第3話・デートしようよ
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「ハーレム隊長」
部下の声に、ハッとする。色鮮やかな草花が視界に入った。
「どうかしましたか」
特戦部隊のGが、低い声で尋ねかけてくる。いつも無口な男だが、これでいてなかなか気の付くたちだった。
「いや、何でもない」
気を取り直し、再び歩を進める。Gやほかの面々も、黙って後をついてくる。
この島に着いてから、何かおかしい。どうしても違和感をぬぐえないのだが、それは部下たちにはとても説明できないことだった。
深い森に射す木洩れ日と、鳥の鳴き声。熱帯の島。
なじみのないこの場所に、確かに知っている者の気配を感じる。違和感の源は、まさにそれだった。
初めて来る島が、そのふところに今は亡き男の面影を抱いている。信じられないが、認めるほかなかった。
死んだはずの、奴の気配を感じる!
あまりに強い感覚にめまいを起こしそうになり、ハーレムは奥歯をぎりっと噛んだ。
「あ、お嬢さんだ」
リキッドの心なしかはしゃいだ声で、再び我に返ると、先に下りていたナオミとシンタローに追いついていた。
「ハーレムおじ様!」
無邪気な様子で、手を振りながら駆け寄ってくる。その姿を見ただけで、ハーレムの心は落ち着いた。飛行船を下りると同時に、ナオミは人をほっとさせるオーラのようなものを身にまとったようだった。
「おじ様、外の世界って本当に素晴らしいわ」
きらきらした目は、好奇心に満ちている。ナオミは上気した頬で叔父を見上げ、興奮を隠そうともせずにまくし立てた。
「花が踊ったり、動物がおしゃべりしたり・・・素敵だわ。私もいろいろ本を読んだりテレビを見たりしていたけれど、本当の世界を知らなかったのね。本当にあの子たちったら・・・」
「ああ、分かった分かった」
片手を上げて、言葉を制する。子供の言うことをいちいち聞いてはいられない。
それよりもハーレムには、金髪のシンタローがまるで呆けたように突っ立っているのが気になっていた。あの見ていて嬉しくなるほどの気迫と殺気はどこへ行ってしまったのか、ただぼうっと木々や空を見上げている。金の髪が静かな風になぶられていた。
「どうしたシンタロー。行くぞ」
ハーレムはシンタローを促し、先へ進み始めた。マーカーやロッド、Gの三人も続く。
「おじ様・・・」
「ナオミお嬢さん」
寂しそうにハーレムの背中を見つめるナオミに、リキッドが声をかける。差し出された右手に気付いて、ナオミは戸惑いの眼差しを返した。
リキッドの、からかいを含んだふざけた態度がどうしても気になる。どこまで信用していいのかが分からない。
「おっと・・・、俺なんかはお嬢様に手も触れられないってね」
手を引っこめる。こういう言い方も、ナオミには気に触るのだった。
「迷子になっちゃうわ」
みんなは、どんどん先に行ってしまう。ナオミはリキッドをかわして、小走りに後を追い始めた。
「お嬢さん、そんなに急ぐと・・・」
危ないよ、と続ける先に、ナオミは石につまづいた。リキッドはとっさに二の腕をつかんで支えてあげる。
「あ、スイマセン」
パッと手を引く。お嬢さんには触れられぬと、本気で思っているらしい。ナオミは気が付かなかったが、リキッドはちょっと赤くなっていた。
「ありがとう・・・」
お礼を言うと、照れ笑いをする。その笑顔が少年のようで、ナオミの中のイメージも少し改善された。今度はゆっくりと、並んで歩き始める。
「そのサンダル、歩きにくかったですかね」
「そんなことはないわ」
赤いひものついた編み上げサンダルはナオミの足にはぴったりで、底は厚いけれども歩きにくいというほどではない。
リキッドはほっとしたように胸に手を当てた。
「良かったァ。ナオミお嬢さんの着るもの、ハーレム隊長の命令で、俺買って来たんですよォ」
「あら、そうなの?」
意外だった。昨日のロングスカートとカットソーの組み合わせといい、このTシャツやミニスカートも、趣味は悪くない。雑誌に載っているようなハヤリの服だった。粗野で争い事ばかりしているような特戦部隊の男が選んだとはとても思えない。
「素敵なセンスだわ。こういう服は、あまり着たことがないんだけど」
いつも部屋の中にいるときは、ロングスカートやワンピースを好んで着ていたナオミだった。
「でも似合いますよ。活発な感じも、俺好きだなあ」
言ってからまた照れている。ナオミは気付かない。
「ありがとう。私も好きになったわ。こういうファッションもいいわね」
最後の一文は余計だとリキッドは思った。
「ところでお嬢さん、さっき言っていた動物の話とか、俺に続きを話してくれませんか」
「え? ええ」
感動はまださめやらない。ナオミは求めのまま喜々として、さっきの体験を話した。
「スゲー、いいなー」
何度もそうやって相づちをうって、リキッドは目を輝かせてナオミの話を聞いてくれた。
「俺も会ってみたいな、そのエグチくんとナカムラくんに」
「まだその辺にいるかも知れないわよ」
「そうですね。おーい」
茂みに向かって呼びかけてみる。返事はなかった。
「この島にいれば、いつか会えるわよ」
リキッドに対する不信感もいつしかなくし、ナオミは微笑みかけた。リキッドも笑い返そうとするが、うまくできない。笑顔を凍り付かせ、下を向いてしまう。
特戦部隊の出動が意味するものは、攻撃目標全破壊。
この島は、近く消し飛ばされてしまう。自分たち特戦部隊の手で。
ナオミの言っていることを心から信じているわけではなかったけれど、この島を破壊してしまえば、このお嬢さんは確実に悲しむこととなるだろう。
だからといって隊長に逆らえるはずもない。リキッドは板挟みに苦しむ心境だった。
「どうしたの、リキッド」
「い、いやァ・・・。ナオミお嬢さん、今度一緒にディズニーランド行きませんかあ? 俺、ディズニー大好きなんスよ」
大胆にも直接デートのお誘いをしてしまい、リキッドは言ってからドキドキしていたが、ナオミはこだわりなく頷いた。
「あら、いいわね。私も大好き。ディズニーランドには行ったことがないけれど」
そんな日が来るのだろうか。自由に出歩ける日が。
何かが変わることは間違いなかった。漠然とした予感は、この島に来てからもっとはっきりとした形を取ってナオミにささやきかけてくる。
運命の輪は回り始めた。良い方に回っているのか、それとも悪い方に向かうのか、まだ分からないだけに怖いけれど、これから何かが起こる。
−その結果が、全ての人の幸福であったらいい。−
ナオミはそう願わずにはいられなかった。
H11.3.13