「な、なんだよコレーっつ!!」
すっとんきょうな悲鳴に、外を泳ぐ魚たちは驚き散っていく。
部屋の中では、着替えさせられたナギが顔を真っ赤にして突っ立っていた。
白い着物、やさしくまとう羽衣・・・。頭にはごていねいに黒ストレートのヅラまで装着したその姿は、どこからどう見ても。
「乙姫・・・」
「乙姫様だ」
そう、向かい合っている本物の乙姫様と、そっくりの格好だ。
「なかなか似合うな」
「うん、可愛い可愛い」
乙姫ちっくな姿をツナミたちにもてはやされながらも、ナギは叫びに近い声を上げる。
「少しくらい疑問を持てって! 何なんだよ、これ!」
姫は優雅に受けて荘厳に答えた。
「そなたを、一日乙姫に任命する」
「一日乙姫ぇ!?」
一日署長や一日駅長ならよくあるけれど、一日乙姫とは。・・・絶句。
「そ、その一日乙姫って、なんかいいことでもあんの?」
「いえ、別にないけど」
あっさり言われ、一縷の望みも絶たれた。ナギは首をがっくり落として、続く言葉を聞く。
「ただ今日一日ここにいてくれればいいのよ。少し気分が悪いとか言っておくから、部屋の奥でじっとしていれば多分大丈夫。魚語は話せるわね?」
「イヤ話せないっす」
サカナ語なんて、そんなの使っている人見たこともない。
乙姫はあからさまなため息を吐いた。
「使えない子ね。仕方ない、テープに吹き込んでおくから、召使いの魚が来たら適当に聞かせておいて」
多分とか、適当にとか、乙姫の言い回しはさっきからあやしい。
「で、ナギを代役にして、乙姫様はどちらへ行かれるおつもりで?」
カンのいいイサナに、いかにも楽しそうな笑顔が向けられた。
「決まっているじゃない! 地上に出るのよ!」
海面目指してカメは泳ぐ。ぐーん、ぐーんと水をかいて。
その背で、乙姫は語った。とても弾んだ声が海中にこだまする。
海の底で生まれ育った自分は、ほとんど地上に行ったことがないのだと。
マンガや雑誌にあるように、地上でデートというものをしてみたいのだと。
「デートぉ?」
「そう、デートよ」
少し熱が上がったような頬を見て、ツナミは笑った。
「乙姫様も、お年頃ですかぁ」
「しかし、デートというものは恋人同士がするものでしょう」
生真面目なイサナの目の前に、ちっちっ、と指を立てる。
「だから、みんなを呼んだのよ。四人の中から、一日彼氏を決めるわ」
『一日ナントカ』というフレーズがよほどお気に入りらしい。
アラシは腕を組んでそっぽを向いたまま、聞こえよがしな舌打ちをした。
「なーにが一日彼氏だ。俺を人数に入れるな、お前らで勝手にやってろ」
こんな女とデートなんて、願い下げだ。
クラーケンは、椅子代わりの岩から青い海面を眺めていた。ちら、と腕時計を気にする。
(また遅刻か)
いつものことなので今更心も波立ちはしない。
彼はこの海人界の英雄、ナンバーワンなのだが、竜王の息子でもあるため普段は竜人界で生活をしている。
時々女友達に呼び出されて、いつものこの場所まで足を運んでいるが、そいつがまたルーズで。約束の時間にここに現れたためしがない。
(今日はどこの男と会ってるものか・・・)
彼女にはやたらと男の友達が多いらしい。それはそれで結構だが、時間くらい守って欲しいし、開口一番に今日はどこの誰と会っていたとか、こんな宝石をもらったとかいちいち報告してくるのもあまり感心しない。
(今日こそはちょっと言っておくか)
別に関係ないし、と思って黙っていたが、さすがに最近は目に余る。
ザザ・・・
目の前に、波が起きる。自然のものではない。
クラーケンは頭の中で最初に言うべきセリフを考えた。彼女は人魚だから、いつも海の中から出てくるのだ。
ザ・・・!
(・・・?)
人魚ひとりにしては、広がる波が大きすぎるような。
と思ったとき、目の前の水が盛り上がり、ザバーン! 派手な音を立ててばかでかい生き物が顔を出した。
「!?」
さすがのクラーケンもびっくりだ。出てきたのは、常識では考えられないような超巨大なカメと、その背に乗り込んだ数人のヒトだったから。
「・・・アラシ」
「・・・クラーケン」
まずい、よりにもよって。アラシはカメを秘かにこづいた。何でコイツの目の前に顔を出すんだ。
「何をやっているんだ、ガン首揃えて」
環境への適応がやたら早いクラーケンは、もう落ち着いて脚を組み替えたりしている。
「何って」
返答に窮しているアラシよりも先にカメを降りて、乙姫はクラーケンに一礼をした。
「これは、海人界英雄のクラーケン殿。妾は乙姫。お目にかかれて光栄です」
「いや、こちらこそ」
形式的に頭を下げながらも、やっぱりクラーケンはアラシの方が気になる。
「おまえが乙姫と知り合いだとは知らなかったぞ」
「知り合いというより、アラシたちは妾のしも・・・」
「うわあ〜〜〜ッツツ!!」
いきなり大声を張り上げ、アラシは乙姫の言葉をムリヤリ遮った。コイツに弱味を握らせるわけには、断じていかない!
乙姫は不機嫌そうに振り向くが、アラシにとっては都合のいいことに、そこへクラーケンの待ち人が現れたのだった。
「ちょっとなーにコレ。人口密度、異様に高くない?」
この世のものとは思えない美しさの人魚がパシャッと顔を出し、邪魔なカメに文句を言っている。クラーケンの友達、マーメイだ。
「あらぁ、アラシじゃないの。特戦部隊の皆さんもお揃いで」
作り笑顔でご挨拶。
「・・・そちらの方は? 変わった格好なさってるけど」
「・・・そちらこそ、肌の露出が多すぎるんじゃなくて?」
早速、女の闘い勃発。初対面ながらもぶつかり合うあたりがこの二人。
「露出が少ないのは、自信がない証拠よね」
「出さないと男も寄ってこないんでしょ? 私なんてこうして五人ものしもべが・・・」
「うおおおー!!」
瞬間的に乙姫を抱き上げて、アラシはダッシュかけた。砂埃を盛大に巻き上げて、あっという間に遠ざかってゆく。
「あ、隊長!」
「隊長ー!」
隊員たちも慌てて後を追う。砂埃は四つになった。
「ヤダ、髪が汚れちゃうわ」
「何なんだ、アレは・・・」
水音に振り向けば、置き去りにされたカメが一人海に戻るところだった。何となく背中・・・いや、甲羅に哀愁が漂っている。
二人は顔を見合わせて首を傾げるばかり。お陰で遅刻や男のことを注意することもすっかり忘れてしまったクラーケンだった。
「ハア、ハア・・・」
本当に何をやっているのだろう、自分は。叫んだり走って逃げたりして、メチャクチャカッコ悪い。
「アラシったら」
媚びを含んだような声にふと見ると、手の中に乙姫がいた。思わず「お姫様だっこ」をして走ってしまったらしい。
「気が早いのねぇ。まだあなたを彼氏にするって決めたわけじゃないのよ」
くすくすくす。ウィンクのおまけ。
「・・・・俺を数に入れるなって言ってんだろ!」
乱暴に地面に降ろし、腕組みをするアラシの背で、くすくす笑いはやまない。
(このアマ・・・ぜってえ犯ったる・・・!)
もう歯も砕けよとばかりに食いしばる隊長だった。
H12.6.14