DEPARTURES 7


「ナオミ!」
 今まで薄い膜越しに見ていたような景色や声が、急にわっとナオミの五感を襲った。色鮮やかな島の戦場、男たちの声。
 外に出られた!
 ゆっくり立ち上がると、青いかけらが身体からぱらぱらとこぼれて、地面に落ちる前に消えゆく。
 シンタローに短く頷いてみせると、ナオミはすぐそばにいるアスの方へ体を向けた。
「もうやめて」
 瞳の奥に、ゆらめく二つの光。それは絡み合いながら広がって、ナオミの全身をも包み込み始めた。
 青と赤の照射を受けて、髪も不思議な紫色に染まる。
「私が、あなたを倒す!」
「・・・勇ましい娘ですね」
 この余裕の笑みを消してやりたい。そして父を救いたい!
 今ならば力を出せるはずだった。根拠はない。けど、きっと。
「貴女に、できるんですか?」
「バカにしないで。私は、青と赤の娘よ!」
 秘石の力が体の奥からわき上がる、恍惚に似た感触に身を浸す。きっとできる。今ならできる!
 奔流に任せようとした、その瞬間。
「やめろ、ナオミ」
 決して大きくはないが、鋭い声によって切られた。集中していた意識が、ぷつりと。
「・・・!?」
 意外なことに、ナオミを止めたのは、グンマのそばに立っているキンタローだった。手のひらを上に向けて、ナオミの方に差し出している。
「それは、おまえがやることじゃない」
「キンタローさん、でも!」
「いいからこっち来い。俺たちが、やる」
「・・・」
 有無を言わせぬ迫力に、ナオミはそれ以上逆らえはしない。力をひっこめ、言われたとおり静かにキンタローのところへ歩いた。キンタローは腕を伸ばし、ナオミの細い手首を取ると、自分の後ろにかばうように引き寄せる。
(キンタローさん・・・)
 レザーのジャケットに包まれた広い背中を見つめる。長い金の髪がかかっていた。
 この人が、本当は兄だった。父親を同じくした、兄妹だったんだ・・・。
 飛行船の中で抱き寄せられたことを思い出す。あのときお互い、感じていたのだろうか。濃い血を、無意識下に。
(お兄さん・・・)
 心の中だけで、そっとキンタローを兄と呼んでみた。胸が熱くなった。

