青い空を眺めている。ただぼんやりと、両腕を枕がわりに。
ナンバーワンのつとめとして、一応竜人界の見回りなどしていたのだが、世界はまったく平和なものだった。リュウは地上に着地するや人型に変身し、ちょっと一休みと、こうして草むらに寝転がっている。
風も空も草の匂いも、全てが五感に心地よい。こんな空を眺め、風を受けることができるなんて、少し前の闘いの日々からは想像もできなかったことだ。
その広い空にふいと鳥が横切るのを見た。鳥もこちらに気付いていて、
「おー、リュウ! 捜したぜー!」
と喜々として叫びながら急下降してくる。リュウも身を起こした。
「バードかァ」
よく見ると、青い大きな鳥の肩には黄色の小鳥が止まっている。
地面すれすれでぽん、と小さな爆発音を立て、二羽の鳥は人の姿になった。青い鳥は鳥人界英雄のバード。そして黄色い小鳥は、同じく鳥人のヒヨだ。
「リュウさん、こんにちは!」
ヒヨがちょこんと頭を下げた。以前飲み過ぎのため気を失ってしまったバードを安全な場所まで運び、リュウに助けを求めてきたのがこのヒヨだった。
「お前、本当に女の子だったんだなァ」
あのときヒヨは男の子のフリをしていたから、後で実は女性だったと聞いてリュウもびっくりしていた。今日はセミロングの黄色い髪を肩に垂らしていたし、女っぽいというわけでもないが体の線が多少は分かる服を身につけている。
「なるほど、女の子だ」
しげしげと見つめると、冗談混じりで叩かれた。
「セクハラだよ、ヘタすると」
セクハラおやじ・・・。
「はは。まあ、座れ」
「うん」
向かい合うように草に腰を下ろす。バードも膝を立てて座った。
「この間の礼を言いに来たんだ」
「わざわざか? 別に大したことしてねえのに」
大したことどころか、リュウもかなりへべれけだったので、結局“困った人を放っておけない”白龍が酔っぱらいの面倒を見てくれたのだ。リュウは陽気に歌って踊って、挙げ句かなり危ない状態のバードにムリヤリ酒を勧めるという暴挙をしでかしただけだった。
「あん時は大変だったな。でもま、結果オーライってとこか」
意味ありげにヒヨの方を見て、笑ってみせる。
その事件の後バードはお見合いをしたのだが、その相手というのが何と、ヒヨだった。そういう縁で今二人はつき合っているような状況なのだと、噂で聞いていた。
「本当は仲のイイところを見せつけに来たんじゃねーのかァ?」
「あー、その発想がオッサンだってんだよ。それほどヒマじゃねえって」
「そーかそーか」
オッサンなのは事実なので、別にリュウも腹は立てない。ヒヨもころころ笑っていた。
「そうだ、バードに聞いたんだけど、リュウさんのカノジョって花人の女の子なんでしょ?」
「ああ。モモカってんだ。樹王の姪御のクセに、とんでもねェはねっかえりよ」
「でも花人ってステキよね。今度紹介してね!」
「そうだな。機会あればな」
好奇心いっぱいに輝くヒヨの目に、リュウは苦笑いをこぼした。
「モモちゃん、元気なのか?」
「ああ・・・元気だろ」
ヒヨは小鳥の姿で、木から木へと飛び移っては赤い実などをついばんだり、チチチとさえずったりしている。
そんな様子を見るともなしに眺めながら、二人の英雄は語らっていた。
「元気だろ、って、他人事みたいに」
バードはリュウの横顔を見て、そっと息を吐いた。言うべきか少し迷い、結局口にする。
「そろそろ、ハッキリさせてやったらどうなんだ?」
「・・・・」
「宙ぶらりんじゃ、モモちゃんがかわいそうだろ」
龍人はため息ついでに空を仰ぎ見た。片方の目に、青が眩しい。
「・・・・そうだな。わかってるけどよ・・・」
考えないようにしていた。今まで確かに、先延ばしにしていたのだ。いずれはっきりした形を導き出さなければならない関係だと、知ってはいたけれど。
そうしているうちに戦争に紛れ、曖昧になっていた。今平和になり考える時間もたっぷりできたことで、リュウも実は気にかけていたのだった。
「バードは、良かったな。同じ種族だし。ずっとカノジョ欲しいってわめいてたんだ、満足だろ?」
セリフの後半は、気分を切り替えてからかうように。つられてバードも吹き出してしまう。
「まぁね。でも、理想とは違うよ。アイツもわがままだし、ケンカばっかりで」
