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「やっともどって来たな!」
「わう」
「心配したわ・・・」
目の前の二人と一匹に、帰って来たシンタローは無防備な笑顔で応えた。
「遅くなっちまったナ。パプワ、ナオミ」
喜びは輪になるように広がり、グンマやアラシヤマたち団員もシンタローのもとへ駆け寄ろうとした。が・・・。
「あ・・やべェ、アスにもどりそう」
の一言にぴしっと凍り付く。
シンタローは自分の腕で自分を抱きしめるようにして、歯を食いしばった。
「くッ・・・しつこい奴だぜ!」
体の中にいるアスと主導権を巡って争っているのだろう。必死の形相をした彼の頬に汗が伝う。
「シンタローはんッツ!」
いきなりアラシヤマが飛び出した。ナオミも反射的にそのアラシヤマの隣に付く。彼がこういう目をシンタローに向けるとき、シンタローの恋人としてのナオミの自信に、何故か黄色信号がともるからだ。
「わての所にもどって来ておくれやす」
「違うわ私の所にもどって来て!」
何が何でも張り合おうとするナオミだった。
「う・・・」
二人に迫られてかなりシンタローは辛そう。ナオミのもとにはもちろん戻りたいけれど、隣にはアラシヤマもいるし・・・。
「シンタローはん!」
「シンタロー!」
「お、おまえら俺はタイヘンなんだって・・・」
余計に苦しませるようなマネはやめてくれ。
「シンタロー、おじさんの所へ帰っておいで」
そこで叔父のサービスが長い指で招いたもので、シンタローはあっけなくアスをねじ伏せることができた。
「そんな・・・ひどいわシンタロー、私の所に戻るのは迷ったくせに・・・」
サービスが言ったらすぐに苦しさから解放されるなんて。どういうことだろう!?
泣きそうになるナオミ。彼女は隣にいたアラシヤマの影響力というものを全く計算に入れていない。
「どーやらアスの奴、この身体になじみきれねぇらしいな」
「そりゃそーだ」
と、ジャン。
「影のおまえならともかく、青の番人の本体にとってそこは居心地悪かろう。なんたって赤の番人の身体だからナ」
そういえば、シンタローの肉体はジャンのものだったか。とすると・・・。ナオミの頭に一つ疑問が生じた。ジャンの今の体は一体どこから来たんだろうか?
赤の番人が身につけているレザージャケットをまじまじと見る。ジャンにはあまりお似合いでないレザーの上下は、ガンマ団特戦部隊のものとお揃いだった。
「あれ?」
「どうした? シンタロー」
「?」
ナオミも思考をやめてシンタローを見る。
「アスの奴がいなくなった」
拍子抜けしたような顔をして、シンタローは足下を見る目つきをした。
「足臭えからあきらめたかな」
ナオミは思わず笑ってしまう。ジャンはムッとしたようににらんでいたが。
「えーッ、ラッキーじゃんシンちゃん」
「まぁな」
グンマに笑いかけたシンタローのもとに、今度は例のナマモノたちがまとわりつく。
「良かったわぁ、シンタローさん」
「愛の力ね」
「失せろ生物ッ!」
二人(二匹?)に囲まれたシンタローが手の中に眼魔砲をためてゆくのを、ナオミはほほえましく見ていた。
何故かイトウくんとタンノくんには、アラシヤマのようには対抗意識が湧いてこない。やっぱり、ナマモノはライバルになり得ないらしい(男はライバルになるのに)。
「おたわむれはすみましたか?」
冷静な、それでいてどこか皮肉っぽい声に振り返る。
「それでは攻撃させていただきますよ」
マーカーを筆頭に、ガンマ団特戦部隊が既に攻撃態勢に入っていた。
「蛇炎流!」
マーカー。
「羅刹風!」
ロッド。
「地爆波!」
G。
ひとり足りない・・・。
必殺技の威力は激しい閃光と爆音を伴って、襲いかかってくる。ズオォォン! 大地が揺れた。シンタローにかばわれて、ナオミは思わず目を閉じる。
ダメージは全くなかった。そっと見上げると、ドーム状に広がった赤色のバリアーが皆を守ってくれている。そしてその力はジャンの体から出ていた。
「こいつら・・・ハンパな力じゃないな。全員無事かッ!」
「ああ! チンのバリアーのおかげじゃ」
「ありがとうチンさん」
「もぉ・・・いいッす」
コージとトットリに口々に言われ、もはや訂正する気力もない。
シンタローはナオミをミヤギに託して前に出、サービスと肩を並べた。
「眼魔砲で応戦しますか、おじさん」
「あぁ、それしかあるまい」
「やめて・・・」
ナオミの小さな、心からのつぶやきはその場の誰にも届かない。
しかしパプワがシンタローの服を軽く引き、注意を促した。
「・・・これ以上パプワ島を傷つけるな」
気持ちを汲んでくれたような言葉に、ナオミは安心を覚える。
パプワは断固とした様子で見上げている。受けてシンタローは戸惑いを見せた。
「あ・・でも・・・、逃げようないんだぜ、パプワ」
さっきアスが言ったように、もうこの島に安全な場所などないのかもしれない。
それでもチャッピーの背に乗ったパプワは両手に扇子を広げた。
「大丈夫! 彼がいる」
彼って? ナオミが辺りを見回すと、空に一つ、点が見えた。それはどんどん大きくなる。翼を広げた形態を見極めたとき、バサササ・・・と、羽ばたきの音まで聞こえてきた。鳥だ!
