「ねえ、そのカマ、何とかならないの?」
スーツ姿になっても自分の武器を手放そうとしないイサナに、乙姫は眉をひそめる。そうでなくてもハデな顔してるんだから、並んで歩いているといらない注目を浴びっぱなしだ。自分が見られるならいいけど、デートの相手ばっかり目立っているというのは、ちょっと・・・。
「ふむ・・・いいカラダだ」
とどめはこの一言。道行く男を見てこんなこと言ってる!
ダメかも。
二番手はハロウだ。立派な体格に合うスーツがなかなか見つからず、結局服を買うのを諦めたため普段着である。普段着といっても上半身はほとんど裸だから、なんかこっちの方が恥ずかしくなってしまう。イサナとは別の意味で目立っちゃってるし。
「何、この体が気に食わんのかぁ」
ちょっと意見すると、任せておけと言わんばかりに胸をドンと叩いた。
「じゃ、変えるか」
ボコボコッ! 筋肉が変化してみるみる細くなる。身長はそのままだけど顔も体もいきなりシャープになったハロウに乙姫様はびっくり仰天。しかも、体格が変わったとたんに動作が機敏になった。それはいいが、機敏になりすぎて、一人でさーっと先に行ってしまった。
「ちょっと・・・」
どんどん遠くなる背中は引き留められない。あとには乙姫だけがポツンと残される。
「ちょっとってば」
デート相手を置き去りにするなんて・・・最低。
「おー、可愛いボクちゃんだねー」
おい。
「あっちの子もなかなか・・・」
あのね・・・。
小さな男の子とすれ違うたびに反応するツナミに、乙姫様はすでにぐったりしていた。
「乙姫様、ナギは今頃どうしてるでしょーねー」
「・・・知らないわよ」
また来た。召使いの魚だ。
ナギは顔が見えないようにうつむきながら、テープレコーダーのスイッチを入れる。わけ分からない乙姫の声が流れ、魚は納得したような顔(のように一日乙姫には見えた)をして出ていった。
「・・・はあ」
肩がこった。ゴキゴキ動かしてから、ナギは大あくびをひとつ。
「今頃隊長たち、どうしてんのかなー」
その隊長は、更に増えた苦虫をかみつぶしていた。
「やっぱりあなたしかいないみたいね、たいちょっ♪」
「言ってろ」
結局こうなってしまうのか・・・。冗談交じりの口調も軽い乙姫の隣で、アラシはムスッとそっぽを向いたまま歩いている。
不本意ながらもオーディションにパスしてしまった。自分が特別良かったというよりは、他の三人があまりにも悪かった結果なのが輪をかけて腹立たしい。何て役に立たない隊員たちだ!
「あなたの部下って、役立たずばっかりね」
ホントにそうだ。しかし改めて言われると、ムカつき度が増す。
「ちょっとォ」
下から見上げる角度の乙姫に、はからずもドキッとした。
きつめの顔立ちは、メイクを乗せれば乗せただけ映えるようだ。いわゆる『ケバい』化粧なのだが、似合っているしきれいだ。
もともと、アラシ好みの外見なのだ。しもべになんてされてなければ、部屋に閉じ込めていじめてやりたいくらいのレベルなのだが。(注:『閉じ込めていじめる』のはアラッチなりの可愛がり方であるらしい)
その顔で、じっとこっちを見ている。
「デートだっていうのに、何そんなつまらなそうな顔してるの」
「つまんねーんだからしょうがねえだろ」
「ダメ、もっと楽しそうに! ホラ笑って!」
人の話も聞かず、檄を飛ばす。ぐいっとアラシのがっしりした腕を引くと、ムリヤリ自分の腕を回した。
「さわんな!」
「腕組んで歩くのはデートの基本よ」
「腕組んでるっていうよりは、ぶら下がってるみたいじゃな」
物陰に隠れているつもりだが、ハロウの体はしっかりはみ出ている。そのハロウの陰からイサナとツナミもひょこっと顔を出した。
「相手がお前だったらもっと大変だろう、ハロウ」
「結構お似合いかもな、悔しいけど」
どうせ暇だからと、こっそりついて行くことにした隊員たちだった。
「まずは海に行くわよ」
「うみィ!?」
決して離してくれない腕を仕方なく預けたまま、アラシはけげんそうに眉を寄せた。
「おまえ、海の底に住んでんだろが」
何も今更海に行かなくたって。
「恋人同士といえば海! お約束よ」
どこかで聞いたセリフを弾ませ、乙姫はそのまま隊長をお約束の場所へと引っ張っていった。
もちろんその後を、ぞろぞろ野郎たちも行進する。
へんなデートだった。
青い空、白い雲、波の寄せてはかえす海。
「さあ、始めましょう」
「へ?」
何を?
