たなべさんカウンタ2036ゲット記念企画
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「悪りィなー」
セリフほどには悪びれた様子もなく、チョコレートロマンスは相変わらず笑っている。ティラミスは軽く頷いて、向かい合うように腰を下ろした。
雪と風はさっきよりもっとひどくなっている。吹雪といってよく、視界はほとんどなかった。ちょうど崖の下に洞窟のようなものが出来ているのを見つけて、どうにかチョコレートロマンスを支えながら入り込んだのだが、この天気ではすぐには助けを呼びに行けない。山の天気は変わりやすいとよく言われることを、二人は身をもって体験していた。
「痛くはないか」
「ああ、じっとしている分にはな」
崖から落ちたとき、チョコレートロマンスは足をくじいてしまった。ケガ自体は大したことはないし、今出来る分の応急処置は施したのだが、やはり歩くのには困難な状態なのだった。
「まッ、ゆっくり天気が回復するのを待っても大丈夫だろ」
本人がそう言うので、ティラミスの言うべき言葉は何もなかった。それで黙っていると、チョコレートロマンスは後ろにもたれて、痛めていない方の足を立てて腕を置く。そんなくつろいだ体勢を取って友達を正面から見た。
「それまでのんびりしてようぜ」
ティラミスも自然に肩の力が抜けていた。天気はじきに良くなるだろうし、二人の姿が見えないとなれば、捜しに来てもくれるだろう。何も心配することではなかった。
「よくありがちな話だよな。雪山で遭難して、“眠るなー、眠ったら死ぬぞー”なんて言って、歌とか歌って眠らないようにするの」
一体、普段なんのテレビを見ているんだろう。
「遭難・・ね」
膝を抱き寄せて、腕の中に顎を埋める。そうしてティラミスは、上目遣いにチョコレートロマンスを見た。頭からすっぽりかぶったフードから、チョコレートロマンスの淡い色の髪が少しのぞいている。それは濡れたようにしっとりと首筋にはりついていた。
「どーする? 助けが来なかったら」
笑い混じりの声で、縁起でもないことを言ってくる。どんな時でも朗らかな男だ。
ティラミスは背中を丸くして、ますます顔をうずめていった。
「冗談じゃない・・・絶対、嫌だ」
「嫌か? オレと死ぬのは」
「嫌だ」
チョコレートロマンスは少しびっくりした。淡泊な男かと思っていたが、生への執着は強いようだ。ティラミスのかたくなな瞳がそれを物語っている。
「死ぬわけにはいかない・・まだ」
何かを抑えるように、不自然に言葉を切って、茶色い髪を乱暴にかき上げる。
「・・・・・」
言おうか、言うまいか、迷う視線がチョコレートロマンスの眼に行き着いた。大らかで優しい瞳。
ティラミスはふと思い出す。チョコレートロマンスは以前、こう言ったことがあった。
『ティラミス、お前もっと自分を出したらいいのに』
意味が分からなかった。自分は自分で、そのままで生きているつもりなのに。“自分を出す”とは、どうすることなのだろうと。
もしかしたら、こんなとき言いたいことをそのまま言えばいいのに、ということなのかも知れない。どんなつまらないことでも、相手にどう思われるか、なんて考える前に言った方がいいのかも。
チョコレートロマンスは何も急かすようにはしないけれど、明るい色の瞳が優しく促している。ますます強くなる風の音は、二人だけの空間をまったく日常から切り離していった。
「俺・・・」
言葉が、するりと口から滑り出た。
「絶対死なないんだ。強くなるんだ・・復讐するために」
復讐。
吹雪に消されることなく、二人に重く沈み入る単語。
−俺の父親は、ひどい奴で、いつも酒ばっかり飲んで暴れていたんだ。
母さんは、俺がまだ7才の頃に、家を出ていってしまった。
毎日、殴られたり蹴られたりしてたよ。
小学校卒業したすぐ後、あの男は、俺を働きに出そうとしたんだ。
イヤでイヤで・・俺も家を逃げ出した。
行くところもなくて、腹が減って、その上雨まで降ってきて・・。
そのまま死ぬのかと思ったとき、マジック総帥に拾われたんだ−
「俺は、あの男に、復讐してやるんだ・・・」
最後の声が震えていた。
こらえ切れずに、ティラミスは顔をふせる。あふれる涙を止める術はない。
「ティラミス・・・」
知らなかった。いつも冷静で無表情なティラミスに、そんな激しい感情が隠されていたなんて。
チョコレートロマンスは、すぐには言葉もかけられず、冷たい空気を深く吸い込みながら、ティラミスの乱れた髪を、震えている肩を呆然と眺めていた。
−つづく−
6 (続きへ)
H11.2.23