「クボタくん」
空に向かってナオミは微笑む。巨大な空飛ぶニワトリ、クボタくん。彼が空をばっさばっさと飛びゆくのをこの島に来てから二回ほど目撃したことがある。
クボタくんはぐんと近づくと、低空飛行に切り替えた。何故かハーレムが狙われている。
「くわぁああぁあ!!」
追い立てられて、ハーレムは必死で逃げ始めた。マジックは早速ビデオカメラを構える。
「よぉし! 動くなハーレム!」
「助けんかい兄貴ッツ!!」
まったく、この兄弟は・・・。
クボタくんが敵をかく乱させ、その上皆を背に乗せて飛び立ってくれたお陰で、ひとまずは逃げ出すことに成功した。
安堵の息をつくと、青い空の雲間を飛びゆく初めての感覚にナオミは興奮を覚える。
「わーい、高い! 高ーい!」
「ホント、すごいわ!」
兄と二人で大はしゃぎだ。
「ニワトリに乗るのは初めてだ」
「キンタロー様・・・・私も初めてです」
真面目につぶやくキンタローに高松が律儀に答えている。
「すごいわねえ。私なんて、鳥に乗ることすら初めてよ」
「普通は初めてだよ、ナオミ・・・」
世の常識を知らなかったナオミのことだ、こうやって鳥に乗るのも普通に受け止めているんだろう。シンタローは自分が初めてこのパプワ島に来た日のことを思い出した。日本に帰れる飛行機だと思いこんでいたのに、高い山の上に飛来したのはこのクボタくんで。ショックに打ちのめされている自分に、パプワはここで言ったっけ。
『今日からおまえも友達だ』
と。
風が頬に少し強く当たる。髪が邪魔にならないのでナオミは気分が良かった。ショートにして大正解だ。
静かに下を覗き見ると、青い海がきらきらと目を刺す。太陽の下眩しい海は美しく、静かにうねっていた。
瞳の中に海の青を含ませて、そのまま顔を上げるとジャンの視線にぶつかる。ジャンは目をそらさなかったので、ナオミはひざでじりじりと前進し近づくと、彼の前にそっと両手をついた。さっきの疑問を解消しようと思い立ったのだ。
「ねえジャン、聞いてもいいかしら?」
「何だ?」
何を聞かれるのかと身構える様子が何となく可笑しい。
「・・・あの、今のその体って、どこから?」
「・・・あ、ああ、これか」
そんなことか、と言わんばかりに表情を緩ませる。
「緊急だったから、リキッドの体を借りたんだ」
「そうなの」
やはり、そうだったのか。
貸し借りしたり入り込んだり、肉体と精神は別なのだと改めて思い知らされる。
「ナオミ・・・」
居心地悪そうに呼びかけられて、ナオミは首を傾げる。ジャンの眉間には縦ジワが刻まれていて、いかにも苦悩に支配されているふうだったので、ナオミは逆に笑顔を見せてみた。
青い空と海をバックに、そんな顔は似合わないよ、と。
それでもジャンはそのままで軽く頭を下げた。
「・・・さっきは済まなかった。おまえに言ってもしょうがないのに・・・」
「・・・うん」
それでも口にせずにはいられなかったのだろう。強い情思がそうさせたのなら、仕方がない。
ナオミはただ頷くことで、赦しの気持ちを表した。
すぐ海に面した、とある洞窟の中に皆はいた。
「まぁまぁ、お客様がたくさん!」
「ハッハッハッ、にぎやかですなぁ!」
朗らかに歓迎してくれたのは脚の生えた鯛の夫婦・・・そう、タンノくんのご両親である。
「他に隠れる所、なかったのかパプワ・・・」
シンタローは少しイヤそう。
「何を言う! タンノくん家は金持ちだから広いんだぞ」
金持ちの鯛とはすごい。ナオミは珍しい鯛のお家の中できょろきょろしていた。
鯛も、竜宮城にいるだけじゃないんだ・・・。
「さぁさ、座ってお茶でもどうぞ」
タンノくんのママがお盆に湯飲みを載せて持ってきてくれる。ハート柄のかわいい湯飲みを勧められるまま受け取って、キンタローはしばしじっと茶を見つめる。
「魚にお茶をすすめられたのは初めてだ・・・」
「良かったですね! キンタロー様」
またもや涙流して答える、その高松の接し方がグンマには気に入らない。
「なんだよ高松、そいつばかりやさしくして!」
「グンマ様」
単純な嫉妬に違いなかった。子供と同じ。それだけに高松は困った顔をした。
