DEPARTURES 2

   第1話・叔父さんと朝ごはん

 東の水平線から、朝がやってくる。生まれたての朝日を浴びて、ガンマ団特戦部隊の飛行船はきらきらと輝いていた。その下には相変わらずの海が、穏やかにどこまでも広がっている。
「ハーレム隊長、朝食の準備ができました」
 特戦部隊のロッドが、顔を出す。ハーレムはすでに隊長の椅子に背を預け、足を投げ出していた。
「・・・ナオミは?」
「まだ寝ておられるようです」
 仲間内では軽口ばかりのロッドも、さすがに隊長の前では神妙にしている。
 ハーレムは机の上から足を下ろし、立ち上がった。
「朝寝坊だな。しょうのない娘だ」
 カツッと靴を鳴らして歩きながら、ふっとやわらいだハーレムの表情を、一瞬だったがロッドは見逃さなかった。隊長のこんな顔は、初めて見る。こんなに優しげな、いとおしげと言ってもいいような表情は。
 やはり姪のことはかわいいのだろうか。自分たち隊員には、ボーナスもくれないくせに・・・。
「ロッド」
「は、はい」
 考えていることがバレたのかと、思わずロッドは青くなる。ところが隊長が言ったのは、全然別のことだった。
「ナオミの分も、一緒に準備しておけ」
「はい、分かりました」
 ほっと息をついてから、一度大きな声で「ボーナスをくれ」と言ってみたいなあと思った。

 足音を殺して部屋に入ると、ベッドの盛り上がりと金の髪が目に入った。やはりまだ眠っている。こんな状況なのに、のんきなものだと内心で苦笑いしながら、ベッドサイドに腰を下ろす。
 間近で寝顔を見下ろしても、ぴくりとも動かない。なかなか神経が図太い。
 何か夢でも見ているのだろうか、半開きの唇がかすかに動いた。軽く乱れた金の髪、白い肌。申し分ないほど整った顔立ちは、起きているときよりも幼く見える。
 やはり同じ一族の血が流れていることに疑いはない。そう感じたのは、いつの間にかナオミの寝顔が母のそれと重なっていったためだ。
 母の面影は、ハーレムの記憶の底で笑顔を絶やしたことがない。ストレートの金髪が頬をやさしく包んで、いつまでたっても少女のような姿を留めていた。
「・・・・」
 何の気なしに手を伸ばし、一族を象徴する金の髪に触れようとする。しかし、絹糸のような長い髪を撫でることをハーレムは思いとどまった。
 壊したくなる。
 複雑に去来する二つの想いに、眉をひそめる。かわいい姪なのに、踏みつけてやりたいような衝動に不意に襲われるのだ。
 天使のように清らかな心を、汚してやりたくなってしまうのか・・・。母に対しては決して持つことのない感情だった。
「ナオミ」
 このまま寝顔を見つめていたら、いつか自制心を失ってしまうかもしれない。ハーレムは焦りを感じ、姪の名を呼んだ。
 応えるように、ナオミの顔が少し歪む。ん・・と、小さな声が洩れた。
 眠り姫が、ゆっくりと目を覚ます。

 幸福な夢を見ていた。絶対に壊したくない、覚ましたくない夢を。
 そこは楽園。眩しいほどの太陽が照りつけ、青々とした木々が生い茂る、地上に唯一残された南国の楽園だ。空はいつも抜けるように真っ青で、果物が一年中芳香を放っているその場所で、ナオミは大好きなシンタローと一緒に楽しく暮らしていた。
 原色の夢の世界に、二人の笑い声がエコーを伴って響きわたる。
 永遠に続く幸せのはずだった。・・・声さえ、聞こえてこなければ。
『ナオミ』
 世界の外から聞こえる声が、ぐんと自分に近くなる。
 起きたくないのに、ナオミは目覚めてしまった。
 それでもしばらくは目を閉じたまま、夢の世界へ戻れないものかと、無駄な抵抗を試みる。期待は未練となり、やがて諦めに変わっていったころ、ようやく瞳を開けた。真っ先に飛び込んで来たのが逆立つような金の長髪で、ナオミは自分の置かれた状況を思い出すのに数秒を要した。
「ねぼすけめ。やっと起きたか」
 昨日初めて対面した叔父が、からかうように笑っていた。ハッとするくらいに派手な顔立ちが、ナオミを完全に目覚めさせる。
「・・・ハーレム、おじ様・・・」
 夢の余韻がすうっと引いていった。名残惜しく思いながらもナオミは上半身だけ起き上がり、叔父を上目遣いで見上げる。青い瞳に、非難の色があった。
「おじ様といえども失礼じゃない? レディが寝ているところに、黙って入ってらっしゃるなんて」
 本当は“素敵な夢だったのに、邪魔をするなんて”と言いたかったのだけれど。
「フン・・お前がいつまでも寝ているからだ」
 ハーレムは一向構わず、ベッドに腰掛けたまま肩越しにナオミを見下ろしていた。
「寝顔もなかなか可愛いな、ナオミは。いい夢でも見ていたのか」
 手を出して頬に触れようとすると、ぴくりと身体を震わしてさりげなく逃れようとする。姪が自分を怖がっているのが、ハーレムには寂しくもあり、逆に愉快でもあった。
 もっと打ち解けて欲しいような、更に怖れてもらいたいような。
「朝食ができている。さっさと着替えて来い」
 またもや指一本も触れずに立ち上がり、背を向けたままハーレムはベッドサイドを去った。

