サトシさんカウンタ11110ゲット記念企画小説
5.好きなもの
 
 しとしと雨が窓を包んで、病室内も薄ヴェールをかけられたよう。
 しかし冬の終わりを示す雨はやさしく、憂鬱を呼び起こすものではないはずだった。
−ゲームで遊んでもらいたかったんだよ。喜ぶ顔、見たかっただけ−
 窓ガラスにアキラ先生の最後に見せた顔が浮かぶ。落胆と苛立ちを混ぜたきつい眼がヒトミの胸を刺し、苦しくなって顔をそらした。
(アキラ先生は先生のタマゴだから・・・患者の気を紛らわそうとしてくれたんだわ)
 悪人顔の割には患者を思いやる優しい人なんだ。きっといいお医者さんになるだろう。
 いくつかの勘違いをしたまま、ヒトミはベッドの上にまたため息を落とす。
(迷惑そうにしちゃって・・・悪いことをしたよね、あたし)
 もし、もう一度来てくれたら、謝りたいのに。
(来てくれないよね)
 何度目かのため息をつきながら、赤いゲームボーイカラーを引っ張り出す。この前もらった新しいゲームをまだプレイしていなかった。
 アキラ先生が作ったものだというから、あの目玉の落ちゲーという前例もあるし嫌な予感はぬぐえない。それでもわざわざ作って持ってきてくれたゲームだ、やってみなくては。小さな罪滅ぼしのつもりでもある。
 ソフトをセットしてスイッチを入れる。タイトル画面には「臓器といっしょ」のおどろおどろしい血文字・・・。
「い・・・いやーっ、もお・・・」
 やはりこれ系か。こちとら心臓を患っているってのにッツ!
「・・・元気そうだな」
(えっ!?)
 また心臓が跳ね上がる。心臓患者がこんなに患部をいじめて大丈夫だろうか。
 胸を押さえてそっと見上げると、将来の先生が、そこに立っていた。
 さっきまで雨の窓ガラスに描いていたのとは違う、笑顔で。