「あなたの本当のイトコなんですよ。仲良くしてさしあげてください」
今まで一人ぼっちだったキンタローのことを案じる一心が、ますますグンマの苛立ちを募らせる。
「やだね! ぼくのイトコはシンちゃんだ。そいつとなんか仲良くするもんか」
「・・・結構だ」
一人には慣れている。キンタローとしてもグンマと親しくなる気は毛頭なかった。
重い雰囲気に、ナオミははらはらするが何もできない。
そのとき背を向け合う二人を、後ろから大きな手がまとめて抱え込んだ。
「はーい、はいはい」
シンタローだ。
「まぁ茶でも飲もうぜ」
ぐい、と押さえられてイトコたちの気は微妙に逸れる。
「・・・・シンちゃん」
「気安くさわるな。貴様は俺の敵だ」
「いきごむなよ! 一段落ついたら、いつでも勝負してやるぜ!」
立ち上がり、シンタローは洞窟の外に目をやる。そこには限りない海と空が青く青く広がっていた。
「とにかく、お互いによぉ、わっけわかんねぇ争い事で自分の運命変えられちまったんだ」
黒い瞳にも、聖なる海の輝きが映り込む。
「どーしてこうなっちまったんだろうって後ろふり返るより、これからどうするかを考えようぜ!」
グンマもキンタローも黙ってしまった。シンタローの心が伝わったのだろうとナオミは思う。
そうだ。大切なのは今までよりこれからなんだ。
シンタローはやっぱり素敵。ナオミはまた惚れ直してしまった。
「どうぞー」
タンノくんのママがご飯を出してくれる。
「さぁ、とりあえずこの生物の飯でも食おう」
「タタキもオッケーよ」
とタンノくん。ナオミは笑って、同時にお腹が空いていることに気付いた。
おじさんたちはご飯には目もくれず話し合っている。
「ふ・・・大したモンですねぇあなたの甥も!」
と高松がふると、サービスは静かにあぁ、と頷く。
「あの子は昔から人を惹きつけるモノをもってたよ。だからこそ兄の期待も大きかったんだろう」
そして、叔父である自分の期待も。
「おお! みんなそろっとるナ」
空からフクロウが飛び来て、タンノくんの家の中に入った。その姿にパプワは大喜びして両手を広げる。
「じいちゃ!」
フクロウはパプワのじいちゃのカムイだった。もう死んでしまっているので、頭に輪っかをつけている立派な幽霊である。
「じいちゃ! じいちゃ!」
「元気にしとったか、パプワー」
目を細めて、孫との再会を喜ぶカムイ。ナオミはおじいさまがフクロウなんてパプワくんが羨ましいわ、と思った。
「ヨッパライダー、おまえも入って来んかい!」
カムイが振り向く先には、大きな大きな鼻面があってナオミもびっくり飛び上がる。
「ふん・・・」
ヨッパライダーと呼ばれた怪獣は洞窟の入り口をふさぐほどの顔で中をにらみつけた。
「誰が人間がおる所なんぞに・・・」
「入って来れんのじゃな・・・」
入りたくても、この大きさでは。
最初に見たときには驚いたけれど、よく見れば愛嬌がある怪獣にナオミは好感を持った。ヨッパライダーという名前も面白い。
「お久しぶりですね・・・お二方とも!」
「ほぉおー、ジャン!」
「久しいのォ、赤の番人! 元気じゃったか」
ここはジャンの故郷。同じ島で過ごしていた者同士、彼らは当然知り合いだ。
「・・・その娘が」
大きな目で中を見回し、ヨッパライダーはナオミを見つけて視線を固定した。確かにいかつい顔だけど怖くはないから、ナオミも軽く会釈をしたりする。
「秘石の守り人だった、我ら島姫の娘か」
「そうです」
ジャンの声に複雑な感情が揺れていた。ヨッパライダーの目がカッと見開かれ、地底から響き来るような声でうめく。
「島姫が、青との間になした娘か!」
「ヨッパライダー、よさんか」
カムイが間に入り、ナオミに同情を込めた眼差しを向ける。ナオミは自ら前に出た。
「もうはっきり教えてください。私の両親のことを」
そこにどんな事実が隠されていようとも、決して逃げはしないから。
「・・・・」
「・・・そうだな」
ヨッパライダーの代わりに重い口を開いたのは、ジャンだった。
そして彼は語り始める。かつてこのパプワ島で暮らしてたときのことを−。
H12.3.18