「あいつを倒すぞ!」
「え」
 キンタローの鋭い眼がこちらを向いているので、グンマは自分に発せられた言葉だと分かった。
「俺達二人の眼魔砲を合わせて、倒す!」
「!」
 グンマははっきりと動揺を表した。無理もない、眼魔砲なんて撃ったこともないのだ。
「で・・・できないよ、ぼくにはッ・・・!」
 気弱に視線をさまよわす。
「できるはずだ。俺のイトコなら。それとも妹にその役をさせるのか!?」
「・・・」
 グンマはナオミを見た。倒れている高松の方も見た。
「くやしいじゃないか・・・オモチャのままなのは。くやしいじゃないか!」
 低くうめくようなイトコの声をうつむいたままで聞いた。心からのくやしさはグンマにもぴりぴりと伝わり、応えるように顔を上げる。
 二人の男の決意を目の当たりにして、アスはそれでも尚ひるむことはなかった。
「実の父親を撃つんですか・・・・ボーヤ」
「俺には父親に育てられた記憶などない。24年間俺は一人だった!」
 そう、どんな記憶もない。閉じ込められたまま、一人きり。
「そして、俺のために初めて涙を流してくれた男を、おまえは撃った!」
 狂わされた運命。それが石コロの気紛れだなんて、納得できるものか!
「わかりました。あなたの気のすむようにおやりなさい」
 アスの、いささかも崩れはしない余裕に苛立ちながら、キンタローはグンマの手を取る。初めて眼魔砲を撃つ衝撃のことを考えて、グンマをしゃがませた。自分も地面に膝をつき、空いた片手でイトコの肩をしっかりと支える。
「意識を手の平に向けて集中させろ。少しでも能力を引き出してくれれば、後は俺がサポートする」
「う・・うん」
 迷いをきれいにぬぐい去れたわけではない。しかし、やるしかなかった。この争いを、やめさせるために!
 グンマはイトコの導きのままに、心と体の準備を整えていく。
 その間にもキンタローは、ずっとルーザーの姿をした赤の番人を見上げていた。
「そっくりですねえ、その口元。私が怒った時と」
「無駄だ。俺は貴様を父親とは思っていない。撃たせてもらうぞ」
「どうぞ、息子よ」
 ナオミは後ろに立って、じっと見ているほかなかった。二人の兄が、父の肉体を撃とうとするのを。
「狙いを定めろ! 意識を集中して・・・」
 初めてとはいえ、やはり秘石眼の持ち主だ。アスの方に向けたグンマの手に、青の力がたまってゆく。それはキンタローのサポートを受け、ぐんと膨らんだ。
 撃つの!? ナオミは目をそらす。理屈では分かっても、やはりいざとなれば気持ちがついていってくれなかった。父を・・・ルーザーを撃ち抜くなんて。
「撃て!」
 ドウッ・・・! ナオミは反射的に強く目をつぶる。
 威力ある眼魔砲はしかし、ルーザーの体にかすりはしなかった。その身代わりとなり、背後の木々が一瞬にして炭の山と化す。恐る恐るナオミが見たときには、悠然と立っているアスの背後で、いく筋もの白い煙がまっすぐに立ち上ってゆくところだった。
「すまん・・・」
 キンタローは地面に両手をついていた。
「せっかくおまえが力を出せたのに、俺がハズしてしまうなんて」
 グンマは少しふらつきながら立ち上がり、感情を持て余し気味のキンタローに精一杯声をかける。
「いいんだよ、それで。ためらいなく父親を撃ってしまわなくて」
 頬に、涙が伝った。
「君はぼくのイトコなんだから」
 ナオミの喉も熱くなる。
「くくくく。本当にもろいですねぇ、人間って!」
 アスの嘲笑だけが冷たく響く。ここまで来ても、まだ・・・。
「これだから・・・・・・、あ・・・! う・・あッ」
 突然、アスは苦しみ始めた。うめき、頭を抱えている。
 最大級の憎しみを持って見上げていたナオミも驚くほどの、急激な変化だった。
「た・・す・・・ケ・・」
 途切れ途切れにこぼれる音は・・・。
「助けて、兄さん」
 一つの、言葉になった。
「!」
 気付いたのはマジックだけではなく、ナオミも。
「ど・・・どうしたんだ、一体!?」
 キンタローには分からないのだろう、憎い相手の尋常ではない様子に戸惑うばかりだ。
「ぐ・・あ・・・ッ!!」
 闘っている。一つの肉体の中で、二つの精神が!
「・・・本当に、どうしようもない馬鹿だよ、おまえらは」
 勝利したのは、やはりアスの方だったのか。焦りと殺意に満ちた顔をゆらりと上げて、左手から眼魔砲を繰り出そうとする。
「死ね!」
「わあッ!」
「大丈夫だ。俺がおまえを死なせはしない」
 キンタローはグンマを守るように抱き寄せながら、応戦しようと構えを取る。
 一方、サービスを抱いたジャンには、はっきりと気付いていることがあった。
(おかしい! ルーザーから、アスの気配が消えている!)
 キンタローの手に、力が蓄えられてゆく。アスにぶつけようと。
「眼魔砲!」
「やめて、キンタローさん」
「あれはルーザーだ。やめろォオ、撃つなぁ!」
 ナオミとマジックの声が折り重なる中、アスは・・・いや、ルーザーはキンタローに体を開き、身じろぎ一つもしなかった。
「撃て! 息子よ。青の呪縛とともに、私を撃ち抜け!」
 誰に・・・。
「おまえが私を裁いてくれ!」
 伝わるのか・・・。その、願い。

