カウンタ4000突破記念 光夢さんリクエスト小説  第2話・まだ、まだ、欲しいよ

 芝生にテーブルと椅子を出して、四兄弟はナナを交えたランチを楽しんだ。光の満ちる庭に談笑の声がこだまする。
 ナナは、小学生の頃にマジックたち四兄弟とその母ジュエルに出会って以来、こうして彼らとは親しくつき合っていた。ジュエルは10年以上前に他界したが、亡くなる前までナナを娘のように可愛がっていたし、何より兄弟たちがナナを慕っていたためだ。そして彼女にとっても、この輪の中は心地よく、かけがえのないものとなっていた。
「ナナは最近来てくれなかったね」
 マジックに言われて、ナナは軽く首をすくめる。
「ごめんなさいね。いつも声をかけてもらっていたのに」
 本当のことを言うと、最近は来にくかった。ちらっ、と、その原因になる相手に視線を送る。
 ルーザー。マジックのすぐ下の弟。天使のような笑顔のこの男はしかし、善悪や罪というものを知らない人間だった。
「ちょっと雲行きが怪しくなってきたな」
 中に入ろうか。そう言って、マジックは立ち上がった。昼食はあらかた終えて、食後のお茶が欲しいな、という頃だったが、見上げると確かに空いっぱいの雲が広がりつつある。雨でも降りそうな勢いだ。
「あ、私、そろそろ帰るわ」
「えっ、もう帰るの、ナナ」
 本心から引き留める末っ子の瞳に、ナナは後ろ髪を引かれる思いで、それでも微笑んで支度を始める。
「ごめんね。家の方でも待っているから。ミルを呼んでもらっていいかしら」
「ぼくが送っていくよ」
 と申し出たのは、ルーザーだった。ナナは躊躇するが、うまい断りの言葉は思いつかない。
 結局、次男に送られてガンマ団を後にすることになった。

