サトシさんカウンタ11110ゲット記念企画小説
1.ゲームボーイカラー
「ふぁーあ・・」
 思い切り伸びをすると、病院のにおいを深く吸い込むかたちになったのでアキラは途中で腕を下げた。
 しかし決して嫌いなわけではない。消毒薬や他の薬、食べ物、入院患者。雑多なものが混じり合った文字通り病的なにおいには、かえって惹かれるところがあった。
 黒岩アキラは慶応の医学生。今日はこの某病院に研修として来ていた。研修は全て終わり、病院内の空気でも吸おうとこうして白衣姿のままふらついているという次第だ。
 夕食前の時間、外科の入院病棟は何となくざわついている。病院の廊下にはシーンと静かな方がふさわしいと思うのだが・・・。
 白衣のポケットに両手をつっこんで、あてもなく歩くとエレベーター前まで来てしまった。ジュースの自販機や公衆電話があり、窓際にはソファも置いてある。
「あ、ピオン」
 新しいジュースだ。コマーシャルでやっている。新しいものはとりあえず飲んでみたくて、アキラは早速ピンクの缶の飲み物を購入した。そのまま窓に向いたソファの方に行くと、人が座っていたので少し間を開けて腰を下ろす。
 よく冷えたジュースのプルトップを上げて、一口流し込んだ。
(・・・まじい)
 やはり新しいものにいきなり飛びつくのは危険だったか・・・。好みに合わない味に、顔をしかめる。
「いやっ、もう!」
 と、いきなり隣に座っている女性が声を上げたのでびくっとした。見ると、彼女は赤い色のゲーム機を熱心に覗き込んでいる。ゲームボーイカラーか。
 スリッパを履き、グリーンのチェック柄パジャマにカーディガンを羽織った姿でこの病棟の入院患者と分かる。ところどころ茶髪にしてぴょんぴょん跳ねさせた学生っぽいショートカットの女の子だった。太っていると言うほどではないけれど、かわいいくらいにぽちゃっとしている。
「やだ、わけわかんない」
 むくれて、とうとうゲームボーイカラーを持った手を下げてしまう。緑のパジャマに赤のゲーム機なんて、まるでクリスマスカラー。
「何のゲーム?」
 つい口を出して、アキラは自分でも驚いてしまった。知らない人に声なんて普段はかけない。かけるわけはない。なんたって人間不信なんだから。
 しかしゲームクラッシャーとしてはゲームに苦戦している人を黙って見過ごすわけにはいかないのだった。
 女の子はこちらを見上げた。ほっぺもふっくら、雪見だいふくみたいでかわいい。
「これ、ポケモンのゲーム。親戚からお見舞いにもらったんだけど、あたしゲームあんまりやったことないから、難しくて」
「ふーん」
「新しい先生?」
 いきなり聞かれて、自分の白衣姿のせいだと思い至り、アキラはちょっと笑った。
「いや。医者のタマゴってやつ」
「そっか」
 しばしの沈黙。耐えきれないのか、彼女はさっきから全然飲まれていないアキラの缶ジュースを指さした。
「それ、まずいよね」
「まずい。失敗した」
 舌を出して「まずい」顔をしてみせる。
「あたしも缶がかわいいから買ったけど失敗した」
 特に愛想のいい女の子じゃない。だけれども、アキラにとってはなぜか話しやすい相手だった。
「ゲーム初めてなら、もっと簡単にできるソフト貸してやろうか」
「本当!?」
 初めてはしゃいだ声を上げ、嬉しそうな笑顔をこぼす。
「ああ。明日にでも持ってくるヨ。部屋どこ?」
「201。雪谷ヒトミっていうの」
 さっき雪見だいふくみたい、と思っていたので名字を聞いて可笑しくなった。
「オレは黒岩アキラ。じゃ、明日」
 こんなにすんなり女の子と話ができている自分を不思議に思いながら、アキラは立ち上がった。

