「モモ、お行きなさいな」
赤ちゃんを寝かせながら、コウメは妹に笑いかけた。
「エスケープは得意でしょ?」
「お姉・・・サンキュ!」
とたんに元気を取り戻す。4つ上の姉はいつでも良き理解者だった。
「何が幸せかは、自分が決めることよ。でも、お母様の気持ちも分かってね」
「うん!」
大きく頷き、姉とその娘に笑顔で手を振る。身軽く部屋を飛び出した。
何と良い天気だろう。空は日に日に高くなるようで、スクリーンのような青が目に眩しい。上を見上げながら、モモカは城の敷地も抜けて歩いていた。頬に受ける風が心地よい。花人界は樹木や花が多いせいか、その風はいい匂いがした。
お気に入りの草原まで来ると、無造作に腰を下ろす。土が付くことくらいは気にならなかった。それよりも、草の匂いが濃くて嬉しくなる。
(確かにママの気持ちも分かるけどね・・・)
自分が母の立場だったなら、やはり反対しているのだろう。ハタチを過ぎて、先の見えない恋愛をしている場合じゃないのかも知れない。
それでも、好きなのは彼だけだ。先のことを考えるよりも、今は楽しんでいたかった。
「モモカ!」
背後から呼ばれて振り返る。金に染めてツンツン立てた短髪と鼻や耳に光るピアスを見て、思わず顔をしかめた。
「クローバか。どしたのそのカッコ」
「へへ。イケテルだろ?」
断りもせずに隣に座り込んできた。クローバとは同級生で、学生時代は大して話をした記憶はないのだが、最近なぜかまとわりついてくるのがうっとーしい。
「金髪似合わないよ」
もともと黒い髪なのに。この間までロンゲだったが、かなりのイメチェンだ。
「げー、ショック。それよりさ、どっか遊びにいかねぇ? とりあえずお茶でも」
「・・・あんたいいわね。悩みなさそうで」
人生楽しそう。
深いため息を聞いても、クローバの軽い口調は変わらない。
「なんだ、オトコ関係? そんなの、パーッと遊んで、忘れよう忘れよう」
「・・・」
疲れる。モモカは手をひらひらと振って、「あっちへ行って欲しい」の意志表示をした。
「今忙しいんだから」
「ちぇっ、何だよ」
子供みたいに口をとがらす。しかし立ち上がりもせず、クローバは感情のまま鋭い言葉を投げつけた。
「龍人なんてやめろよ。おまえが泣くだけだぜ!」
一瞬にして、頭にカッと血が昇る。モモカは相手を強くにらみつけた。
「あんたにそんなこと言われる筋合いないわよッツ!!」
何も知らないくせに!
「モモカ」
「うるさいのよ、ほっといて!」
立ち上がるとあっと言う間に走り去る。肩が完璧に怒っていた。
「・・・ンだよバカヤロウ。しゃーねえ、今日は他の女でも誘うか」
「バカヤロウ!」
土に落ちた木の実を蹴り上げる。へたな方向に飛んで、見失ってしまった。
モモカはそのまま、木にもたれるように座り込んだ。気分のいらつきはどうにも抑えられない。
何でみんな、口を揃えて言うんだ。龍人はダメだって。
味方は、姉だけか・・・。コウメの優しい顔を思い出して、モモカはふっと息をついた。
本当は目をそらしているだけだ。先のことを考えたくなくて。ハッキリさせるのは、怖い。それを迫ってもし壊れたら。
それくらいなら、現状維持で行きたいのだ。楽しい今の状態で。
膝を抱えて、空を見上げた。枝葉の向こうに見える空の青さが、ぐんと沁みる。
いつも思うことだ。この空は、全世界に広がっている。同じ空の下に、リュウもいるんだと。
今もリュウは空の下で、何をしているのだろう。こういったことで、悩んだり考えたりすることもあるのだろうか・・・?
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