DEPARTURES 6

 心地よい。嵐のように吹き荒れる力の中心に自分を置くことが、こんなにも。
 生い茂っていた植物たちを吹き飛ばし、逃げおくれた動物たちを傷つけ、それでも飽き足らず力を増大させてゆく。
 いずれ空まで切り裂こうとでもいうように。

「・・・・!?」
 突然。
 青一色だったナオミの精神世界に、別の色が差し挟まれた。
 赤・・・。
 どこからかにわかに現れた赤の波動はごく小さいものだったが、解放の喜びに浸っていたナオミに不快感を抱かせるには十分だった。
(邪魔をしないで)
 隅にともる赤い光を追い出そうとする。必然的に外に向ける眼魔砲の威力は半減した。
 侵入してきた異物に意識を向けても、それを消すことはできなかった。それどころか光を増し、青の中で大きくなってゆく。赤が大きくなるのと、そばに人が近寄ってきたのとを知覚するのは同時だった。
「やめろ、ナオミ!」
 赤い光と人物とが同時に叫んだように聞こえた。
 肩を大きな手でつかまれ、むき出しの神経に触れられたような強いショックを覚える。
「島を傷つけるな。ここはお前の故郷だ。お前の生まれた場所なんだ!」
「!?」
「故郷」・・・意味の認識はにわかには出来なかったものの、その単語が突破口となった。故郷という響きにぐんと引き寄せられる。
 単純な破壊の喜びに支配されていた青の世界から抜け出して、ナオミはこの瞬間全てを思い出した。記憶も感覚も感情も、アスによって封じられた全てを。
「あ・・・」
 力の流れが、糸のようにすうっと細くなり消え入ってゆく。ゴゴゴ・・・という小さな音と振動を最後に、かつて森だった場所は静けさを取り戻した。
 もはや荒野と化した大地の上にただ棒立ちになる。遮るもののなくなった陽光は目に眩しく、死の静寂は耳に痛い。そして両の肩に置かれた手のひらの熱さ。
 それらのものは、五感を通じてナオミに働きかけてきた。完全に自分自身に戻り、目の前の男を見つめる。
「シン・・・」
 口走りかけた名は、一番愛している人のもの。
 しかしここにいるのは違う。よく似てはいるが、シンタローではなかった。
「・・・ジャン」
 赤い玉の番人が、太陽を背にじっとこちらを見つめていた。ジャンに太陽はよく似合っている。降り注ぐ眩しい光が黒髪をきららに縁取って。
 アスが月を背に立っていたのとはまさに対照的な姿だった。
「私・・・」
 目の前のジャンから周りへと視線を移す。森の惨状は新たな衝撃となり、ナオミを打ちのめした。
 はっきりと覚えている。この体が覚えている。恍惚のうちに破壊を重ねたあの瞬間のこと!
「私、何てこと・・・」
 自分のしたことの恐ろしさに震えおののき、崩れかけた地面に座り込む。
「ナオミ」
 レザーパンツのひざをついて、ジャンはナオミの顔を覗き見た。赤を秘めた黒い瞳は、限りない同情で満たされている。
「おまえのせいじゃない。青の力を、目覚めさせられたからだ」
「イヤ・・・! こんな力、いらない。こんな眼なんて!」
「落ち着け、ナオミ」
 今しも両眼をかきむしらんとする手を掴み、とどめる。細い手首はジャンの手の中でたやすく折れそうだった。
「大丈夫だ・・・」
「・・・・」
 赤の不思議な言葉・・・「大丈夫」。
 ジャンの顔にパプワの面影が重なった気がして、ナオミの心も鎮まった。
「痛いわ・・・」
 訴えられて初めてきつく握っていた手を放してやる。ナオミは手首をさすりながらちょっとうらめしそうに上目遣いをした。
「・・・私は何者なの」
 押し殺したような声に、今は震えもない。
「ここが故郷だと言ったわね、今?」
「そうだ」
 きっぱりと答え、まっすぐな目で見つめる。
 シンタローとそっくりの顔がこんなに近くにある。ナオミは複雑な気分になった。
「おまえはここで生を受けた」