「何故だ・・・」
 呆然とキンタローが見下ろす先には、眼魔砲を真正面から受け倒れ込んだアスとルーザーの体がある。
「貴様は、あえて俺の技をよけなかった」
 キンタローも、薄々感じているはずだった。
「おまえは・・・、俺の父親なのか・・・!?」
「違う。私はアスだ」
 言下に否定しながらも、ルーザーは泣いていた。金の髪を地面にうち乱し、青い瞳から涙をこぼしていた。
「おまえの父親が、こんな男のはずはない!」
 とめどもなく流れる涙は、紛れもない父のもので、それは光りながら土に染み込んでゆく。
「いいや・・・おまえはルーザーだ。だからこそ、その子に撃たれることを望んだのだろう」
 辛抱強く抑えながら、マジックは弟に促した。
「声をかけてやれ。おまえの、子供たちに」
 子供たち。
 そこに自分が含まれていることに気付き、ナオミはマジックを振り仰いだ。伯父は静かに見守るときの顔をして、頷いてくれている。
 父は自分のことを娘だと知らないのではなかろうか。いや、知っていても、認めてくれないのではないだろうか。それが怖くて、二の足を踏んでいた。だが今ナオミはマジックに背中を押され、ルーザーのそばにかがみ込む。
 ルーザーはナオミを見た。不安をぬぐえない娘に、笑ってみせる。
 ここに伏しているのは、天使・・・? 涙の光る頬に浮かぶ笑みは、この世のものとは思えない清らかさに満たされて。迷いも哀しみも不安も、ナオミの痛みを全て浄化してくれるように・・・。
「ナオミ」
 その、声も。水平線のように両手を広げるのと、同じほどの優しさで。
「おまえも、私の娘だよ」
 抱いてくれている。心を、抱いてくれている。
 父親として。
「−−−!!」
 ナオミは崩れかけた体を、地面に片手をつくことでどうにか支えた。押さえた口元から、熱い嗚咽が洩れる。止められない。溢れるものを。
 肩を震わせ、しゃくり上げる娘に対し、何もしてあげられない。もはや体を意のままに動かすことすら困難であるルーザーは、キンタローの方へとようやく目線を上げる。レザーの服で身を固めた息子は、相変わらず動けず、棒立ちになっていた。自らが撃ち倒してしまった実の父と、傍らで激しくむせび泣いている妹とを、ぼんやりとただ見ている。状況にうろたえていることは明白だった。
 息子の顔が二重に見え、風景が一瞬、遠のいた。終わりのときが近付いている。深く息を吐いた。長かった贖罪だ。だがようやくここで終わりにできるのだ。
 その前に、子供たちへ伝えたいことがある。ルーザーは重い口を開いた。   
「25年前−・・・、私は弟の親友を殺し、弟を傷つけた。私は罰せられる人間だ」
 善も悪も、罪とその罰も。
 そのとき初めて、知ったもので。
「おまえたちは敗北者になるな!」
 にわかに強いものとなった語気に、ナオミは涙を呑み込んだ。受け止めなくてはならなかった。父の伝えたいこと、一言も、半句だって洩らさないで。
 それにしても何と皮肉なこと。敗北者・・・ルーザー。それは父の名前だった。
「自分がしてきたことを、やり直しにもどることはできない」
 あの運命の日。涙と痛みを、決して忘れられない。凍り付いた時のかけらが流れの中に沈んでも、記憶はますます色を濃くし、今日まで罪人を責めさいなんできた。それでも、いくら悔やんでも、決して後戻りはできない。
 だから。だからこそ!
「でも、これからやらなければならないことを考えることはできる」
 たくさんの涙を、大地は吸い尽くした。濡れたままの双眸はますます青く、空を映しているかのように澄んでいる。
 その眼で、息子と娘とを見ていた。
「進め」
 前に、真っ直ぐに。
「怖がらずに、進め」
 願う心は、父親のもの。
 最後の笑顔と共に、伝え切って。そうして、ルーザーは、目を静かに、閉じた。
 依然動かないキンタローの瞳に涙がたたえられ、頬に光る。ぬぐうこともせず、こぶしを強く握った。
「わかったよ、父さん!」
「お父様・・・」
 子供たちは、新たな涙におのおの誓う。心に刻みつけよう、今のこの瞬間のこと。父の姿と声とを胸に抱いて、これからの道を進んでゆくために。

 雲の隙間から太陽が顔を出す。
 天から射し込む光はルーザーの上に降り注ぎ、魂を迎えた。
 金の粉をあまた散らしたように輝きを与えられた髪、抜けるように白い顔に浮かぶのはただ穏やかさだけで。光のシャワーに全て罪が溶けてゆくさまが、ナオミには見える気がした。同時に父が本当の天使になったことを知る。
 涙の残るまま青い空を見上げると、背に純白の翼を得て、ふうわり昇ってゆく汚れない天使が見える。
 言葉で語る以上に、たくさんのことを遺してくれた。
 娘と認めてもらえて、嬉しかった。
 貴方に会えて、よかった。
−ゆっくり休んでください・・・お父様−
 
