ガケ下の森で、いくつかの強い力がぶつかり合っているのを感じる。眼下に起こっている現象は青白い光のスパークと小さく湧き起こる煙だが、実際に目に見えている以上に激しい戦いが繰り広げられているのをナオミは肌に痛いほど感じ取っていた。
一番最初に森の中で大きな爆発音が轟いたのは、つい先刻のこと。もうもうと立つ灰色の煙柱が、特戦部隊たちによる攻撃ののろしとなった。ミヤギ、アラシヤマ、コージ、そして傷もまだ癒えていないはずのトットリまでもがその地に向かうため立ち上がったとき、彼らは笑っていた。決死の覚悟を決めていながら、この島が大好きだからと、笑っていた。
『シンタローに、よろしくな』
そう言い残して、力を尽くしてでも特戦部隊を抑えようと、四人のガンマ団員は戦地へ赴いたのだった。
「・・・・」
さっきから胸が痛い。人や島が傷つくことを思うからこその痛みに、張り裂けんばかりだ。
「ナオミ、大丈夫?」
「心配しないで、お兄ちゃん」
グンマだって、痛みに打ちのめされているはずなのに。そして何より痛いのは、戦っているみんなと、このパプワ島のはずだから。
(私には、何もできない・・・?)
それなら、この秘石眼は何のため?
どうしてこんな化け物じみた力を持っているの・・・? 一族の人間でもないのに。
「・・つっ・・・」
空気がびりびり肌を刺す。今までとはまた違う痛みに、月明かりの中目を見開いた。森の中で起きている力のぶつかり合いではない。それよりももっと鮮烈に迫り来る感覚に身を震わす。不意に広げられた闇色のマントにからめ取られたような不気味さに鳥肌が立った。否、不気味というより不吉な暗示・・・?
折しもガケ下に走った閃光に黒髪の男の顔が重なりひらめいた。
「シンタロー!?」
我を忘れて立ち上がる。もう明白だ。黒髪のシンタローの身に何かが起こっている!
「何、なにッツ!?」
「シンタローさんがどーしたってゆーの!?」
何の前触れもなく湧いて出たイトウ・タンノのコンビにナオミの強い思念が抵抗もなく流れ込んだ。誰の意識も介在しない中、わずかな光が発せられたと思うと三人(一人と二匹?)の姿はその場からきれいに消え去っていた。
「わあああ、ナオミ!?」
目の前でナマモノとナオミがいっきにいなくなってしまった。共通点は上に「ナ」が付くことしかないのに!
グンマは半狂乱になって叫ぶ。
「ナオミ、どこ行っちゃったのー!?」
「落ち着きなさい、グンマ」
「おじ様ァアーー」
抱きついてくるグンマの鼻水をよけながら、サービスはどうにかハンカチを鼻に当ててやることに成功した。
「おじ様、ナオミが消えちゃったよぉー」
「大丈夫だ。ナオミはきっとシンタローのところに行ったんだよ」
「シンちゃんの・・・?」
情けない涙声を出して、グンマはぺたんと座り込んだ。自分で鼻をかむ余裕も出てくる。
サービスもひざを付き、甥の肩に軽く手を置いてやる。月の光に二人の金髪が淡く輝いた。
「ナオミのシンタローを想う気持ちがナマモノ並だったんだ」
「は??」
一瞬で涙も止まった。見上げると叔父はやはり冴え冴えと美しく、そして真剣な表情のままだった。
「ナマモノ並の力で、ナオミはシンタローのもとへ移動したんだよ」
ナマモノ並というのは、どう考えてもほめ言葉ではないような。叔父はきれいな顔を一向崩しはしないけれど。
「つまり、ナオミもいよいよこの島の住民らしくなったということだな。良かったなあ、チャッピー」
「わぉん」
パプワとチャッピーは心から嬉しそうに扇子を持って踊っている。もはや泣くのもわめくのも忘れて、グンマは呆けたまま座っていた。
満月がこうこうと辺りを照らしていた。
「きゃあぁあ、シンタローさぁん!」
「起きてええぇえ〜〜〜ッ!!」
何の前フリもなく登場したイトウとタンノ、そしてナオミだったが、そこに集まっていたパプワ島の動物たちは特段驚きもせず、相変わらず円になるような形で立ちつくしていた。
その円の中心に倒れている人物を見て、ナオミも声にならないほどの叫びを上げる。まさしくそれはシンタロー。ナオミの大好きな黒い髪のシンタローだった。
柔らかな草のしとねに身を横たえ、シンタローは静かに目を閉じている。左肩を上にほぼ背中が見える格好で、全身のどこにも力はなかった。黒い後れ毛の、乱れて頬や首筋にかかるさまはむしろ子供のようなしどけなさで・・・。
満月を横切って一羽の鳥が飛びゆく。ひときわ大きく比翼を広げると、羽の影はシンタローの身体にくっきりと浮かび上がった。青く白い月光の下で、あたかも彼自身が翼を得たかのように見える。
雄々しく美しい、そうまるで天使のよう。月のにぶい雫を静かに集めた姿態は、大天使というよりは堕天使だろうか?
