たなべさんカウンタ2036ゲット記念企画
 
 ヒュォッ−
 張りつめた空気を裂くように、鋭く矢が飛ぶ。狙いあやまたず的の中央を射抜き、ビィンと震えて止まった。
 嘆息とどよめきが弓道場を包み込む。落ち着いて弓を下ろし一礼する黒髪の男を、ティラミスもため息をつきながら見守っていた。
(さすがはシンタロー様だ・・・)
 他人には興味を持たないティラミスだが、彼は唯一憧れている先輩だった。
 シンタローは二つ年上の三年生ながら、その強さはすでに学校内でトップだと言われている。黒い髪と瞳、まだ肉体的には完成していないが、将来のたくましさを予感させる体つき、そして誰にでも分け隔てなく朗らかな性格。どれをとっても、ティラミスには魅力的に映る。
 今日の袴姿も、さまになっている。シンタローを見られるとなれば、できるだけ時間の都合をつけて駆けつけているミーハーなティラミスなのだった。
 シンタローのように、強くなりたい。
 そう思うときいつも連鎖的に浮かぶのは、ガンマ団総帥、マジックのことだ。
 マジック総帥は、世界一の殺し屋軍団、ガンマ団の全ての実権を握っている総帥であると同時に、シンタローの実の父親なのだった。
 シンタローとは似ていない、金の髪と青い瞳で見る者全てを圧倒する、覇王。
 ティラミスの思考が、一年ほど前にさかのぼっていく。
 あのとき、冷たい雨の中で、マジックに初めて出会った。凍えている自分を、総帥は青い瞳で見下ろしていた。今でも鮮烈な印象として残っている、あの青さ。心の奥底を射抜き、動けなくしてしまうような瞳。
 ティラミスは恐れを感じた。それと同時に、どうしようもなく惹かれてゆく自分を止めることはできなかった。マジックの強さの前に、全身を投げ出しひれ伏したいという奇妙な衝動に襲われたのだった。
 今でもその不思議な感覚は色あせない。それどころか、具体的な形を作り、心の中に根を下ろすまでになっていた。
 総帥の側で仕えたい。一生、あの瞳に支配されたい。
 そのためにも、強くなりたかった。マジックの息子であるシンタローのように。

 冬の太陽は気が早く、せかせかとその姿を隠そうとする。
 赤い大地に長い影を落とし、ティラミスは校舎裏にて一心にトレーニングをしていた。
 強くなりたい、と思っているだけでは、強くなれない。自主トレは日課になっている。
 体つきは仕方がない。小柄で線の細い体格は、いくら鍛えてもシンタローのようにはなれないだろう。だけど、力はつくはずだ。マジック総帥の近くで働けるくらいの力は・・・。
「熱心だなー」
 ふっと顔を上げると、久しぶりに見る笑顔があった。ティラミスは拳を下ろす。
「済まん、邪魔して」
 すこしバツ悪そうに頭に手をやって、チョコレートロマンスが進み出てきた。他意はなさそうだが、その態度に戸惑ってしまう。この間、あんなにひどい言葉を投げつけたのに、どうして笑っているんだろう。
「謝りに来たんだ。この間、悪かったと思って」
 あのときはカッとなったけれど、チョコレートロマンスも自分なりに反省して、今日ティラミスに会いに来たのだった。
「君が、そんなに甘い物が嫌いだとは知らなかったからさ。だから、これ」
 と、スナック菓子の袋を手渡す。赤いパッケージには、派手な字体で“激辛スナック”の文字が印刷されていた。
 ティラミスは受け取ってから、小首をかしげて相手を見上げる。
「おわびだよ。すっげえ辛くて、うまいから、食べてみな」
 甘い物が嫌いなら、と、彼なりの考えで辛いお菓子を持ってきたというわけだ。
 ティラミスは心の中だけで笑ってしまう。そんなことで怒ったわけではないのに。何て素直で単純な男なんだろう、このチョコレートロマンスという奴は。
「・・・許してくれるか?」
 そして、何て真っ直ぐな目でこちらを見るのだろう。どきっとするくらいに。
「・・・ああ」
 うなずくので、精一杯だった。
 他人にどう思われても構わない。嫌われても、無視されても。
 だけど、この男は不思議だった。心の垣根を乗り越えて、自然な仕草で踏み込んでくる。しかもそれはティラミスにとって不快なものではない。かたくなな気持ちが融けかかってくるのを、無意識のうちに感じ始めていたのだから。
「一緒に、食べようか。部屋に戻って」
 夜の闇が寒気を連れて迫ってくる。
 最後の夕陽を体にいっぱい浴びながら、二人は並んで宿舎に帰った。
 
 

 

 

−つづく−

 4 (続きへ)
 


H11.2.14