミリー)にも頼りにされていた。ジャスパーには嫌われていたようだけど、最終的にはこんなに仲良くなれたし。何より、自分の中に生まれた命を愛した。
そういう、優しい感情、幸せを、受け取る力がある人だったんだと思う。信心深い母に育てられたため、彼女自身も神様を信じたり、そういう心もあるみたい。それも救いになってるんだね。私自身は神様は信じてないです。いるとしたら、自分の心の中に。もしくは自然そのものが神様なんだと思う(ギリシア神話の影響で)。
でも、死んだ後の考え方は、ナナと私と同じです。何回か作品中にも出しているけどね。
残された人の心で、生き続けること。
必ずいつか、会えること。
CHARAの「大切をきずくもの」って歌の中にも「誰でもいつかは行くところ、急がないでね」という歌詞があるんだけど、これも同じことを言っているんだと思います。CHARAはその歌を、「遺書のつもりで作った」そうだし。
死後の世界を知っている人なんていないんだから、そこは自分が好きなように信じればいいんだと思う。
そして私は心から信じているのです。
また会えるよ。
・・・去年、お葬式が多かったから、この考えはしっかり私の心に根を張りました。亡くした人にもいつか会える。自分が死んだとしても、愛する人にまた会える。それまでは、心の中で生きてるんだよ、と。
そう考えていれば、悲しくないよね。「人を許すのは、神様しかできないこと」
この考えは、チャットでお話しているときに亜佑美さんがおっしゃったことです。
ちゃんと許可を得て、使わせていただきましたよ!
私はやっぱり、許せない。自分に危害を与えた人なら、許さない。
そう考えれば、やはり人を許せるのは神様だけなんだろう。第2話はハーレムとナナ。ナナの救いの一つに、ハーレムの存在があります。ハーレム自身もかなり辛い思いをしているんだけど、それよりも義姉であるナナのことを想っている。お互いがお互いを思いやっている。二人とも優しくて。
ナナは「甥っこを可愛がって」とお願いしたけど、それはあんまり守ってあげられなかったみたいね。お年玉あげたこともないし(笑)。第3話は母同士。
ジャスの方が5才くらい年上なんだけど、どうもナナの方が大人びて見えてしょうがないです(笑)。
最初の頃、ジャスパーがナナにどんな素振りを見せていたのか分からない。でも、最後にはこんなふうに分かり合えて、よかったねって思う。朝のテレビで虐待のニュースを見るたび辛い。
マンガ「デビルマン」で、「今は親が子供を殺して、子供が親を殺すのは当然だよ」みたいなセリフを子供が言っていて、それを目にした幼かった私は怖いのと同時に、「そんなハズないじゃない。マンガだからなー」と思ってた。
でも今、それが現実に起きているのが何より怖い。
親が子供を殺し、子供が親を殺すニュースが流れ続けてる。
昔はそんなことがなかった。そんな事件が起きたら、大騒ぎだった。
私は、自分が小さかったときと比べて「怖い」と思うけど、今生まれ育った子供たちは、そんなことも麻痺してしまうんだろうか。比べるモノがないから。そんなニュースの流れるのが当然の世の中だから。尊い未来なんて、あるんだろうか。
世の中をどうにかできるほど、私は力も意気地もない。
だったらせめて、私だけは、信じたり愛したりしつづけよう。
世の中がそうだからって、そういう事件が多いからって、自分もそうなっていい、ってわけじゃない。
それにこの世の中、綺麗なものも幸せも、まだまだたくさんあるからね。
私が愛するこの世界に、尊い未来を信じよう。
そしてせめて書き続けよう。タイトルはこれまたCHARA。
ちょうど妊娠中に作った歌なのかな?
この歌の入っているアルバム「STRANGE FRUITS」の歌詞カードって、すごい面白いんですよ。手書きなの。エンピツで手書きした感じのが印刷されてる。歌詞以外にも赤エンピツでいろいろ書いてあります。
で、この「話して尊いその未来のことを」の歌詞のところには、妊娠したお母さんらしき絵が描いてある。歌詞の「あいにきて」のところには、ちょこっと「愛にいきて」と書いてあったりする。会いに来て、愛に生きて。こーゆー言葉遊びは大好きだな。
ということで、確実に、お母さんから赤ちゃんに対する歌なんだな、と。拝地まさきさんより、後日談的なイメージイラストをいただきました。
喪服姿のマジックとハーレム。
遺された者は、せつないです。
だけどいつか、話して欲しい・・・それが愛した人の願いだったから。ナナもジャスパーも、未だ思ってくれている人がいる。
そして見守ってくれているね、きっと。
命は繋がってる。
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H13.5.26