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太陽と木々に囲まれていると、徐々に体が回復していくのが自分でも分かる。寝返りくらいはすぐに打てるようになった。
体を転がして仰向けになり、両手を伸ばす。森の中で大の字なんて、少しはしたないけれど実は憧れていた。
そよぐ風と同時にちらちらこぼれる木漏れ日が眩しくて、目の上に右手をかざした。
(気持ちがいいわ・・・)
破壊に酔っていた先ほどとは違う心地よさに、うっとり沈み込む。
胸を上下させて大きく深呼吸をすると、草木の匂いが太陽のそれと混じり合ってナオミの指先まで行き渡るようだった。
(青と、赤の、力・・・)
二つながらに、この瞳はたたえ持っているのだと、そうジャンは語った。確かに。
青と赤の娘なのだと・・・。
暴走し全てを壊滅させる青の力。全ての傷を包み込むように癒した赤の力。
まるで正反対の二つの能力。
閉じた秘石眼のまぶた裏に、青と赤とが交互に浮かび来ては消えていった。海のような青と、太陽のような赤だ。
それぞれの番人の顔もランダムに思い浮かぶ。アスとジャン・・・。
色の点滅に合わせるように、心の中で名を繰り返しつぶやいてみる。
(アス・・・ジャン・・・アス・・・JAN・・・US・・・JANUS)
何かの謎解き? 問題の提示もないのに答えが見つかって、ナオミは不意に声を上げた。
「ヤヌス・・・」
JANUS。それはローマ神話における門番神の名のはずだった。世界を隅々まで見渡せるように、前と後ろ二つの顔を持っているという。
想像上のローマ神、ヤヌスの前後の頭にジャンとアスの顔をあてはめようとしたが何だか気持ちが悪い。代わりに思い浮かんだのは、トランプの絵札だった。ジャックかキングかよく分からないけれど、カードは上下で二分割されており、ジャンとアスの上半身が逆さまに描かれ真ん中でくっついている。
青と赤は同じ。直感に思考はついていけなかったが、ナオミはそのように連想した。
(だって、私が、ここにいる)
青と赤の娘が、ここにいる。
ジャンが投げつけて行ったもう一つの事実によると、彼の大切な人の命を奪って自分は生まれて来たのだという。どういう意味なのかは分からないが、青と赤の娘は、生まれたときから罪深い存在だったのかもしれない。
(罪を背負って、生まれてきたの・・・?)
重く苦しくなりかけた心に、温かい泉のごとく蘇ったのはグンマの言詞。
『ボクは祝福するよ』
兄は笑っていた。
『ナオミが生まれてきて良かったって』
「お兄ちゃん・・・」
連鎖するように、生まれてから今まで注がれてきた愛情を次々思い出した。
『ナオちゃんはおじさんの宝物だよ』
いつもかわいがってくれた伯父のマジック。
『ぼくの、およめさんにならないかい』
たまにしか会えなかったが、とても優しくしてくれたサービス。
そして・・・。
『愛しているよ』
初めて愛し合った相手のシンタロー。
みんなの優しい表情が、何よりの励ましとなる。
「私・・・逃げない」
ゆっくりと、しかし力強く立ち上がり、空を仰ぎ見た。太陽が肌を刺すのすら不快ではない。熱せられた大気も鳥の声もサンダルの感触も、身の回りのものことごとくは存在の実感へとつながるものたちだから。
(行こう)
みんなのところへ。
たどり着いた場所には、ほとんど全員が揃っていた。マジック、特戦部隊とハーレム、ミヤギたちガンマ団の面々、金髪のシンタローとそのそばにいる高松、グンマにサービス。そしてジャンとアスも。
「・・・何故だ」
「ルーザー兄さんの復讐のためです!」
マジックとサービスが話をしている。出そびれてナオミは木の陰に立った。
シンタローとグンマをすり替えた、あの事件のことに違いなかった。マジックもサービスもそれぞれの想いの中で向き合っている。
「あなたはルーザー兄さんを見殺しにした! あなたとハーレムはルーザー兄さんが邪魔だったん・・・・」
珍しく興奮気味のサービスの言葉も最後までは続かず、パン、と乾いた音が響く。マジックが弟の頬を張ったのだった。
手を下ろし、総帥は末弟を見下ろす。青い眼に宿るのは驚きか哀しみか、はたまた押し殺した怒りなのか。
「わかったような口をきくな。おまえが何を知っている!」
「・・・・兄さん」
「サービスに手を出すな」
黙っていられなかったらしく、マジックの背後からジャンが止めに入った。
「ジャン」