 
 
 
 
 

 

 
 
 
 
 

−おわり−

あとがき

ああ・・・もう、涙ぼろぼろです。泣きながら書きました。
DEPARTURESの7、今回は私の大好きなルーザー登場ということで、そりゃもうすごい気負いがありましたよ。半端な気持ちじゃ書けないし、プレッシャーもあったけど。
コミックスを読み返しながら書くと・・・もう、泣ける泣ける。
私、マンガ読むのってすっごく早いんですが、あんまり深く読んでいない場合が多いのですよ。
だからガンガンでパプワくん連載されているとき、立ち読みしてもそれほど深く感じてなかった。確かにルーザーの最後のセリフには感動した覚えがあるけど。
けど・・・今ゆっくり読み返すとダメです。ぼろぼろ。
昔、私は感情移入ができない人間なんだな、って思っていた。
映画やドラマ見ても、全然感じなかったから。
でも大人になったら、人並み以上に感じやすくなって、普通なら泣かないだろ、ってとこで泣いてますねー、テレビ見ながらでも。(夫といると一人で泣いているので恥ずかしい)
ただし、相変わらず映画は苦手です。小説やマンガはもうどっぷり浸かりますけど。

いつも小説を書くときって、ほとんど一発勝負でガーッと書くんだけど、DEPARTURESは割と表現や言い回しをあれこれ考えますね。推敲も多く、途中何度も読み返しながら、文章いじってます。そのせいでくどくなってるかも知れないけど(笑)。
第3話は特に丁寧に書きました。だって一番大切な場面だもの!
DEPARTURESのハイライトといっても過言ではないでしょう。だって私がルーザー大好きなんだもの!
最近、ファンクラブ作ったら更に好きになってしまって、もう見境ありません。文章の中でも、ルーザーへの偏愛を感じていただけると思います。ルーザーの美しさ、大強調してるもん。ナオミにもそんな場合じゃないのに見とれさせてるし。
ま、そこはひいきってことで許していただきましょう。

「おまえも、私の娘だよ」・・・このセリフは是非とも言ってもらいたかった。
マンガにおいては、マジックがシンタローに言っていましたね。「おまえも私の息子だよ」と。
確かに颯華のしたことは許されることではないかも知れないけど、娘であるナオミには罪はないんだし。
罪を知ったルーザーは心が広くなっただろうから、きっと認めてくれるだろうな、いや、認めて欲しいなって思って。
もうとっくに死んでしまった両親に会えたし、それぞれの愛情にも触れることができて、ナオミ本当に良かったなあ。
両親から愛してもらえたら、子供も愛情深くなるものなんじゃないかな、とこれは私の考えです。
私も両親からいっぱい愛してもらっている。だから将来子供ができたら、やっぱりいっぱい愛してあげたい。

ルーザーのキーワードは「善と悪」「罪と罰」「天使」ですね。
愛する弟があそこまで傷つくまで、罪の意識を知らなかったなんて、マジックの言うとおりかわいそうな人だったのかもしれない。
実は未だにルーザーがどんな人だったのかよく分からないんだけど、それでも、あれこれ考えていると胸が痛みます。
罪という意識を知らなかったからこそ天使のようだった。
罪を許されたとき、本当の天使になった。

タイトルはチャゲアスから。本当に優しい、父の愛情たっぷりな歌です。
「風 薫 海 航 空 翔」という歌詞を見て、友達は「中国人が歌っているの?」と思ったらしい。本当は「かぜかおる うみわたる そらかける」って歌うんだよ。
「命の海に君を浮かべて 水平線の両手をまねて」ってとこが特に好き。だから本文中にも使わせてもらいました。水平線の両手。
ルーザーのこのシーンなら、絶対このタイトルって結構前から決めていました。ピッタリだもんね!

さてさて、DEPARTURES、いよいよ次回でラストになります!
よくここまで来たなあ。
近いうちに書き上げたい。あとはエピローグ的なものになると思うので、短いと思いますよ。
 


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