「ねぇ高松、相談があるんだ」
「何ですか、グンマ様」
大切なグンマが、直々に相談だなんて。高松はこの時点で鼻血が出そうになっていた。もうこれ以上ないというくらいの笑顔を浮かべて、実験用のテーブルから離れる。グンマも、にこにこと高松を見上げていた。まだ7才のグンマとは視線の高さが全然違うので、高松は片膝をついて視点を合わせた。
天使の輪もつややかな黄金の髪はまっすぐで、ほんのりピンクのほっぺを包んでいる。青い、つぶらな瞳。いつ見ても可愛らしい。すでに天才の片鱗を見せている頭脳と合わせて、将来の成長ぶりが本当に楽しみだった。そのために、命をかけてもいいとまで高松は思っているのだ。
「相談というのは?」
「あのねー、ナオミの誕生日のプレゼントなんだけど」
ナオミ、という名前を聞くと、とたん高松の表情が変わった。あからさまにムッとした顔になって視線をそらす。
「ナオミ様の・・・」
声までとげとげしいものになってしまったが、グンマは気付かないのか、同じ笑顔で話し続けている。
「うん。もうすぐナオミの誕生日なんだ。4才になるんだよ。そのプレゼントのこと」
「この間も、そんなこと言ってましたね」
「あれはひなまつりのだよ」
グンマは妹のナオミに、ことあるごとに贈り物をしていた。大好きなナオミの喜ぶ顔が見たくて、自分で作ったさまざまなおもちゃを与えていたのだった。
だが、ドクター高松にとって、ナオミは正直なところ疎ましい存在でしかない。ありったけの愛情を注いでいるグンマが、いつもいつも妹のことばかりを考えているのが許せなかった。とどのつまりただの嫉妬なのだが、ドクターの怒りは全てナオミに向けられている。とはいえナオミは総帥の姪であり、一応グンマの妹なのだから、その怒りを直接ぶつけることは決してできないのだが。
「ナオミの誕生日はちょうど桜がいっぱい咲いているころだから、部屋の中で咲く桜なんかあげたいんだ。それで、そういうのできないかなって」
無邪気さが、時々残酷に高松の胸を刺す。ちくちくとした痛みに眉を寄せた。
「・・・できません」
技術的にできないというのではない。心情的にだ。
幼いグンマにそれは理解できるものではなく、そうか、できないのかと納得して素直にその希望は引っ込めた。
ドクター高松の祈りにも似た視線には全く頓着なく、グンマは首をかしげて考える。
「うーん、それじゃ、何にしたらいいかな」
グンマがナオミを想う心。そして、自分のグンマに対する心からの想い。ふたつの想いの深さには、いつも心を痛めるばかりだ。
「やっぱり女の子だし、人形なんかいいかな。そうだ高松、ボクの人形なんてどうだろ」
「グ、グンマ様、そんな、“グンちゃん人形”だなんて・・・」
既に人形に名前を付けている。高松の頭の中には、グンマそっくりの人形の姿が思い浮かんでいた。
グンマは自分の思いつきがかなり気に入ったらしく、目をきらきらさせている。
「そうだ、それがいいや。動いてしゃべる、グンちゃん人形」
高松の頭の中にある人形が、手足を動かし、おしゃべりをし始めた。欲しい。それは欲しい。
「着せ替えもできるようにすれば、もっといいね」
着せ替え!
ドクターはもはや耐えきれなかった。鼻血が盛大に流れ出す。
「高松、どうしたの」
「い、いえ・・・」
背を向けて一生懸命ティッシュで押さえ、首の後ろをトントンと叩いた。どうにか体裁を整えてグンマを振り向く。
「グンマ様・・・そ、そういうのは、ナオミ様にではなく、どうかこの高松に・・・」
「え?」
高松は再び膝をついてグンマの腕をつかむ。きょとんとしているのにもお構いなしだ。
「そのグンちゃん人形、私にください」
グンマは尚も不思議そうに高松をみつめる。しかしもう彼は止まらなかった。グンちゃん人形のかわいらしい動作を見守り、語り合い、そ、そして着せ替え・・・。頭の中が100%妄想で占められているのだから、止まるはずもない。
「グンちゃん人形ー」
「高松ー、鼻血をふいてよおー」
実験室は、大騒ぎだった。
目が血走り、ついでに鼻血も流しっぱなしのドクター高松に抱きつかれながら、グンマは思った。
なんだかよく分からないけれど、グンちゃん人形もどうやら却下ということらしい。
さて、一体ナオミに何をプレゼントすればいいだろう・・・。
H11.5.26