「何も言うなサービス。言わなくてもわかってるよ」
見つめ合う親友同士。
しかし声も発しない二人の間に何が起きたのか、ジャンは再び涙と鼻血をいっぺんに流しながらダッシュをかけた。
「ああ゛ッ! また泣きながら走り去った!」
「本ッ当、役に立たんのォあの番人!」
わぁあああ、と泣き叫びながら遠ざかる後ろ姿に、ミヤギとコージの罵声がかぶさった。
「顔をはたかれたくらいで動揺してんじゃねーぞ、サービスよ!」
次にサービスに近寄ったのは双子の兄ハーレムだ。
「てめえなんかよりマジック兄貴の方が驚きでかいぜ! ま・・・もっともそんなこと顔に出す人じゃねえけどよ」
そうだろう、とナオミも思う。伯父は一見平静にしているが、揺れる感情の奥底を覗き見ることは誰にもできない。自分の子供がすり替えられていたなんて。衝撃の大きさは、察してあまりあるけれど。
「・・・おじ・・・と・・・・さま!」
呼び方に迷いながら、グンマがそんなマジックのそばへ進み出た。
「もうやめましょう・・・帰りましょうよ!」
切なる願いに、今まで見せたことのないような強さをにじませて。
「もう嫌です! 一族同士で争うなんて。帰りましょう、シンちゃんと一緒に!!」
兄の優しさと純粋さが、ナオミには涙が出るほど嬉しかった。他の誰がこんなことを言ってくれたろう。
しかし。
「そのシンちゃんというのは、私のことですか!」
いつの間にか背後に忍び寄っていたアスが、グンマの金髪に指をからませていた。この男はよほど異常接近が得意と見える。
「え・・・だ・・・誰この人?」
後ろにぴったりつけられて、グンマは身動きも取れなくなっていた。
「私の名はアス! 青い秘石の番人です。そしてあなたのイトコだったシンタローの本当の姿です」
無理もないことだが、唐突な告白はグンマにひどい混乱をもたらした。
「ぶわぁあん! また変な人が増えたあー!!」
正しい意見だと思う。
「番人とやら、どういうことだ!? シンタローはジャンの分身ではなかったのか!」
マジックの詰問にもアスは平然としている。
「ジャンの分身など、とっくに始末しております! シンタローは赤い秘石を欺くためのカモフラージュ・・・私の影です」
「影・・・」
どんな思いを抱くのか。ナオミの方からは横顔しか見えないが、マジックはうつむくようにして唇を結んだ。青い瞳が深い色を帯びる。
「あの子は影だったのか」
大事な一人息子として、限りない愛情を注いできた。息子のためなら何でもすると言ってはばからなかった。それほど大切に思っていたシンタローが、番人の影だったという。
「シンタロー」
伯父のショックはナオミの目に見える分よりもずっとずっと大きいはずだった。
「おい!」
今度は金の髪のシンタローが大声でアスを振り向かせ、指をさす。
「貴様になんぞ興味はない! あの男を出せ。俺はアイツとの決着をまだつけてない!」
ぎらぎらと黒髪のシンタローを求めている。
「キンタロー様! シンタローと争うのはもうおやめください」
「勝手に人の名をつけるな」
真顔で止める高松にこれもまた真顔で答える金髪のシンタローだったが、ナオミはキンタローという名前が気に入った。これからそう呼ぼう。
「ヤレヤレ・・・・聞かない方達ですね」
青の番人は腕組みをして、皆を一瞥する。
「わかりやすくあなた方の言葉で説明してさしあげましょう。・・・あの男は、死にました!」
ナオミが動く前に、四つの影が動いた。
「嘘つけやーッ!!」
「シンタローがやられるわけねえッツツ!!」
「ガンマ団ナンバーワンの男だっちゃ!!」
「あのお方は不死身どす」
ガンマ団員たちが空中に身を躍らし、アスに攻撃の刃を向ける。四つの力はしかし、指一本も動かさない青の番人によってあっけなく跳ね返された。腕組みをしたままのアスの身体から青い光が炸裂し、ガンマ団員たちをいっぺんに吹っ飛ばしたのだ。
土を擦って傷つき倒れ込む男たちを、冷たく見下ろす。
「友情・・・っていうんですかコレ!? 非力なものだ」
「アス・・・!」
ぎり、と歯の奥をかみ、それでもまだ動けないナオミのその手に、小さな温かい手が触れた。ぎくしゃくと見下ろすと、いつの間に来ていたのか、パプワが大きな瞳で見上げていた。隣にはチャッピーももちろんいる。
「パプワくん、こんなところに来ては・・・」
「一緒に行こう、ナオミ」
