「本ッ当、バカだよね」
言い放つと、サクラは足を組み替えた。
「お見合いか・・・」
シンタローがつぶやく。ここは人間界の、シンタローの家だ。サクラは遊びに来たついでにモモカの様子をみんなに伝えたのだった。
「見合い自体は悪くないけどな」
お見合いで大成功のバードは、すっかりお見合い肯定派になっている。しかし。
「今の状態だとなぁ。やけになってるみたいだし」
「モモちゃんはまだリュウのことが好きなんだろ」
「そりゃあね。だからあんなにポケーッとしてんだよ」
まったく最近のモモカは幽霊も同然で、何をするでもなく、いつもぼんやり考え事をしている。そのあまりの変わりようが痛ましく、サクラも足が向かなくなっていた。
「もっと自分の思うとおりに生きていけばいいのに。もっと自分勝手でも・・・」
お前は奔放すぎるけどな。と言いかけたセリフを、バードはのどの奥にしまい込んだ。サクラの案外としんみりした横顔を見たからだ。
「らしくないよ。あんなモモ、見ちゃいられない」
「おまえが他人のことでそんなに言うなんて、珍しいな」
いつもタカビーでジコチューなサクラなのに。
「まさかサクラ、おまえモモちゃんのこと・・・」
「そんなはずないだろ、タイガー!」
「オ、オレ、何も言ってない・・・」
思い切り虎の体を締め付けられて、タイガーは苦しげな声を上げる。
「でも・・・」
手をゆるめてやって、サクラはタイガーの柔らかい頭にあごをつけた。
「リュウがちゃんとつかまえておかないんだったら、誰に取られても知らないよッ・・・」
他のみんなは、軽く口元をゆるめる。サクラの新たな面を発見して、微笑ましい気持ちになっていた。
「ま、どっちにしろ、ここは男に動いてもらわないとな」
バードと顔を見合わせて、シンタローはにっと笑った。
「よし、オレが竜人界に行ってみるよ」
竜人界の空は高く、ちぎったような雲があちこちに浮かんでいる。
太陽の光も眩しい、そんな良い天気なのに、リュウの部屋の中ときたらひどい有様だった。足の踏み場もないほど物が散乱しており、アルコールのにおいが濃くたまっている。
そんな中にあぐらをかいて、部屋の主は尚も酒をあおっていた。
「・・・シンタローか」
それでも相手の判別はできるらしい。リュウは血走った左の眼で来訪者を見上げた。
「何しに来た?」
「・・・・」
唇を固く結んだまま部屋に踏み入る。床に転がったさまざまなものを足でよけながら、リュウの目の前に立った。
いきなり、拳が空を切る。鋭い攻撃を、しかしリュウは辛うじて避けた。
「・・・・なんのつもりだ」
「よくかわしたな。酔ってるくせに」
シンタローの声には蔑みがある。リュウはそれを感じ取ると、低く笑った。自嘲するように。
「酔っちゃいねえよ。いくら飲んでもなあ・・・酔えねえんだよ」
「おまえがこんなことしてるうちに、モモちゃん見合いしてしまうぞ。いいのか!?」
「見合い・・・?」
リュウの眼に光がひらめく。しかしそれは一瞬のことで、ぐいともう一口あおった。
「そうか、見合いか・・・。いい男と結婚できればいいな」
「本当にそう思うのか!?」
「・・・・」
「リュウ!」
ひざをついて、リュウの両肩をつかむ。そうしてシンタローは、強くゆさぶった。
「モモちゃん泣いてたんだぞ。それなのにお前、昼間からだらだら飲んでる場合か! モモちゃんのこと好きなんだろ、だったら!」
「うるせえッツ!!!」
信じられない力で手をひきはがし、リュウはシンタローを突き飛ばした。すごい勢いで立ち上がると、床に倒れたシンタローの二の腕をつかんで引き起こす。
「ぎゃあぎゃあうるせえんだよ! おめえにオレの気持ちが分かるってのか!? 龍人の気持ちが!! オレだって・・・オレだってなあ・・・!!」
相手の苦しそうな表情に、我に返る。手を離してやるとシンタローは荒い息をして、二の腕をさすった。
「ばか力だな、相変わらず」
「・・・すまねぇ。悪かった」
大きなため息を吐いて、再び座り込む。シンタローも向かい合って腰を下ろした。
「情けねえよな。自分で決めて別れておきながら、この体たらくだ」
すっかり気持ちは落ち着いたのか、リュウは改めて自分の周りを見回した。部屋の惨状には苦笑するしかない。
「モモちゃんも何もできないで、いつもボーッしているって言ってたぞ。迎えに行ってやれよ」
何もできないでボーッとしているモモカというのは想像しにくいものだった。あぐらをかいて、酒の瓶をもてあそぶ。
「オレだって、できることならアイツをそばに置いておきてえよ。けど・・」
「龍人の掟、か?」
「そう。それともう一つ」
長く硬い質の黒髪を無造作にかき上げて、リュウはシンタローの目を見た。
「知ってるだろ? オレたち龍人はものすごい長寿なんだ。モモが年取って死んで、それでもその後ずっと生きていく。深く愛すれば愛するほど、後に残された一人の時間が辛くなる・・・」
「・・・」
だから、断ち切ろうというのか。
「それでもさ、大事なのは、今の気持ちなんじゃないのか?」
リュウの言動も分かるのだが、もっともっと大切なことがあるような気がする。シンタローはうまく力の抜けた優しさで、友達を見つめた。
「オレには確かにお前の気持ちは分からないけど。というより、自分の気持ちは自分にしか分からないから。その気持ちのまま、動いたっていいじゃないか」
「シンタロー」
「大人のふりして全部見通さなくたって、目の前のことだけ考えるのもいいじゃないか」
自分の気持ちのまま後のことを考えずに行動するのは、子供のすることだけれど。それでもいいんじゃないか、と。
「何十年か後にモモちゃんを失って、一人で生きていくとしても、二人の記憶は残るだろ。“あのとき、モモちゃんを放さなければよかった”って後悔するよりも、そっちの方がずっとずっといいと思わないか?」
「・・・・・」
目が覚めた気分だ。リュウは心にかかった霧がすっと晴れていくのを感じていた。
答えは、こんなに単純だった。いろいろ考えすぎて、見えなくなっていただけで。
「思ったこと、やりたいこと、出来るだけものにした方がいい。自分でストップかけることは何もないだろ」
「そうだな、シンタロー」
微笑み、立ち上がると、リュウは部屋の窓を全開にした。風が入り込み、すえたにおいを吹き払う。
きれいな空が視界いっぱいに広がり、目にしみた。
好きだから、そばにいたい。
ただ単純な想いを映して。
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