虹を見ること
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2.どこでもいっしょ土曜日、いつものように唯一の友達であるネットの家に遊びに行く。
コユキはお子さまたちを寝かしつけると居間に戻ってきた。
「一休みしようかな」
急須にお茶の葉と熱湯を入れる。寿司屋の巨大な湯飲みとピンクのかわいい湯飲みにつぎ分けて、寿司屋の方をアキラの前に置いた。もらってきた湯飲みなのだろうが、今やアキラ専用になっている。
横にいろいろな魚の名前が漢字で書いてある。それをちょっと眺めてから、一口飲んでみた。
「あちっ」
「気をつけてよ。アキラ、ネコだもんね」
別にケモノなわけではない。猫舌のことである。
「そーだコユキ、五味ヒデハルとの仲はどーなった? 計画は順調かぁ?」
「からかわないでよ」
と言いながら頬は赤くなっている。ヒデハルとの結婚を最終目標に努力しているコユキにはこの質問を冗談として受け取ることはできないのだ。
「・・なかなかねェ。やっぱり旦那さまはクラリスさんのことを忘れていないもの」
些細なことで離婚してしまい、その後すぐに亡くしてしまった元の奥さんのことを、ヒデハルはまだ想っている。コユキにとっては強力なライバルで、簡単に越えられそうもなかった。
「クラリスさんみたいに美人だったらなあ・・・」
よく写真を見せてもらうのだが、ネットの母は金髪でスタイル抜群の美しい人だった。どう考えてもかなわない・・・ため息をついてしまう。
「カンケーねーんじゃねーの」
「そうかな。ま、ゆっくりやるわ」
小さな湯飲みを包み込むように持って、フーフーさます。アキラもその仕草をマネした。
「あー、おいしい」
「うん、うまい。ところでさあ、ゲームオンチとしては、例えばどんなゲームならやってみたいと思う?」
「何よゲームオンチって・・・。悪かったわね」
確かにゲームの腕前はいつまでたっても上がらない。ぷんっと頬をふくらましてから、でもすぐに笑った。
「ライバル会社に開発のヒントなんてあげないわよ」
コユキの好きなヒデハルはゲームメーカー「ドリームス」の部長だが、アキラはライバル社「リアール」のアルバイターだ。貴重な意見を話すわけにはいかない。
「何言ってんだよ、コユキなんかの意見が会社で使えるワケねーだろ」
憎まれ口調はいつものことだ。
「個人的に聞いてんだよ」
「ふーん。・・・そうね、私、最近やってるゲームがあるんだけど」
とエプロンのポケットから、ストラップを引っ張り出す。
「ポケステかぁ」
プレイステーションと対応のソフトがあれば遊べる、手のひらよりずっと小さな携帯用ゲーム機のポケットステーションだ。
「そう。これ。「どこでもいっしょ」」
小さな画面の中にマンガっぽいネコがいる。コユキがボタンを押すと、ディスプレイに文字が出てきた。ネコがしゃべっているのだ。画面に出てくる言葉の中から返事を選んだり、文字を入力したりすることによって会話ができるという、今女性を中心に人気のゲームだった。
「これなら私にでもできるし、何たってカワイイもの」
「なるほど」
コユキのネコには何故かグンマという名がついていた。泣き虫で甘えん坊のグンマとひとしきり会話をすると、アキラは大きく頷く。
「コレいいかも。サンキュ」
「ん。でも何で? 個人的にってどういうことなの」
お茶をつぎ足してもらい、アキラは小さく礼を言う。
「・・・それがさ、おととい、病院で研修があったんだけど・・・」
茶飲み話にはちょうどいいかも知れない。熱いお茶を冷ましながら、アキラは病院でのことを話した。
「へえーっ、そうなの!」
話を聞き終わって、コユキの目は何故かキラキラしている。
「すっごいねー。アキラが女の子の話をするなんて、めっずらしいねー」
「何だよそのリアクション・・・」
ちょうどよいぬるさになったお茶を流し込む。軽くむせた。
「うえ・・」
「大丈夫? それにしてもびっくりだわ。やっぱりホモじゃなかったのね!」
「じゃねーよ! 誰がホモだっ」
本気で勘違いされているから困ってしまう。コユキはずっと嬉しそうにしている。
「とうとうアキラにも気になる子が・・・」
「だから、そーゆーんじゃねーって」
先走られるのも困る。
「ただ、なんか、話しやすいんだよ」
それが気になる相手ってことになるんじゃないの? という言葉は飲み込んでおいた。ムキになって否定するに決まっている。
話しやすいということは、フィーリングぴったし、ということ。そこから始まる恋ってとても多いはず。
いよいよ猟奇ホモ男も女の子相手のマトモな恋愛に走るのか・・・。わくわくしながらも、ほんのちょっと残念なコユキだった。
H12.3.5