小さな体全体でナオミの手を引くようにして、前に出る。ナオミも心を決め、きっとアスを見据えながら皆の中へ足を踏み入れた。
「いい加減にしろ! メーワクだぞ!! おまえ」
怒りをあらわにして、パプワは臆することなくアスをねめつける。受けて青の番人は例の笑い方をした。口元を歪める冷笑を。
「来てくださったんですね。助かりましたよ。私あなたを殺すように命令されてますから」
丁寧な語調が、剣呑な内容をかえって冷酷に響かせる。ぞっとして、ナオミの手にも冷や汗がにじみ出た。
「楽しかったですか? 私の影との生活は」
なぶるような物言いは、ナオミがされたのと同じ。
「影にしてはあいつも上出来ですね。あなたに上手くとり入ってたんですから!」
余裕の笑顔は凍り付いた。アスの横っ面にパプワのパンチが入る。
「シンタローは影なんかじゃない。ぼくの友達だ!」
「パプワくん・・・」
「わからない方々ばかりですね・・・」
したたか殴られた左頬に触れ、それからアスは更にきつい目つきでパプワを見た。
「殺しますよ!」
両眼に青い光が広がりかけたとき、ドドドド・・・と地面が鳴り始める。
「あんだァ・・・この地響きは」
特戦部隊のロッドのつぶやきに呼応するように、地鳴りはどんどん大きくなり近づいてくる。それと同時に何か異様な臭いまでも近づいてきた。鼻にツーンと来る臭いに、思わずナオミも顔をしかめる。
「なんか・・・スッゲーにおいがするぞ!」
汗をたらたら流すハーレムの背後に、既に巨大な蛾が翼を広げていた。ワキ蛾だ。臭いの元はこの蛾に相違なかった。
「ハーレム! いい感じッツ、こっち向け!!」
ビデオカメラを回しながら叫ぶマジックの目は、面白い映像を求めてかなり真剣。
「ビデオ撮ってんじゃねーよこの親父・・・」
青くなって抗議するハーレムは、最大になった地鳴りと揺れに我に返った。
「あん?」
振り返るとたくさんの動物たちがこっちに向かって突進してくる。地響きは彼らが起こしているのだ。
見たことのない異様な動物たちの姿を目の当たりにして、さすがの特戦部隊隊長も色を失う。
「うっわー! なんだぁこの動物たちはッ!!」
ロッドが叫んだのは、ここにいる皆が今まさに言いたいことだったに違いない。
イトウくんとタンノくんを先頭に、本当に多くの動物たちが駆けてくる。島にいる動物全員が集まって来たといっても過言ではないだろう。
彼らは口々に叫んでいる。
「パプワくんをイジメルなーッ!!」
「助けに来たぞっ、サービス!!」
鼻息荒い暴れ馬にまたがって、ジャンまでやってきた。がしかし止まれない悍馬はサービスの眼前で太い木の幹に体当たりし玉砕。
「私の親友は25年前に死んだよ・・・」
「ホーントいい奴でしたねぇ」
空を見上げるサービスと何故か楽しそうな高松だった。
ジャンは鼻血をふきふきナオミとパプワの方へ近寄ってくる。
「パプワ様! ここは私にまかせて、安全な所へ避難してください!!」
しかしパプワは動けない。アスにはばまれて・・・。
「どちらへ行かれるのですか」
アスは背後からパプワの後頭部に手のひらをかざしかけていた。
「もうこの島に安全な場所などありませんよ!」
振り上げた手に青白い光がまとわりつき、パチッとはじける。
「死になさい!」
とっさにナオミはしゃがみ込み、パプワの前に出た。守らなければならない。ただその思いで。
ドウッ!
鈍い音がする。
「ガッ・・・!」
苦しげなうめきを上げたのは、パプワでもナオミでもなかった。
「な・・・何!?」
アスの手が自らの胸に当てられている。どうしたことか、自分自身に攻撃を加えたらしいのだ。
胸の上で青い光がくすぶっていた。
「手が勝手に・・・」
信じられない、といった表情で右手を見下ろす。襲撃の余波は青っぽい煙を生み、その中でアスは痛みにもがく。
「う・・・あアッ!!」
パプワとナオミは手をつないだままで、じっと見守っていた。汗で手はべたべたしていたが、放すことができない。
煙は一時的に青の番人の姿を隠してしまう。その中から、不意にくぐもった声がした。
「−ったくよお・・・勝手やってんのはてめぇだぜ!」
不審げだったナオミの顔が徐々に明るくなり、やがてぱっと輝いた。
耳にぴったり馴染むこの声は、求め焦がれていた大好きな人の・・・。
風が青の薄煙を払ってゆく。果たしてそこから現れたのは、後ろで束ねた黒い髪と、がっちりとした肉体・・・。
「人の身体をなんだと思ってんだよ」
シンタロー!!
H12.3.17