「ナナ、君の気持ちは、やっぱり変わらないの?」
 来た。ナナは身をこわばらせる。ルーザーは立ち止まり、ナナの腕を優しくつかんだ。
「ぼくと結婚してくれないの・・・」
 青い瞳に射抜かれたように、体が動かない。ゆっくり首を振るので精一杯だった。
 そう、ナナは以前からのルーザーのプロポーズを断り続けていた。それでもいつも一途に求めるルーザーに申し訳ない気持ちがあり、近頃はガンマ団に足が向かなくなっていたのだった。
「どうして・・・」
 哀しみというより落胆で肩を落とす。ルーザーには、ナナがこれほどまでに自分を拒む理由が分からなかった。
 不意に空全体が光り、二人の姿を一瞬浮かび上げる。雷だ。
 音こそしなかったが、雷光はルーザーの中にある何かのスイッチを確かに壊した。そこから顔を出すのは、不可解なほどの凶暴性。瞳にもともと潜んでいた魔性が、全身を染めてゆく。それは魅惑的なほどに危険な、青の・・・。
「ナナ」
 手に力が入る。つかまれた二の腕が痛いくらいで、ナナは眉根を寄せた。いつもはやわらかな物腰のルーザーの、この変貌に本能的な恐怖を抱く。
「ルーザーさん!」
 振り向くと、暗い空の下ミルフィーユが走ってきた。ナナに安堵の表情が広がるのを見て取って、ルーザーは鋭い眼を赤毛のガンマ団員に向ける。
 許さない。邪魔をする者は、例え誰であっても・・・。
 空は轟き、稲光が一筋、ナイフのように雲間を切り裂いた。
 ルーザーの眼にもその光が走ったように錯覚し、ミルフィーユは動けなかった。足がすくむ。こんなことは初めてだ。
「・・ルーザーさん、ナナさんに、そんな乱暴は・・・」
 声を出すことすら青の威圧に阻まれ、言葉を続けることが叶わない。
 目を離せず、ミルフィーユはじっと見ているしかなかった。右手でナナの腕をしっかりとつかみ、悠然と自分を見下ろしているルーザー。その唇に浮かんだ笑みを。一瞬の光に照らされ、それは美しく冴える魔の瞳を。
「邪魔はさせない」
 そんなセリフさえ、優雅なもので。
 魅せられた青がいっぱいに広がり、瞬間、まっすぐに、貫かれる。悲鳴を上げる間もあらばこそ。ミルフィーユの小柄な体がいともたやすく吹き飛んだ。
「ミル!」
 信じられない。いつも研究室に閉じこもってばかりのルーザーが、あんなに強いミルフィーユを倒すなんて。それも、指一本触れることもなく。
 これが、青の一族のみが持つ秘石眼の力なのか。
 ぱらぱら天から落ちてくる雨粒が、ナナの頬を打った。血だらけで倒れ込んだミルフィーユは、ぴくりとも動かない。雨と涙で、視野の全てはかすんで見えた。
「雨が降ってきたね」
 ひどく優しい声だった。たった今、一人の人間を倒したというのに。
「中に入ろう」
 返事は待たず、有無を言わさない力で、腕を引く。
 わずかな抵抗もむなしいばかりで、ナナはそばの建物の中へと連れ込まれた。どこをどう歩いたのか、覚えていない。気が付くと、そう広くはないが調度の整えられた部屋にいた。 小さく震えて、ナナは気を落ち着かせようと試みながら、思い出す。ここは、研究所のはずれにあるルーザーの私室だ。
 外は夏なのにひんやりとした冷たい空気が肌を刺す。折しも雷の大きな音が、部屋全体を揺るがした。
「ひどいわ、ルーザー・・・なぜ、ミルを」
 涙声での抗議も、雷とどしゃ降りの雨音の中でひどく弱々しい。それでも精一杯、ナナはルーザーを見上げた。ブラウンの大きな瞳で。
「・・・・邪魔をしようとしたから・・・」
 少しも言い訳がましくなどなかった。どこか上の空の言葉は、ナナに更なる恐怖を植え付ける。
 いつものルーザーらしくない。
 しかし、自分の思い通りにするためなら、どんな手段も厭わないのもルーザーだとナナは知っていた。
「君が欲しいんだ」
 欲しい物を手に入れるためなら、どんな手段だって・・・。
 後ろ手でドアに鍵をかけ、ルーザーはナナに詰め寄った。
「お願い、やめて、ルーザー」
 いくら泣き叫び懇願したところで、無駄だということもナナには分かっている。それでも、そうせざるを得なかった。
「やめて!」
 逃げるより先に強く抱き寄せられ、叫び声はせき止められる。痛いくらいに抱きすくめられて、ナナはルーザーの胸で嗚咽を洩らした。
「ナナ、どうしてそこまで嫌がるの・・・・こんなに、ぼくが愛しているのに」
 自分に言い聞かせるような調子で、言葉は熱を帯び始めた。
「君が欲しいんだよ・・全部、欲しいんだ」
 うらはらに強引な力で、ベッドの上に押し倒す。
「イヤっ! こんなのイヤよ、ルーザー!」
 ナナは諦めなかった。叫び、手足をばたつかせて、出来うる限りの抵抗を試みる。
「ナナ、おとなしくして。ぼくのものになって・・・」
「やめて・・・お願い、許して・・・」
 手首をひとまとめにしてつかまれ、動きを封じられる。ルーザーの唇が涙ごとナナの声を呑み込んだ。
 長いキスが、体の力も気力すらも、全てを吸い取ってゆく。
 最後までナナに残っていたのは、自らが愛する人の面影だけだった。
(マジック・・・・!)
 誰にも言ったことのない気持ち。決して表には出せぬ想い・・・。
 一番愛する人を心に抱きながら、その弟に今から全てを奪われる。哀しみと恐怖は計り知れなかった。

 激しい雨が、窓ガラスを強く叩きつけていた。
 
 

 

 つづく
 
 
 第3話・君から小さくてもいいから愛してよ

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