「・・・ぐあっ!」
ぎらつく眼に耐えきれず、モモカは瞳を閉ざしていたが、クローバのこんな悲鳴を聞いて思わずぱちくりと目を開けた。体が自由になったことに、同時に気が付く。
「?」
何が起こったのか。視線をめぐらし、やっとでクローバの姿をとらえた。身をのけぞらせて、苦しそうなうめき声を上げている。顔は紅潮しており、手は胸の辺りにからみついた何かを取り外そうと必死に動いていた。
よく見ると、クローバの身体に巻き付いているのは緑色のつるだった。シュッ、と音がして、それは背後にいる人物の手に収まる。
「・・・何しやがる!」
振り向く先には、細身のシルエット。
ようやく起き上がり、モモカも見た。長い髪の、女の子のような立ち姿を。
「・・・あ・・・」
「さっさと行けよ。痛い目遭いたくなかったらね!」
「サクラ!!」
この花人界ナンバーワンのサクラは、モモカのイトコにもあたる。まるっきり女の子のような顔立ちだが、クローバをにらむ目つきはかなりの威圧感に満ちていた。
「・・・ちっ」
よろめきながら立ち上がると、クローバはモモカを一べつしてから走り去った。ナンバーワン相手ではどう考えても勝ち目がない。
「サクラ・・・」
「何やってんだよ、モモ」
駆け寄ると乱れた服のえりもとを直してやる。モモカは座った格好になって背を丸めた。
「自分を安売りしちゃダメだよ」
サクラは先程空を飛び去るリュウを目撃して、いつもと様子が違うことに気付いた。それで何となく事情を理解できたのだった。
「まあ、オレほどの美貌じゃないにしても、モモは一応女の子なんだからねッ」
「どーゆー意味よッ」
むくれながらも、サクラなりに気遣ってくれているのは分かっていた。
「・・・もう、なんかどうでもよくなっちゃって・・・」
「ばかだねー」
隣に座り込んで、サクラは足を投げ出す。
「自分のしたいようにしなきゃソンだよ。どうでもいいなんて、もったいない」
それでも・・・。言いかけて、モモカは口をつぐんだ。
それでも、相手がダメだと言ったんだから。自分がいくら別れたくなくても、相手が別れようと言ったんだから。
苦しさと哀しみが蘇り、瞳がうるむ。歯を食いしばってもせき止めることはできなかった。
「モモ」
「ごめん・・・サクラ。あたし、今日、へんだから・・・」
ぽろぽろと、涙があふれた。もう涸れ果てたかと思ったのに、後から後から涌いてくる。
「ごめん・・・」
近くにサクラの体温を感じた。
「泣きたきゃ泣きゃいいじゃん」
桃色の巻き毛をかきやり、そのまま肩を抱いてやる。モモカは素直に甘え、体を預けた。
「飽きるまで泣けよ。つき合ってやるから」
空の色は刻一刻変わってゆく。夕暮れから、星を伴った夜へ。
言葉を交わすわけでもなく、身動きするでもなく。サクラはずっと、モモカのそばにいてあげた。
数日後、母に呼ばれて行ってみると、テーブルの上に何かファイルのようなものを山積みにしてキキョウは待ち受けていた。
「モモカ、お座りなさいな」
やけに上機嫌だ。モモカは無表情のまま椅子に腰掛ける。最近、思考能力が停止しており、すべての物は薄いヴェール越しのような見え方をしていた。
「さあ、どの方がいいかお選びなさい。立派な殿方ばかりよ」
と、いきなりファイルを開いてみせる。見開きに二枚の男性の写真。どう見てもお見合い写真だ。
「ツルさんに話を聞いたのよ。お見合いでいい相手に巡り会えることだって多いんだから」
キキョウはバードの母ツルとお友達だった。
次々と写真を開き、テーブルいっぱいに広げてゆく。この人はこうで、あの人はどこの大学を卒業していて・・・。そんな説明も、モモカの耳には一切入って来なかった。
「さあ、モモカ、どなたが気に入ったの?」
「・・・・どれでもいい・・・・」
何でもいい。どうでもいい。
リュウと一緒にいられないのだったら、何でも同じだから。
「モモ、本当にいいの?」
遊びに来ていた姉のコウメが、心配そうな顔をしてモモカの顔を覗き込んだ。
「お母様、早速お見合いの準備を進めているわよ」
「・・・いいの」
手を出して、アヤメの頬をつつく。赤ちゃんの肌はぷくぷくしていて、本当に気持ちがいい。
「結婚して、子供産んで、幸せに暮らすわ・・・」
それがいいんだと、無理にでも思いたい。それでも言葉は上の空。
「モモ・・・」
それが一番いいんだと。
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