「シンタロー・・・?」
彼の顔のそば、みずみずしい草に両手をつく。夜闇に熱を奪われた青草が手には心地よい。
「起きてよ、シンタロー」
眠っているの? こんなところで?
冷ややかだった地面ににわかに熱が加わる。ぬらりとした感触を不思議に思い右手を上げると、黒い液体が滴った。ぽたりと落ちた先には、同じ黒の水たまり。シンタローの体から広がる、黒ではない、これは赤い血の海・・・!?
「−−−!!?」
ナオミは手を掲げたまま身を起こし、瞠目した。ショックが全身を駆けめぐり、しびれたように動けない。
「ひいいいッ! タンノちゃん」
イトウも草に染み込んでゆく血に気づき、タンノを呼んだ。
「み・・・見て、これッ! すっげエ鼻血!」
「違うわッ」
自らも血の気を失い、ナオミはようやくイトウたちを振り仰ぐ。白い頬と赤い手をあまねく月光が照らし出し、色彩の対比は美しいほどだった。
「鼻血じゃないわ。シンタローは誰かに刺されたのよ・・・!」
傷は腹にある。シャツの破れ具合で、ナオミにも刺し傷だと分かった。
「シンタロー、しっかりしてよ!」
とっさに傷口に手を当てた。血を止めなくてはならない。動物たちもシンタローを囲んでいた輪をぐんと縮め、ナオミに協力してできる限りの手当を施そうとした。
「ナオミちゃん、シンタローさんは死んじゃったの?」
「シンタローさん・・・」
「・・・・」
それを知るのは恐ろしいことだった。しかし意を決して、心臓の位置へ手を伸ばす。鼓動を感じられない。今度は手首を取り、脈をみた。しかしこれも、ぴくりとも動かない。
「シンタロー・・・」
どこも動いてはいない。まるで眠っているように穏やかな表情なのに、彼の体は全ての活動を停止してしまっている。
「シンタロー・・・」
震える手でもう一度確かめてみる。やはり脈にも心臓にも音がない。
死んでいる・・・!?
「ああ・・・」
何故黙って逝ってしまったのか。何故知らずに逝かせてしまったのか。愛する人が殺されるのにも気付かないなら、何のための秘石眼だというのだ!?
−こんな力なんて、いらない。こんな眼なんて・・・!−
涙あふれる両の瞳を、いっそ捨ててしまいたくなる。
かつてのサービスと同じように・・・。
「シンタローーーーッ!!」
ナオミの心からの叫びが、月光で彩られた大気を悲痛に震わせた−。
ドクン!
鼓動は明らかに自分のものではなく、それでも直接にナオミのこめかみに飛び込んでくるように響いた。
はじかれて目を開ける。涙は渇くことなくあふれ続け、ナオミの頬にいくつもの光る筋を描いていた。
ドクン・・・。
(何・・・!?)
少しだけ体を斜めにずらす。強い鼓動はシンタローの体から聞こえ来るもの。
どうして、と考えをめぐらしかけたそのときに、シンタローの指先がピクッと動いた。
「!」
「動いたよッ! シンタローさん、動いたよ!!」
「え!」
「きゃあぁああ!」
「シンタローさんっつ」
歓喜の声が交差する中、彼は起き上がった。大きな月を背にして、ナオミの前に立った。
濡れた瞳で見上げて、ナオミは再び言葉を失うことになる。
「!!??」
動物たちも同じで、皆の間に喜びに取って代わった戦慄が走った。
「え・・・!?」
「だッ誰この人! シンタローさん?」
「かッ髪の色が違うわ〜〜〜!」
たくさん冷や汗を流しながらタンノが口走った通り。起きあがったシンタローはもはや以前のシンタローの外見を有してはいなかった。
満月に縁取られたストレートの長髪は、金。そしてそっと開けた瞳はナオミと同じ碧色をしている。一目でそれと分かる、青の一族の人間だった。
しかしナオミには初めて見る男だ。シンタローでも、金髪のシンタローでもない。年頃なら彼らと同じくらいといっても良さそうだが、もっとずっと年上だと言っても差し支えないような気がした。その輝くような金髪とは裏腹に、不気味な雰囲気をまとった男だ。
「・・・あなたは・・・」
涙をふくのも忘れて、ナオミはただ見上げている。混乱のため何も考えることができない。
ただ、どうしてこんなにも色々なことが畳みかけるように起こるのか、めまぐるしいまでの変化には少々食傷ぎみだった。
金髪の男は立ったまま自分の胸に広げた左手をかざすような仕草をする。むしろ優雅ともいえたその所作に、ナオミは違和感を拭いきることができない。
そして彼は名乗った。誰とも似ていない声で、はっきりと。
「俺の名はアス! 青い秘石を守る者!!」
と−。
H12.3.12