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気配。
「・・・ママ?」
最初は、さっきいなくなってしまった母、颯華が戻ってきてくれたのかと思った。
しかし目の前に浮かび上がったのは、青の光に包まれたぼんやりとした姿だったので、ナオミは声を失ってしまう。
青い光は、男の形を取りながら薄くなってゆく。やがてすっかりかき消えると、タンノくんの部屋のほぼ中央には会ったこともない男が立っていた。
輝くような金髪。一見穏やかな湖にも似た碧眼は、マジックやハーレムたちと同じ光を帯びている。まごうことなき、青の一族だ。今度は一体、何者?
しかし外見だけで判断するならば、なかなか素敵な人だった。そんな場合でもないのに、ナオミの目は釘付けになってしまう。
さらさらの髪は短めにしてある。優しく整った顔立ちに、どこかグンマに似た面影を見た。黒い服は体にややぴったりとしていて、それほど筋肉質ではないことが分かる。
「あなたは・・・」
誰?
心の中に、もしかして、の思いがともる。もしかして、この人が・・・。
心臓が早鐘のように鳴り始めた。
「ナオミ」
声も静かな、優しいもので。男は床に座ったままのナオミに手を差し出した。一族の瞳に青くすっぽり包み込まれるような錯覚は、心と体に心地よい。
うっとりしたまま、男の次の言葉を聞く。
「分かるかい? おまえの、父親だよ」
「−!」
心臓が、はじけそうに・・・。
父親・・・やはり、この人が・・・、ルーザー!
母の言った通りだとすれば、父は青の秘石によって保存されており、今目覚めさせられたということになる。
「・・・お父様・・・?」
知らず、声が震えた。喉に何かつまっているみたい。
手を取る。あたたかい。
「あなたが、ルーザー・・・・。お父様・・・」
娘を立たせて、ルーザーは笑った。甘い笑みに、何かがひっかかる。
それは唐突に鳴り出した警鐘だった。本能が叫んでいる。違う。この人は、違う・・・!
「!」
離そうとした手はしかし許されず、逆に強く引かれる。
「行きましょうか、ナオミさん」
まわりの空間が歪み流れるのは、あのときと同じだ。ナオミは悔しさに歯を食いしばった。
そして、次の瞬間にはもう外の風がふうっと全身に吹き付ける。パプワ島の森・・・ここはちょうど島の中心に当たる場所だった。
「離して!」
はたき落とさん勢いで、男の手から離れる。怒りと哀しみのない交ぜになった嵐のような感情にさらされて、ナオミの目はうるみ唇はわなわなと震えた。
「おや、お気に召しませんでしたか?」
くっくっくっ。腕を組み、なぶるようにナオミを見下ろす。
「せっかく父親との対面を感動的に演出して差し上げたんですがねぇ」
「・・・・アス!」
疑いようもなかった。ここにいるのは、青の番人だ。
シンタローの体を占領することに失敗したアスは、この島に保存されていたルーザーの体に移ったのに違いない。
そのために、父の体が・・・。
いたたまれなくて、ナオミは声を荒らげる。
「ひどいわ! あなた、人を何だと思っているの。お父様はずっと昔に亡くなったのよ、それなのに!」
死んだ人間を、静かに眠らせてもくれないなんて。ひどい冒涜だった。許されることではない。
「人・・・ねェ・・・」
笑っている。
「何をそんなに必死になっているんですか。所詮は、オモチャに過ぎないのに」
声のトーンも顔色も、何一つ変わらない穏やかなままで、ルーザー・・・いや、ルーザーの姿をしたアスは目を細めた。
「貴女は特に綺麗なお人形だ。最高傑作ですね」
言いようのない嫌悪感に、胸を押さえた。父の目で、そんなふうに見ないで! 父の声で、そんなふうに話しかけないで!!
「私はお人形じゃない!」
ぶん、と頭を思い切り振って、ついでに涙も払って、ナオミは番人をにらみ上げた。
「お父様の体から出ていって! もう休ませてあげて!」
憎しみに支配された秘石眼は、アスには眩しいほど美しいものに見える。
「そんなに怒らないでください。いいことを教えてさしあげますから」
「・・・・」
そんなことを言って、絶対、いいことなんかじゃないに決まっている。
「25年前、ジャンを殺した真犯人のことですよ」
「真犯人って」
25年前、サービスは戦場で初めて秘石眼を使った。その力で誤って親友のジャンまで殺めてしまい、後悔からサービスは片目をえぐったのだった。
と、ナオミはそのように聞いていたのだが、真犯人というのはどういう意味なのか。
アスは胸に手を当てる仕草をして、ナオミに一歩近寄った。
「この方の記憶を探ったらね、面白いことが分かったんですよ。そう、ジャンを殺したのは、この方・・・ルーザーだったということがね」
「え・・・!?」
ナオミの反応を見ながら、楽しそうにアスは語った。
サービスが力を解放した後も、深手を負ったがジャンはまだ生きていたこと。
血液検査からジャンが赤の一族の者だと気付き、追ってきたルーザーが、とどめを刺したこと・・・。
「そんな・・・」
ジャンを殺したのは、ルーザーだった、って?
何ということ・・・。
ナオミは叔父のサービスのことを想っていた。親友のジャンを殺したのが、敬愛していた兄だったなんて。自らの眼すら傷つけたというのに!
「赤の守り人は、ルーザーを愛した。どんな男かも知らずにね。・・・貴女はそんなふうにして生まれて来たんですよ、ナオミさん」
あからさまにバカにしている。ナオミはかえって哀れに思った。
恋の魔法を知らないの?
目を、じっと見つめられる。何となく、アスの狙いが分かってきた。父と母をおとしめることで、挑発しようとしているのだ、この男は。
目的は、再びナオミの中にある青の力を呼び起こそうとすること。いいように利用するために。
(許せないわ・・・お父様の姿で)
させない。人形じゃない!
「・・・・」
強固な瞳にはねつけられて、アスは今までのように簡単にはいかないという事実を思い知らされる。
この娘は、どこまで強くなってゆく?
「・・・赤の番人も、余計なことをしてくれたものだ。赤の力まで目覚めさせるとは」
口元を皮肉っぽく歪め、ゆっくりと両手を前に出す。両肩をつかまれるのかとナオミは避けたが、そうではなく、アスは手の先に青い力を集めていたのだ。
「いいでしょう。貴女はそこでおとなしく見ているがいい。全てが終わるまで」
目の前に青一色のとばりがかけられた。と思ったとき、ナオミはもう閉じこめられていた。まるで巨大なシャボン玉のような、青く透き通った球体。それは青の番人が作った、青のシールドだった。
壁に手を触れる。今度は両手で叩いてみた。衝撃も音も全て吸収され、不気味なほど何も聞こえない。秘石眼の力すら使おうと試みたが、抑え込まれ、発揮できそうもなかった。
外に、出られない・・・。
痛いほど唇をかんで、ナオミはアスをにらみつけた。
仮にも父親の外見を有している男を、こんなふうににらみつけなければいけない状況を呪い、また同時に哀しくも思う。
でも、それでも、そうせずにはいられなかった。
ゴゴゴゴゴゴ・・・!!
青い世界で、アスは力を使う。それは最終警告となり、島全体を揺るがした。
H12.6.3