 太陽の烈しく照りつけ、穏やかな海広がるこのパプワ島で。
「でも、私は青の一族の力を持っている」
「いいや」
 ますます近くで見つめ抜き、ジャンはナオミの瞳の奥に何かを探していた。そう、もう一つの光を。
 呼応するように、ナオミも感じ始めていた。
「おまえの力はそれだけじゃない。赤の力も・・・」
 初めて浮かび来るもう一つの力は、さっきのようにナオミの全てを支配するようなことはなかった。ただ優しく秘石眼に広がり、ゆらぐ光を帯びさせる。
「・・・お願い」
 地面に両手を広げ、ナオミは赤の光を解放させた。初めて使うはずなのに、何故か全てを知っている。この力で、望みはきっと叶えられると。
「償わせて。この島を、傷つけた罪・・・」
 ジャンも目を閉じた。いくらかでもサポートしてやれるだろう。
 赤い力は緩やかに、波紋のように広がり始めた。それは大地を覆い、やがて森全体を包み込む。淡い赤の中で傷ついた動植物は癒され、土もみるみる蘇った。
 青の力で容赦なくつけられた傷跡を、赤の力が消し去ってくれたのだった。
 膨大なエネルギーを消耗して、ナオミはそのまま倒れ込む。土の息吹を肌に感じ、頬に笑みがともった。
「ナオミ、おまえは青と赤の娘。どちらの力をどのように使うか、おまえ次第なんだ」
 降ってくるような言葉にも、それほど驚きはしなかった。青の中に赤が割り込んできたあのとき、理屈ではなく視覚的に、直感として理解していたから。
 青と赤、二つの力を与えられ、この島で産まれた。
(それが、私・・・ナオミなの・・・?)
 意識が吸い込まれてゆきそう。
「しばらく休んでいた方がいい。慣れない力を使ったからな」
「まって・・・」
 ジャンが立ち上がる気配を察して、とっさにナオミは叫んだ。いや、口から出たのは叫びにはほど遠い、か細い声に過ぎなかったが。
「シンタローは・・・?」
「・・・・」
 数秒の空白があった。空気からためらいが読みとれる。
「シンタローは、俺が刺した」
「え・・・」
「この島を守るために」
「・・・・!?」
 手を濡らした赤い血をありありと思い浮かべる。月下に倒れていたシンタロー。眠ったように閉じたまぶたに落ちる影・・・。
 シンタローを刺した!? この男が!!
 許せなかった。例えどんな理由があったとしても、先走る感情が許しはしない。
 今こそ青の力を発揮して、ジャンに眼魔砲を浴びせてやりたかった。本心からナオミはそう思った。しかし、動けない。今や指一本も意のままにはならないのだ。
 鉛のような体の中で、唯一動くのは口だけのようだった。
「ひどい・・・許さないわ」
「・・・」
 気配が動いた。ジャンはとうとう立ち上がったようだった。
「俺だって、おまえを許せない」
 信じられない言葉に、耳を疑った。それはこちらのセリフだ。何故この男に恨まれなければならないのだろう。
「どういうこと・・・」
「おまえが、俺の大切な存在の命を奪ったからだ」
「そんな・・・」
 理不尽な思いに唇をかむ。動けないのがこんなにも悔しい。いつ、ジャンの大切な人を殺したりしたというのか。
 そんな言葉でなじられるのは、ジャン本人であるはずなのに。
「私は、何も・・・」
「それなら教えてやる。おまえは俺の大事な人の命と引き替えに産まれたんだ!」
 彼自身、不当な怒りだということは重々承知していた。ナオミの心を少なからず傷つけてしまうだろうことも。
 それでも、ぶつけずにはいられなかった。それほど深く根付いていた想いだった。
 地面に倒れて動けない娘をにらむようにしてから、ジャンはその場を走り去っていった。

 
 
 
 

 −つづく−



 第4話・微笑みの奥には


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