「やめようよ」
ようやく顔を上げたが、きまり悪そうに横を向いているティラミスに、チョコレートロマンスは今出せるうちで一番優しい声をかけた。
「復讐なんて、そんなこと考えるの、やめようよ」
「・・・」
赤くなった目が、“おまえに何が分かるんだ”と訴えている。それでもチョコレートロマンスは譲らなかった。
「確かにオレには分からないけどさ。けど、何て言うのかな、うまく言えないけど、もったいないと思うんだ」
ゆっくりとした、穏やかな物言いに、ティラミスの気持ちもとけかかった。
「せっかく、こうして友達になったんだから。これからもっといろいろな人と出会って、いろいろな楽しいこともあるんだから。復讐なんかより、もっと面白いこと考えようぜ」
「・・・・・」
不思議だった。
ずっと前から思っていた。この男の不思議な力。
まっすぐな言葉に、自分のマイナスの感情が萎えてゆく。その力強い笑顔に、心のトゲがまるくなる。
そして今まで言えなかった言葉と出せなかった涙を全てあらわにしたことで、すっきりと心を開放できている自分に気が付いた。
急に憎しみを忘れることは出来ないかもしれない。けれど、何かが変わりそうな予感はある。
ティラミスは知らず、微笑んでいた。
「ああ、そうだ、これ」
ポケットをさぐり、何かを見つけると、チョコレートロマンスはにっこりと満面の笑顔を見せた。
「チョコレート! 一緒に食べないか」
一枚の板チョコが、スキーウェアのポケットから出てきた。甘い物に目のないチョコレートロマンスの、これもまた甘く溶けそうな表情に、ティラミスは体中の力がふうっと抜ける思いだった。
本当に不思議な奴だ。ふざけているようで、真剣だったりするし・・・。
「雪山遭難には必須アイテムだよな。チョコレートってカロリー高いから、こういうときには役に立つんだぜ。甘い物は嫌いだろうけど、体力維持のために食べてみないか」
そう言いながらも、外側の包み紙をむいて、着々と食べる用意は進めている。甘い匂いが洞窟中に広まった。
「・・・そうだな」
ほんの少し躊躇してから、ティラミスは立ち上がり、友達の隣に移動した。座り込んでチョコレートの半分を受け取る。相手の体温と息づかいが、匂いとの相乗効果で、心を落ち着かせてくれる。全身で心地よさを感じていた。
「さあ、食おう」
銀紙をはいで、元気よくかじりつく。チョコレートロマンスには至福の瞬間だった。うっとりと味わっている表情を見てから、ティラミスもチョコレートのひとかけを口に運んだ。甘い。
「・・・おいしい・・・」
もうひとつ。
「アレ? 甘い物、嫌いなんじゃなかった?」
チョコレートロマンスが疑問を口にする頃には、もう指で割るのはやめて、ティラミスも直接かじりついているところだった。
「食わず嫌いだったみたいだ」
家で、お菓子を与えられたという記憶がほとんどなかったので、こんなにおいしいものだとは知らなかった。
「うん。おいしいな」
「だろ?」
自分の好きな物を、おいしいと言われて、チョコレートロマンスもご機嫌二割り増しだ。
「ティラミスの髪も、チョコレート色してる」
「お前の名前なんて、そのままチョコレートじゃないか」
どちらもスウィート。
二人並んで、甘い甘い板チョコをほおばっていた。いつしか吹雪が止んでいるのにも気付かずに。
哀しい思い出も、憎しみの心も、少しずつきっと溶けてしまう。チョコレートみたいに。
復讐のためではなく、自分のために強くなろうと決めた。
夢を叶えるために、強くなろうと決めた。
2月14日。部屋でくつろいでいるティラミスのところに、チョコレートロマンスが訪ねてきた。
「これ」
差し出されたのは、きれいにラッピングされた小さな箱。赤いリボンまでかかっている。
今日が何の日か分かっていたから、ティラミスは少し焦ってしまった。
「え? お前が俺に・・・?」
愛の告白? そんな、男同士なのに。
包みと相手の顔とを交互に見て首をかしげると、チョコレートロマンスは声を立てて笑った。
「あはは。違うって」
ティラミスの手のひらに箱を載せてやって、自分は勝手に部屋に入り込む。もうすでにチョコレートロマンスの指定席がこの部屋にはあるのだった。
壁際のその指定席にあぐらをかいて、まだ不思議そうなティラミスを見上げる。
「うちの母さんからだよ。お前のこと手紙に書いたら、バレンタインのチョコレート、お前にもって」
「・・ああ、そうか」
ふっと笑い、ティラミスもいつもの場所に腰を下ろした。両手に持ったチョコレートを軽く掲げて、ありがとう、とつぶやく。
「母さんの手紙にもあったんだけど、暖かくなったらさ、うちに遊びに来ないか? 何もないところだけど、空気は最高にいいぜ」
「そうだな。暖かくなったら・・・」
早く暖かくなればいい。待ち遠しい気持ちになって、窓を見上げる。
四角い空は、すがすがしい冬色で、淡く晴れていた。
ティラミスの気持ちはとてもよく分かります。何故って、私も同じだったから。
といっても、別に私の父親が飲んだくれで、母が逃げたとか、そういうのではないですよ。
中学、高校の頃、私は人間不信だったんです。楽しいはずの学生時代、ほとんどそんな状態だったの。友達もいなくて、人と話が出来なくて。
それを吹っ切ってくれたのが、専門学校時代の友達でした。
そういう実体験をベースにしているから、気持ちはよく分かるんです。
今回はオリキャラが出てきません。
たまには、女の子のオリキャラがいなくてもおはなし書けるんだ、ってところを見せないとね(誰に?)。
H11.2.24