「この間は・・・」
「ゴメンなさいっ!」
 言おうとしていた一言を先取りされて、アキラは息を飲み込んでしまった。ヒトミはベッドの上で深々と頭を下げている。
「私、自分のことばっかりで・・・。せっかくいろいろ気を遣ってもらっていたのに」
「イヤ、オレも、ついカッとなって。しかももう来ないとか言って、来てるし」
「あっ、それは別に・・・」
 むしろ胸のドキドキは「来てもらって嬉しい」と告げていた。もうこうなったら、素直にならなきゃ。
「おッ・・・それ、やってくれたか」
 にわかに喜色を表し、ベッドの近くに寄せた椅子に腰掛ける。ゲームボーイカラーを見るとタイトル文字に満足そうに何度も頷いた。
「我ながらタイトルもよくできてるなー。この血のしたたり具合にこだわったんだよ」
 こだわるな、そんなモノ。
「あの、まだやってないんだけど・・・これってどんなゲームなの?」
 聞きたくないけど聞いてみる。
「ま、簡単にいえば「どこでもいっしょ」をパクったやつ。「どこでもいっしょ」は知ってる?」
「うん。やったことはないけど」
 ブロスにもよくついているし、キャラの絵が付いたグッズも売っているのを見たことがある。最近はジュースのコマーシャルにも白いネコが登場していた。
 しかし、あのかわいいキャラクターと今手の中にあるディスプレイの異様な雰囲気とはどうしても結びつかないのだが・・・。
 アキラ先生は得意満面に解説に入った。
「胃とか心臓とか腸とか、好きな臓器キャラを選んでそいつと会話ができるってゆーゲームだよ」
「・・・・・」
 絶句。一体臓器キャラというのは・・・。しかも会話するって。
「見てみー。かなりリアルに、細部まで描き込んだオレデザインの臓器たちだぜー」
 ・・・呪われそうだ・・・。
 スタートボタンを押そうとするアキラの手を必死で振り切って、ヒトミは強引にスイッチを切ってしまった。
「アレ? 気に食わなかった?」
「食わないって!」
 食う訳ない。
「チェッ。せっかく魂込めて描いたのにな」
 頭の後ろで手を組んで、天井を見上げる目つきをする。言葉ほどには残念そうな様子もない。
「アキラ先生は、スプラッタ好きなんだね」
 話をふると、目がきらんと輝く。
「ああ、好きだぜー。血しぶき飛び散って阿鼻叫喚、おどろおどろしいのがいいねェ」
 実に楽しそうに恐ろしいことを語るアキラを、ヒトミはふと羨ましく思った。いや、別にスプラッタ好きが羨ましいわけではない。そうじゃなくて、好きなものを好きとはっきり言えることがすごい。
 普通なら隠したくなるような趣味なのに、気にしている様子もなく堂々としているのが羨ましいのだ。
「ヒトミは?」
「え?」
 初めて名前で、しかも呼び捨てにされてどぎまぎする。
「好きなこととか、得意なこととか、あんの?」
「・・・・」
 迷いは一瞬だけ。
 言えばいいんだ。彼がこともなげに言ったのと同じように。
「あのね、あたしはね・・・」
 自分の好きなことなら、隠したり恥じたりすることなんてないんだと。
「あたし、マンガ描くのが好きなの」
 そしてカミングアウト。
「へえーっ、マンガかあ。すげえなあ」
 友達にも言ったことがなかった。何だか恥ずかしくて。でも純粋に「すごい」と言われて、大したことではなかったんだと思う。
「じゃあもしかして、この間ここで描いてたのって・・・」
「そう! マンガ描いてたの」
 少しだけ照れを混ぜた笑顔は、やっぱりかわいい。
「どれどれ、どんなんだよ」
「えっ、見せるの?」
「見たい見たい」
 子供みたいに大きく頷かれて、ヒトミは苦笑いしながら、ベッド脇の衣装ケースに手を伸ばした。中から白い原稿を取り出す。
「これはまだエンピツの下書きなんだけど」
 数枚受け取って、マンガの原稿を初めて見るアキラはやたらに感心していた。
「うまいなァ。すげー」
「エヘヘ。・・将来マンガ家になりたいんだ」
 誰にも語ったことのない夢だった。
 今まで、友達に合わせることしかしていなかった。ファッションやドラマの話に適当に合わせて、適当に流行の服を着て、家ではこっそり隠れてマンガを読んだり描いたりしていた。
 自分の好きなことや夢を語るのが、こんなに楽しいなんて、知らなかった。
 ヒトミの生き生きとした笑顔を見て、アキラも今日来て良かったと思う。話してみて良かった。
「そうだ、今度、ゲームキャラのデザインしてみねえ? 一緒にオリジナルのゲーム作ろうぜ」
「わあ、それ、面白そう!」
 少なくとも「臓器といっしょ」よりはマトモなゲームができるだろう。
「オレ本当はカワイイ系の動物キャラ、すげー好きなんだけどさ、自分ではそういうのデザインできなくて」
「えっスプラッタ好きなのにカワイイ系・・・」
 あまりにもかけ離れているような。
「悪いかよ」
「いえいえ。そういうのなら任せて! カワイイ動物なら、こんなのは?」
 メモ用紙を一枚取って、えんぴつでさらさらと描いてみせる。ウサギをモチーフにした瞳の大きいかわいらしいキャラに、アキラはもう大喜び。
「うぉーっ、かわいー。ネットの馬鹿ウサギとは大違いだぜー」
 ヒトミには意味不明なことまで口走っている。
 やっぱりこの人、ヘンな人。

「・・・じゃあオレ、そろそろ帰るわ」
「待ってアキラ先生」
 鋭く止められて、浮かしかけた腰をまた下ろす。ヒトミはなぜか真剣な眼をしていた。
「・・・あたし、今度の木曜日に手術することになったの」
「・・・・そうか」
 顔をそらし、うつむくようにする。握ったこぶしを心臓のところに当てていた。
「全然、心配いらない手術だって言うけど・・・でもやっぱり、怖いんだ。麻酔して意識失って、そのまま死んじゃったりしたらどうしよう」
 そんなバカバカしい。と医学生は思うが、辛うじて口には出さなかった。いくら医学は進歩しているんだから、と言っても、患者本人に信じる気持ちがなくては。
「・・・大丈夫だよ」
 それでも、うまい言葉なんて見つからなくて。
「大丈夫・・・」
 ただ、そればかりを繰り返すだけで・・・。

 自分が医者になっていて、ヒトミに手術をしてあげられるなら。
 そんなありもしないことを想像してみた。
 自信を持って、大丈夫、まかせろ、って言えたのに。
 ヒトミの心臓を手術することを想って、ついにやけてしまう。血と内臓・・・。
 悪い癖が出た。それどころではないのに。
 病院の外に出ると、雨はやんでいた。陽も射している。
 陽と反対側の空をふと見て、アキラは言葉を失った。
 大きな虹が、くっきりと浮かび上がっている。

 知らせよう、早く。虹が出ていることを。
 消えてしまう、その前に。
  
 
 
 

 −つづく−



 6.虹を見ること


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