「おい、いつまで泣いてんだよ」
ずっと大声で泣き叫んでいたナオミだが、今や疲れて泣き声も下火になっていた。辛抱強く見守っていた男にとうとう呆れられ、ようやく涙でぐちゃぐちゃの顔を上げる。
「ここはガンマ団じゃねえんだ。いくら泣いてたって、誰も助けになんて来ないんだぜ。お嬢ちゃんよ」
どちらかというとからかいの響きがある。うるんだ眼界の中にあって、男の存在感はすさまじいほどだった。まず目を引くのは後ろで無造作に束ねられた金の髪で、それは太陽の下、強い輝きを放っていた。硬そうなクセがあり、逆立つような感じはまるで獅子のよう。眼も、色は青なのにまるで炎を秘めているかのようだった。筋肉質の体。精悍というよりは野性的なその外観は、ナオミにはなぜか馴染みのあるものだった。
相手の顔を見て少し落ち着き、すすり泣きが止まる。刺繍のあるハンカチで涙をふきながら今さらのように辺りを見回した。光のさんさんと降り注ぐ、綺麗に手入れされた庭が目の前に広がっている。自分はその芝生の上に座らされていた。後ろを振り向くと、小さな別荘風の建物があった。
「・・ここ、どこ・・・」
動揺していて、どのくらい遠くに連れ去られたのか、見当もつかなかった。
「中に入るか」
ナオミの問いには答えず、また返事も待たずに腕を引き、家の中に入れる。中には誰もいなく、温かみのある家具やテーブルの花が迎え入れてくれた。
ナオミは今度は椅子に座らされ、男は一度部屋を出た。隣がキッチンになっているらしい。缶を二つ持って戻ってくる。
「ほら」
一つを放ってよこす。ナオミは受け取り損ねたが、うまいコントロールだったため、ジュースの缶は膝の上に落ちた。
「トロいな」
バカにするふうでもなく楽しそうに笑って、自分はビールを開ける。口に含みながら、椅子を引いた。
「おじさん、だあれ」
タイミングを逃したような問いがどこかのんびりと発せられ、男はそれによって多少気分を害したようだった。
「おじさんって言うな、お兄さんだ。・・・・まあ、おじさんに違いはないけどな」
最後の一言はナオミに聞き取れないくらいにつぶやくと、気が変わったらしく椅子はやめてテーブルの端に腰掛ける。喉にビールを流し込みながら、横目でナオミを見やった。かわいらしい顔立ちに、まだ涙の名残が見える。
「俺のこと、知らないのか」
「うん。知らないわ」
「そうか」
ふん、と鼻先で笑って、缶を置く。テーブルに手をついてナオミの方へ身を乗り出した。
「俺はおまえをよく知ってるよ」
顔を近付けられて、動けなかった。瞳に魅入られてしまう。気が付くと、お兄さんの手がナオミの頬に伸びていた。
「赤ん坊だったクセにな」
「・・・・」
身動きができない。だけど、怖くはなかった。眼の光が、大好きなマジックのものと同じなのに気付いていたから。そしてそれはまた、ナオミ自身の両眼が持っている光でもあった。強く大きい、不思議な光・・・。
「どうして、私をここに連れてきたの」
小さな声には、おびえの影もなく、純粋に不思議がっているだけ。
「一度、話をしたかった。サービスの将来の嫁さんとな」
「・・・・お兄さんは、もしかして・・・」
「おまえ、サービスなんかより俺と結婚しないか」
いやに軽い調子でナオミの言葉を遮ると、まるい頬に指先をすべらせる。
ナオミは首をかしげた。何を言い出すんだろう、このお兄さんは。
「あと数年もしたら、とびきりの美人だ。そしたら正妻にしてやってもいい」
最初から妾を囲うことでも前提にしているらしい。
「退屈はさせないぜー。俺はあちこち飛び回るのが好きなんだ。どこへでも連れていってやる。毎日おもしろおかしく暮らしたくないか」
本気なのか、それともただふざけているだけなのか。口調や表情から推し量ろうとして、失敗してしまった。
冗談に隠した本気のような、本当にただの冗談のような。
「マジックの言うことなんて、もう聞かなくてもいいんだ」
この一言にだけ、真剣さが宿った。ナオミは何となく理解をする。どうやら、この人は自分の境遇に同情をしているようだ。こういった類の情けはよくシンタローの言動から受け取っていたので、もう慣れっこだったが、ナオミにとっては不本意なものだった。
「私、別に平気よ。マジックおじ様はとても優しいのよ」
「そうか」
ナオミのあごに手をかけ、ひじをテーブルにつく。深い奥底を覗き込みでもするように、少女の双眸を見つめ抜いた。
「覚えておくんだな。その眼で、できないことは何もない。望むことは何でも・・・」
息がかかるくらいに接近されて、それでもやっぱり動けはしない。近付く青い瞳に気を取られて、言葉の意味を取りこぼした。
「おじ様・・・」
口をついて出た呼び方に、ナオミ自身ハッとする。
「お兄さん、だ」
ビールのにおいがした。
唇に唇が触れそうに近付いていた。
H11.5.21