言葉の意味がつかめなくて、モモカはすぐさま聞き返した。今、何て言ったの?
「別れよう」
って、またそんな、きっぱりはっきり・・・。
頭の中も、風景も、全てが真っ白。自分自身すら真っ白になりそうな感覚に、めまいがする。
冗談でしょ・・・。声にはならず、渇いたのどにひっかかった。これ以上ないくらいのリュウの真剣な目に、いやでも現実を思い知ってしまう。
今日もいい天気なのに。花人界は、今日もいい匂いで満たされているのに。
こんな中での別れ話は、いかにも不釣り合いに思えた。
「知ってるだろうけど、龍人は他の種族と一緒にはなれない。同じ花人の中から相手を選んだ方がおまえのためだ」
よくよく考えた結果なのだろう。リュウのセリフには少しのよどみもなかった。
「だから別れよう」
「・・・・」
ショックや驚きはとっくに通り越して、いやになるくらい冷静になれる。モモカは立ったままでリュウを見上げていた。
全く予想外のことではなかった。別れを切り出されるのは。ただその想像を、今まで都合良く切り捨てていただけで・・・。
「・・・本気なの?」
硬い声だった。泣きたい気持ちもない。
モモカの視線を左の眼で受け、リュウはやはりしっかりと頷いてみせる。
「いい男、捜せよ」
少し、口元をほころばせた。モモカはそれによって、ふっと糸が切れたように肩を落とす。
「バカ・・・。リュウよりいい男なんて、いないよ・・・」
わずかに震えを帯びる声。リュウは無意識に手を伸ばし、これもまた小さく震える肩を抱き寄せた。
「おまえにとって、オレよりいい男がいるさ。そいつと結婚して、子供を産んで、幸せに暮らせばいい」
それは、龍人では決して与えることができない幸福だから。
「リュウ・・・」
「じゃあな」
肩に置かれた大きな手が、そっと外される。呼び止めることもできない。
振り返らず。リュウは去っていった。
気が付けば地面にぺたんと座り込んでいた。力が入らず、ひざから崩れ落ちてしまったらしい。
急に精神と肉体のブレが修正されたようだった。
モモカは体勢を直し、草の上で膝を抱える。
こんな日が来るかも知れないって、心のどこかで思っていた。
感情を抑えた。大人らしく。
でも、これで良かったんだろうか・・・?
お互いのこと、将来のことを考えれば、良かったんだろうか。
それなら、この涙は何だろう。どうして、とめどもなくあふれるのだろう・・・。
「モモカぁ」
涙も涸れたころ、頭に来るくらいノーテンキな声をかけられた。顔を上げるのも面倒だったが、しつこく呼ばれるので仕方なくいらえを返す。
「何よ・・・」
ひりついた目が、金のつんつん頭をとらえた。クローバがガムをかみながら、いつものようにニヤニヤしている。
「どーした? フラれたかぁ?」
「うるさい! ほっといてよ」
思い切り図星だ。涙の名残の恥ずかしさも手伝って、言葉は乱暴に投げつけられた。それでもクローバは勝手に隣に座り込んでくる。
「イヤなことなんて忘れちまおうぜ」
「異常接近しないでよ!」
肩に回しかけた手を容赦なくはたき落とされ、押しのけられても、ひるまない。強引に抱え込むように抱き寄せ、耳元に唇を近付けた。
「オレが忘れさせてやるよ。いいだろ?」
「・・・・」
奥歯をかむ。モモカはほとんど投げやりな気分になっていた。抵抗をやめると、それが承諾の合図になる。力を失ったモモカの体は、草むらに押し倒された。
草の匂いが近い。そして男の荒い息。
「ずっと、こうしたかったんだ」
触れてくる手が熱い。これもまた熱を持った声は、夢の中のようなエコーを伴っていた。
「あんな龍人なんかより、よくしてやるから・・・」
「・・・」
違う。
リュウにこんなふうに触れられたことなんて、一度だってないのに。
それなのに・・・。
「・・・や・・・」
今まで力の抜けていた指が、動いた。目を開ける。情欲にとりつかれた男の眼がぎらぎらと身体を刺し、本能的な恐怖はモモカの意識を更に目覚めさせる手助けとなった。
「いやっ!」
両腕を突っ張る。はねのけようとしても、のしかかる体はびくともしない。それでも。
「いやよ、離して!」
「何だよ、急に」
「いやなの! やっぱり帰る!」
「今更バカなこと言うなよ」
両手首を地面に押しつけられる。首をはう唇の感触に、体中が震えた。
こんなのは、いやだ。リュウ以外の男にこんなことをされるのは。軽々しく誘いに乗ったことを強く後悔する。もう、遅いのか。クローバの思うままにされるしかないのか。
こんなのは、いやだ。絶対に・・・。
「いやあーッツ!!」
新たな涙が頬を伝う。声の限り叫ぶが、それも呑み込まれた。
紅に染まる空だけが、モモカの切ない心を知っていた。
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