 次の日。この日は金曜日で、バイトも何も入っていなかったので、午後の講義が終わるとその足で病院に向かった。空は冬曇り。冷たい風に、コートの中で肩を震わせた。そろそろもっと暖かくなってもいい頃だと思う。
「えーと、201・・・」
 昨日と同じフロアに201の病室を探す。何のことはない、エレベーターホールのすぐそばだった。入り口の名札を確認すると、名前が並んでいる中に「雪谷ヒトミ」の文字が確かにあった。
「ちぃーす」
 ドアは開いたままだ。ごく小さく声をかけ、中を覗き込む。左側のドア近くに昨日の女の子がいた。
 彼女はベッドに半身を起こして、テーブルの上で何かをしていたが、アキラに気付くと慌てるように声をあげた。
「あ、ち、ちょっと待って」
 わたわたと、テーブルに広げた白い紙や鉛筆を片づけている。見られたくないものを書いてでもいたのだろうか。
「・・・いいよ」
 ようやく許しを得て病室に入る。四人部屋で、皆女性だった。ヒトミとベッドを並べて窓際にいる人はお見舞いの二人と話をしていたし、もう一つの窓際のおばちゃんは編み物をしている。そしてヒトミに向かい合う形の中学生くらいの子はマンガ本を読んでいた。それぞれ好きなことを自由にしている。
「なんか、若者だね」
 アキラの私服を見て、へんな感想を述べる。そしてヒトミは何となく目をそらした。
「・・・ホントに来てくれたんだ」
「ああ」
 勝手にそばの丸いすに座って、ポケットをさぐった。
「ホラ、これ」
 ゲームボーイ用のソフトをふたつ、出してみせる。
「落ちゲーがいいと思ってさ。テトリスと、あとこっちはオレが作ったやつ」
 ネットたちにはかなり不評で作り変えられてしまった目玉の落ちモノゲームだが、懲りずにゲームボーイ版を作ってみた。毛細血管も更に細かくなっている。
「え、アキラ先生、ゲーム作れるんだ。すごい!」
「オイオイ・・「先生」ってなんだよ」
「だって将来、先生でしょ」
 それはそうかも知れないけれど、今からそんなふうに呼ばれるとおかしな感じだ。
「やってみようかな」
 ベッドの脇にある引き出しから赤いゲームボーイカラー本体を取り出し、まずはアキラ自作のソフトをセットする。
「どうやってやるの?」
「簡単だよ。右と左で動かして、落とすだけ」
「どこ押すのよ」
 ゲーム初心者なんだってば。
「まずはスタートボタン」
 言われるままスタートボタンを押してみる。いきなり落ちてくる目玉たちに、ヒトミは悲鳴を上げた。
「キャー、なにこれ! キモいー」
「キレーだろ。力作なんだぜー。目玉は特別丁寧に作ったんだ」
 ふふふっ、と暗い笑い声を耳元で聞いて、ヒトミの背筋には悪寒が走った。
 怖い、この人。

 そういうわけで不気味な目玉ゲームは一瞬のうちにリセットされ、ソフトはテトリスに入れ換えられた。少しアキラに教えてもらってプレイすると、ヒトミも下手ながらやり方が分かってくる。さまざまな形のブロックを形を変えながら積み上げラインを消してゆく、単純なゲームだけどそれだけに面白かった。
「あ、また上までいっちゃった」
「やってるうちにコツつかむよ」
「これ、面白いね!」
 顔を上げてヒトミは笑う。
「良かった」
 アキラもホッとした。残念ながら自作の目玉ゲームは「気持ち悪い」の一言で終わってしまったが、持ってきたゲームで喜んでもらえて本当に良かった。
「入院なんてヒマでしょうがなくて。こういうゲームがあればいいよね」
「入院、長いの?」
 ヒトミは首を振る。
「ううん。今までどこも悪くなかったんだけど、一週間前に急に、心臓の方で・・・」
 廊下から声が近付いてくるのに気を取られ、言葉を切る。複数の女の子たちのきゃらきゃら声は入院病棟には似つかわしくなかった。
「あ、友達だ」
「じゃオレ帰るわ」
 立ち上がったところに、ちょうど女の子三人組が入ってきた。
「おじゃましまーす」
「ヒトミ、元気ー?」
 それこそ元気いっぱいの彼女たちはそれぞれ流行の服を着て、ばっちりメイクもしている。どう見ても大学生、自分と同じくらいの女の子たちだ。
 アキラは反射的にヒトミを振り向く。てっきり高校生くらいかと思っていたが、違ったらしい。入院中で化粧もおしゃれもしていないから、という理由ももちろんあるが、彼女はもともと童顔だった。
「ほいじゃ、また」
 おおざっぱに手を振って、友達にもごく軽く目礼をするとさっさと出て行く。
 女子大生たちはそんなアキラを目を丸くしてじーっと見ていた。姿がなくなると、とたんにきゃーきゃー騒ぎだす。
「ちょっと、今の誰よヒトミ!」
「カレシ?」
「・・・違うわよ。病室であんまり騒がないで」
 注意はしてみるものの、彼女らの興奮は簡単にはさめやらない。
「紹介してよ!」
「超カッコイイ!」
「・・・そうかなあ。ヘンな人だよ」
 目玉のゲームなんて作るんだから。と続けてつぶやいてもやはり耳に届かないのか、三人はまだ騒いでいた。
(カッコイイ、のかなあ・・・)
 そういうことにピンと来ないヒトミだった。
 
 

 −つづく−



 2.どこでもいっしょ


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