 用意された服は、Tシャツにミニスカートという、昨日のものより身軽で涼しげなものだった。
「南に来ているからな」
 叔父はそう説明した。
 小さなテーブルをはさんで、ナオミとハーレムはパンとレトルトのおかずという簡単な朝食をつついている。
 ある程度お腹が満足すると、ナオミは、昨日聞きそびれたことをきちんと聞こうと決心し、顔を上げた。聞きたいことは、お酒にだまされて、うやむやになったままだったのだ。
「ハーレムおじ様、シンタローは・・・?」
「この船に乗っているだろう」
 あっさりとした返答に、首を横に振る。
「黒い髪のシンタローのことよ」
 あの金髪の男も、確かにシンタローなのかも知れないが、ナオミは小さい頃から見慣れた黒い瞳と髪のシンタローを心配していた。ナオミ自身の撃った眼魔砲を正面で受け、生きているはずはないと思われたけれど、爆炎の中から金の髪の男が出現した代わりに、シンタローの姿はきれいに消えていた。
 黒髪のシンタローはどこへ行ったのだろう。
「あいつの正体を握るカギが、これから向かうパプワ島にあるらしい」
 唐突にハーレムは声のトーンを下げた。「あいつ」がシンタローを指すことを、一拍置いてから理解する。
「シンタローの、正体・・・」
 白い手が、マグカップに触れたまま止まる。目はカップの中のお茶に向いていたが、それを見てはいなかった。お茶が小刻みに震えていることに、ハーレムも気付く。
「怖いのか、知ることが」
「・・・・」
 怖い。
 叔父に言われて、今のこの状態は怖がっているのだと、初めて自分の感情に名前を付けることができた。
「もともと、ここにいるのはお前の本意ではなかったはずだな」
 すっかり朝食を片付けて、ハーレムは椅子に深くもたれ、足を組んで、くつろぎの体勢に入っている。
「行くのが嫌か。パプワ島に」
 厳しくも、優しくもない調子で言う。ナオミは叔父を見上げた。ハーレムに対しては上目遣いがクセになってしまっている。
「私・・・」
 一度目を伏せ、今度は真っ直ぐ顔を上げる。叔父の顔を初めて真っ正面から見たような気がした。
「行きます」
 ただ泣いていたところで、シンタローが戻ってくるわけではない。それに、彼が何者であっても、気持ちはぐらつかない自信があった。
「全てのことには意味があると思うの。私がここにいることにも。だから」
 それは運命と言い換えてもいいのかもしれない。
「そうか」
 ハーレムの表情がほんのわずかだが、ゆるんだ。ロッドが見たらまた驚くことだろう。
「お前は、違うんだな」
「え?」
 首をかしげると、ハーレムはちょっと考え込むようにしてから、口を開きかけた。言っていいものか、迷っているかのようだ。
「お前は・・・、強い娘だ。マジック兄貴が考えているよりも、ずっと」
 結局こぼした言葉は、実際に心に浮かんだこととは微妙にずらしたものだった。
 この娘は、一族の女性としての運命通りには生きて行かない。自分たち四兄弟の母とは違う道を、すでに歩き始めているのだから。
 ナオミはマグカップを傾ける。食後のお茶は、すこし冷めかけていた。
「ハーレムおじ様って、もっと怖い人かと思っていたわ、昨日は」
 いたずらっぽくナオミは声に笑いを含ませた。
「怖くないのか、もう」
 わざと仏頂面で見据えるが、もはやナオミはたじろがなかった。
「優しいおじ様よ」
「ふーん・・」
 ますます唇をゆがめるが、最後にはハーレムも吹き出したくなった。
 しかし、やはり残念な気持ちと嬉しい気持ちが混じり合った複雑な心境に陥ってしまう。なぜ、この姪に対しては、こういつも正反対の気持ちを同時に感じてしまうのだろうか。
 二つの感情を抱えたまま、ナオミを眺める。
 朝の光が透明な粒になって、金の髪にたくさん降り注いでいた。きらきらと、それはきれいだ。
 ハーレムは目を細める。
 もうすぐ、島に着く頃だった。
 

 つづく

 第2話・不思議の島
 

 

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