ガンマ団士官学校の土曜日の授業は午前中で終わる。
チャイムが鳴ると同時にカバンを持ち、ジャンはサービスの机に手をかけた。
「サービス、今日どっか遊びに行こうぜ」
「今日は、だめだよ」
道具をしまいながら、つれない返事。サービスは金の髪をかき上げた。本当にきれいな顔をしているから、ジャンはいつもついドキッとしてしまう。
「うちにお客さんが来るから」
冷静に告げたつもりでも、その声や表情に隠しきれない喜びがにじんでいることに気付かないジャンではなかった。
「ははァ、おねーさまが来るわけね。それじゃ勝ち目ないわ」
フラれた。ジャンは口をとがらすマネをしながら後ろを振り向く。
「じゃあハーレムも遊んでくれないわけだ」
「客が来なくても、お前となんか遊ばねーよ」
乱暴な口調はいつものもので、ジャンとしてもちっとも期待していなかったので、別に腹は立たない。
ハーレムはこれもまた乱暴に立ち上がる。着崩した制服と金の硬そうな髪。外見も性格も、サービスと双子なんて信じられないほど異なっていた。
「じゃーな」
「あ、待てよハーレム」
サービスが慌てて兄の後を追う。肩越しに振り向いて、ジャンに軽く手を振った。
「じゃあねジャン。良い週末を」
「ああ、また来週な」
ため息をついた。退屈になってしまう。
「お、高松」
そうだ、もう一人いた。まだノートを開いている高松の机に近付く。
「お前も暇なんだろ?」
「何でそう決めつけるんですか」
軽くムッとしたような表情を作って、高松は目を上げた。
「だって、ルーザーさんも今日は研究室にいないわけだろ」
あの四兄弟に共通のお客だと知っていたから、ジャンはそう言ったのだが、それは高松を更に不機嫌にさせたようだった。
ぱたん、と音を立ててノートを閉じる。
「あなたと一緒にしないでください。私は私で、やりたい研究があるんですから」
素早く身支度を整えて、立ち上がる。本当に怒らせたらしい。
その原因も、ジャンには何となく分かる。
「ジェラシーかぁ、高松」
今日のお客さんを一番歓迎しているのは、高松が敬愛しているルーザーのはずだった。それでよせばいいのに、そんなふうにからかったのだ。悪い癖だ。
「・・・何言ってんですか。つき合ってられませんねッツ」
果たして高松は、ひったくるようにカバンを持つと、すたすた教室を出て行ってしまった。背中も完璧に憤っている。
「あーあ、高松にまでフラれたか」
自業自得。
ジャンはのんびりと校舎を出た。今日は雲が多いが、陽射しは強い。まともに浴びると汗が出てくる。木陰で昼寝なんか、いいかも知れない。
草の柔らかい、良さそうな寝床を見つけると、ジャンは早速身を横たえようとした。と、そこに知り合いの姿を見つけ、再び起き上がる。
「ミルフィーユさん!」
ガンマ団の制服を身につけ歩いていたミルフィーユは、後輩のジャンが大きく手を振っているのに気付き、笑顔になった。小走りに木陰に走ってくる。
「やあ、ジャン。土曜日の午後なのに、昼寝かい」
「土曜日の午後だから、昼寝するんですよ」
そうか、と白い歯を見せる。彼はジャンたちより一つ上の先輩で、今年の四月に士官学校を卒業していた。その学年ではトップの成績だったミルフィーユは、かなり小柄だが体技はめっぽう強く、赤毛と浅黒い肌が印象的な好青年だった。
「ナナさんのお出迎えですか?」
先輩がこんなところを歩いている理由に思い至る。ミルフィーユは笑顔のまま頷いた。彼はガンマ団員として、特別の任務を与えられている。それは総帥の客人であるナナの護衛だった。
ナナは妙齢の女性であるため、一人でこんな男ばかりのガンマ団内を歩かせるわけにはいかない。心配した総帥のマジックが、彼女専用のボディガードをつけたというわけだ。
「おっと、急がないと。もう時間だ」
「すいません、呼び止めたりして」
「いや、いいんだ。またな、ジャン」
小走りに去って行く後ろ姿を見送って、ジャンは今度こそ心おきなく横になった。
葉っぱの隙間から、夏の太陽がちらちらこぼれ落ちてくる。たまらない心地よさの中で目を閉じた。
遅い。
ナナは腕時計を覗いた。約束の時間はとうに過ぎている。いつもは時間に遅れたことなどないのに、どうしたのだろう。
門の前でうろうろして、結局ナナは中に入ってみた。一人で入るのは固く止められていたが、ちょっとくらいなら構わないだろう。
と、思ったのが甘かった。
「な、何ですか、あなたたちは・・・」
自分を取り囲んでいる、どう見ても友好的ではない男たちを、ナナはおびえた目で見上げた。男たちは、ニヤニヤといやな笑い方をして、包囲の輪を縮めてくる。
「何ですかぁ、だってよ」
「かぁわいいー」
へへへ・・・。ふざけて笑って、腕を伸ばす。手首をつかみ上げた。
「やめて・・・」
「やめろォ」
ナナの声に、別の男のものが重なった。いきなり、手首をつかんでいた体の大きな男が、前のめりに倒れ込む。ハッとして見ると、赤い髪をした小柄な男が地面に着地したところだった。
「ミル!」
歓喜の声をあげる。男たちは対照的に、ひどく不機嫌な顔つきになっていった。
「てめェ、邪魔しようってのか」
「その人には指一本触れるな」
「このチビ!」
「チビって言うなァ!」
カッと目を見開き、ミルフィーユはもう一度ジャンプした。ものすごい全身のバネから生まれるジャンプ力には目を見張るものがある。
気に障る一言を吐いた男に渾身の蹴りを食らわすと、一撃必殺で地面に伏させる。鮮やかな腕だった。
「こいつ・・・もしかして、ミルフィーユか!?」
男たちの顔色が変わる。ちくしょう、覚えてろとお定まりの捨てぜりふを残して、あっと言う間に逃げ去っていってしまった。
「ナナさん、遅くなって申し訳ありません」
きっちりと頭を下げられて、ナナの方が恐縮してしまった。
「いいえ、ごめんなさい、勝手に入ってしまって」
「無法者が多いですからね。怖い思いをしたでしょう」
「でも、ミルが来てくれたから」
ナナの方が年上だということもあるが、親しみをこめて、彼のことは略称で呼んでいた。
コンパクトな身体に不釣り合いなほどの並外れた戦闘能力を持つミルフィーユだったが、普段は明るく爽やかな青年だった。
「お久しぶりですね」
「本当、すっかりご無沙汰していたわ。もう夏ね」
手をかざして、ナナは周りを見回す。ひまわりが風にゆれていた。
「さあ、総帥たちがお待ちです。行きましょう」
「ええ」
ミルフィーユに導かれ、歩き出した。
H11.6.10