いやな夢を見てハッと目が覚めれば、時計はまだ夜の入口の時間をさしている。
ティラミスは深く息を吐いた。机につっぷして、うとうとしていたらしい。いつもと同じ夢。まだそう古くはない記憶。
暑くもないのに汗をかいている。髪をかき上げ、額をぬぐったとき、ノックの音がした。
「・・・はい」
こんな時間に、人が来るなんて。けだるげに立ち上がり、ドアを開けてやる。
「やあ」
男が右手を軽く上げていた。隣のクラスのチョコレートロマンスだ。いつもみんなの輪の中心にいる、黄金色に近い髪と屈託のない笑顔の持ち主の・・・。
「寝てた?」
その笑顔で、明るく話しかけてくる。ティラミスは、こんなふうにいつもこだわりなく話しかけてくるチョコレートロマンスに対し、うっとうしそうな態度を取りながらも内心では戸惑っていた。
なぜこの男は、隣のクラスの自分などに、こうもしょっちゅうつきまとってくるのだろうか。友達だって多いのに、なぜわざわざ、こんな自分なんかに。
「何か・・・」
「ああ、これさぁ」
左手を示す。ふたの開いた箱に、お菓子が入っていた。バニラの匂いがふんわり甘い。
ティラミスのけげんそうな視線に促されて、チョコレートロマンスは更ににこやかに続けた。
「クッキー。一緒に食べないかと思って。オレ、甘い物好きでさ。母ちゃんが手作りのやつ、送ってきてくれたんだ」
「・・・・」
甘い物・・・母ちゃん・・・。幸せそうな、何も悩みのない、笑顔。
ティラミスはどうしようもない不快感を覚え、苦々しく唇を歪めた。軽いめまいすら感じる。
「甘いの、嫌いか?」
何も・・何も知らないクセに。
「・・嫌いだよ・・・」
理不尽なことは分かっているけれど、むかむかするような嫌悪が胸の辺りからこみ上げてくるのを止められない。
「甘い物は嫌いだ。お前も、嫌いだ!」
片隅に追いやられた理性が、慌てている。ひどい言葉を投げつけている感情を、どうにか抑えようとしている。しかし、それは全く無駄に終わった。
「帰ってくれ」
言葉は取り消しが効かない。半ばやけになって、クッキーの箱を持った同級生を無理矢理扉の外に押し出した。
鼻先でドアを閉められ、チョコレートロマンスは立ちすくんでしまう。呆然とした後、ティラミスの冷たい態度にふつふつ怒りが湧いてきた。
何も、あんなにしなくても良いのに。
だからあいつ、友達ができないんだ・・・。
「もう、知るもんか」
口をとがらせて、大股で自室に戻った。
机に戻って、ティラミスは頭を抱えた。短い髪をくしゃりと乱す。
後悔の気持ちはなかった。他人なんて、どうでもいい。他人からどう思われようと、そんなことはどうでも。
それよりも、チョコレートロマンスの脳天気なほど幸せそうな笑顔に、腹が立ってしょうがなかった。あの笑顔が脳裏に張り付いて離れないのにも、無性にいらだちを覚える。
むかむかを我慢できなくて、指先に力を加える。頭皮に爪を立てた。叫び出したい衝動は、小さなうめき声を洩らすことでどうにか抑えることができた。
「・・・嫌いだ・・・」
チョコレートロマンスに吐いた言葉が頭の中でリフレインしている。嫌いだ。ぐるぐる回る。
甘い物なんて嫌い。お前も、嫌いだ。
でも、分かっている。
一番嫌いなのは、この、自分自身だということ。
H11.2.12