ようやく腕を離してくれたと思ったら、乙姫はいきなりダッシュかけた。逃げたのか? それはそれで嬉しいけど。
意図がさっぱり分からなくてほとんど呆然としていると、ちらちら振り向きながら精一杯駆けていた乙姫はとうとう止まって飛び跳ねるように振り返った。両手をメガホンのようにしてアラシに叫ぶ。やけに爽やかだ。
「早くー!」
「・・・だから何をだよ」
光るしぶきを跳ね上げて、白いワンピース姿の彼女が走る。
「アハハハ・・・」
声にはエコーかけるのを忘れないで。
「待てよー」
その後を、片手を伸ばして彼氏が追いかける。
長い髪をなびかせつつ、肩越しに振り返る彼女。
「うふふ、つかまえてごらんなさーい」
「よーし、こいつぅ」
楽しそうな笑い声のおいかけっこが、海辺に響き渡る。
以上が希望だと伝えられ、アラシは激しいめまいを覚えた。
(白い服? なびく髪? ンなもんねえじゃねーか)
あまりの動揺に、ちょっとズレた文句を心の中でつぶやいてしまう。
「やり直しするわよ。ちゃんとやってね」
「いい加減にしやがれ、てめえ・・・」
何でスーツ姿でわざわざそんなことをしなきゃならないんだ。
「海と恋人かあ、絵になるねえ」
「そうか?」
砂に座って、ジュースの缶を傾けつつギャラリーやってる三人だった。
「アハハ!」
早速駆け出した乙姫の、本当に楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
ヤケになった隊長はなぜか全速力で波打ち際を走り、あっという間に追いつくと、乙姫を後ろから軽くどついた。もちろん無言だし、微笑みのかけらもない。
「殺伐としとるのお」
「俺だったらもっと楽しいデートにするのにな」
「アハハハ・・・つかまっちゃった」
それでも乙姫は大満足のようなのが不思議。
「のどかわいたわ。お茶しましょう」
浜をさんざん駆けずりまわったあげく、ピンクに上気した頬を上げ、今度は喫茶店に引っ張っていく。もう好きにしてくれ。片腕に彼女をぶら下げたまま、アラシは諦め加減だった。
「デートといえば、ジュースは一つ、ストローは二本、よね」
「はァ?」
また変なこと言っている。
ウェイターが持ってきた海人界特製トロピカルジュースに、曲がるストローを二本さしてテーブルの真ん中に置くと、乙姫は目で促してくる。アラシは今日何度目かの悪い予感に襲われた。
ちら、と周りを見ると、結構客がいる。もちろん、こんなマネをしている客は他に一組もない。
「おめえには羞恥心ってモンがねェのか!?」
「羞恥心? あなたの口からそんな言葉を聞くとは思わなかったわねェ」
黒い瞳で近く見つめられると、何故か非難の気持ちも萎えてしまう。
「さー飲みましょ」
「・・・・」
やけになって、ストローを口にくわえる。乙姫も同じようにしたので、顔がぐんと近付いた。
なんか毒でも飲まされている気分。周りの話し声や笑い声が、全て自分たちをはやし立てているように聞こえるのは気のせいだろうが、それにしても恥ずかしい。
「おいしい!」
なのに相手は、丸テーブルに両肘ついて笑っているし。
「おいしい! だって」
「かわいいねー」
「しっかし、なんでワシらまでこんなマネしとるんじゃ」
トロピカルジュースは一つ、ストローは三本。
「金がないんだ、仕方ないだろう」
顔を寄せ合って、ジュースをすするムサイ男共だった。
「楽しいわねー」
「そうか?」
これが楽しいデートだなんて、この女は普段どんな本やマンガを読んでいるんだろう。
「次どこに行こうかな。水族館にでも行こうか」
「てめーでっかい水族館の中に住んでるようなモンだろ」
「じゃ映画・・・遊園地もいいなあ」
苦痛はまだ続くというのか。
「最後のお楽しみはディナーよね。何がいいかな」
きた。オゴらせるつもりだ。
「ホテルの展望レストランでフルコースかな」
「てめえ!」
絶対本気なんだ、この女は。そんな金、ないってのに!
スーツのことも思い出して、隊長はキレかかった。相変わらず物陰から見守っている隊員たちはドキッとする。隊長がキレるとどんなに怖いか、彼らが一番よく知っているからだ。
「高級中華料理なんてのも、なかなか・・・」
ブチッ!
「いい加減にしろってんだ、さっきから黙ってりゃつけあがりやがって、てめえ何様のつもりだ!」
「乙姫様よ」
「隊長の、負け」
「すごいのー、乙姫様」
「ホレるねー」
そのころ、一日乙姫ナギはといえば。
「ナニ、この昔のマンガ」
あんまり暇なので、その辺を探ってみたのだが、あったのはボロボロの本ばかり。しかも古い。
「沈没船の荷物か何かかな・・・」
乙姫様の愛読書だ。
「・・・ゲッ!」
ふと見ると、小さい魚がいつの間にかそばにいた。目が険しい(ような気がする)。
ニセ乙姫だということがバレてしまった!?
「やば・・・」
動けなくなってしまい、あとは望みもしないのに魚とお見合い状態と相成った。
H12.6.20