そりゃそうだろうとリュウは思う。理想って多分少女漫画なんだけど、そんな恋愛を本気で望む方がどうかしてる。
でも、そう言うバードは楽しそうだった。ケンカするほど仲がいいってやつだろう。
「木の実がおいしいよー!」
空中で人の姿に戻りつつ、ヒヨが二人の目の前に舞い降りた。手にした赤い実をバードの鼻先にぶらさげる。
「ほら、ほら」
「お、サンキュ」
受け取って、バードは口に入れた。ヒヨはリュウにも同じようにおやつを分けてくれる。
「うめェ。・・・そうだバード、ヒヨも、今日は泊まってけ。飲み明かそうぜー」
「い、いや・・・」
前回の苦い思い出が脳裏をよぎり、バードは青ざめて両手を振った。しばらくアルコールのにおいをかぐのもイヤだった。
「できればそうしたいんだけどさ、ヒヨの家が厳しくて、泊まりは禁止なんだ」
「ふーん。箱入り娘だねェ」
「んー、家が、っていうか、アニキが、なんだけどね」
ヒヨ自ら訂正してちらっと舌を出す。いろいろ口うるさい兄を持つと大変だ。
夕暮れを待たずに二羽は帰っていったので、リュウは一人、家路についた。
「にーちゃん!」
長い影を引きずって、弟が手を振っている。
「タツ」
50才を越えて成長したが、やはりタツはリュウの一番かわいい弟だった。二人並んで歩き出す。
「なんや、あの鳥来てたんかァ。でもびっくりやな、鳥に彼女できるなんて」
「鳥だって彼女ぐらいできるだろ。よくさえずる黄色い小鳥チャンだ。タツも、誰かいい娘見つけたら即兄ちゃんに紹介しろよ」
小柄な弟はからからと笑った。
「見つかったらな。でもオレの好みは颯華ねーちゃんやから、そんじょそこらにはおらへんで」
「ふーん」
それは初耳だ。あの顔か、スタイルか、それとも人間離れした能力か。どれをとっても、確かにこの辺にはいそうにない。弟に彼女ができるのは何十年も後のことか。
「にーちゃんは、どうするんや?」
「んー?」
空の赤い方を見て、二人は歩いている。タツの髪も、微妙な色に染まっていた。
「モモねーちゃんのこと」
「・・・・」
末の弟にまで言われるとは。
「マセガキ」
がばっと頭を抱え込んでやる。タツは手足をばたつかせた。
「何すんねん。オレはもうガキやないでー!」
「あー、腹減ったなあ」
「離せー!」
夕焼け空に、兄弟の声がこだましていた。
今夜は新月で、月は出ていない。その代わり、星たちがそのきららな光で夜空を彩っていた。
窓を開け放ち、いつものように酒瓶を抱えたまま、リュウは夜空を見上げる。そのままで出窓のところに腰掛けた。
「もう、ホントに決着つけないとな・・・」
独り言も我ながら酒くさい。
モモカと自分は、一体この先どうなるのだろう。どういう答えを出すのだろう。
心地よさに溺れそうな頭を、どうにか思考に向けようとする。考え事くらい、飲まないですればいいのに、リュウは長年の習慣で夜になるとつい酒に手を伸ばしてしまうのだった。
昼間のバードとヒヨを思い出す。鳥人同士、貴族同士で、何の問題もないカップルだ。
キリーとぷるるも蟲人同士。
ヒーローとミイちゃんも人間同士。
タイガーとマリィは獣人と人間だけど、それは大した障害にならないだろう。
自分だけが・・・。龍人だから。龍人は他の種族と交わってはならない掟だから・・。
大きく息をついて、瓶を傾ける。燃えるような熱が喉を通った。
(いくら好きでも・・・オレはモモに触れられねェ・・・)
気持ちが通じ合っていても、交わることが許されない。男としてそれはかなり辛かった。
それに、結婚もできない。自分はともかく、モモにとっては良くないことに違いない。今はただ好きだからつき合っていても、結婚したいとか、子供が欲しいとか思ったときにすでに婚期を逃していたということになりかねないのだ。
寿命の違いも問題だった。龍人は七種族一長寿だ。花人が年を取っていずれ死んでしまっても、まだずっと長く生き続けることになる。そのことに耐えられるか・・・。
(・・・・・どうなるんだ・・・オレたちは・・・)
思考が元に戻る。ぐるぐる巡っている。
はっきりしているのは、時間の少ないモモカのために、できるだけ早く結論を出さなければならないということだけだった。
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