湿度の高い部屋の中、息づかいだけが波紋のように広がり消えてゆく。
ルーザーは優しく、それでいてねじふせるような強さでもってナナの体を求めた。
もはや涙も出なくなり、ナナは黙って目を閉じていた。こうして、時間が過ぎ去るのをひたすら待ち続けるしかないと覚悟を決める。
だがルーザーは、それすら許してはくれなかった。
「ナナ、目を開けて。ぼくを見て・・・。今から君を抱く。そして君は、ぼくのものになる」
逆らえない。ほとんど囁くような声なのに、どうしてこんなにも強制力を持っているのか・・・。
涙のなくなった瞳に、ルーザーの秘石眼が映る。心密かに愛する人と同じ光は、ナナの胸をちくちく刺した。
「きれいだよ・・・とても」
うっすら汗ばんだ額に、金の髪が幾すじか張り付いている。それをかきやりながら、ルーザーは笑顔を浮かべた。およそこういった行為とは無縁の汚れなさに、ナナは言いようのない哀しみを覚える。
この人は、罪を知らない。罪は、自覚したときに初めて罪となる。
いっそ罪深く愛してくれたら。その方が、まだ良かったと思えるのだ。
「ナナ・・・」
ルーザーの体は、肌にひやりと冷たかった。
唇から。指先から。
与えられる初めての感覚に、ナナの肉体は反応し、徐々に女の性を呼び覚まされる。体の奥から熱いものが涌き出し、液体となって溢れた。
本能と快楽に抗うすべはない。いつしか溺れ、自己を見失ってしまう。
素肌にまとわりつく不快な湿気と、ルーザーの熱。淫らな音と、自らの声。そしてにおい。
全ては混じり合い、欲望の泉に沈んでゆく。
ルーザーはナナの体のすみずみにまで口づけ、愛撫を加えた。それは時間をかけて、丹念に準備を進めたのだった。
浮き上がる汗が、肌の表面をみずみずしく覆う。乱れたブラウンの髪と瞳、そして押さえきれない切なげな声が男の欲情をあおった。
「そろそろ・・・いい?」
髪に触れ、唇に唇を重ねると、ルーザーは身を起こし、相手の脚を開かせる。入り口に己をあてがうと、ナナはびくっと身を震わせた。
「や・・・」
我に返ったように、怯えた目で見つめる。急に恐怖を思い出したかのようだ。
「力を抜いて」
「いや・・・」
無意味な抵抗を示す両手を、再び押さえつける。そうしてルーザーは、ゆっくりと、しかし強引に進み入った。
「・・・いた・・いっ、あ・・・!」
貫かれる痛みに、眉根を寄せる。歪む表情は、火に油を注ぐ役目にしかならない。
次第にボルテージが上がってゆく。激しい呼吸と動き。雨の音。雷光。汗。呻吟。
「・・・・・!」
いつしか昇りつめ、熱のかたまりを奥へと放出した。
「ぼくを、愛して」
ナナは答えない。構わずルーザーは口づけた。
「今すぐじゃなくてもいい」
「・・・無理よ・・・」
うつろな声だった。
「愛せないわ」
「でも、君はぼくのものだ」
「・・・ひとりにして・・・」
感情を一切失ったような様子に、ほんの少し戸惑い、ルーザーはひとりベッドを抜け出した。そのまま反対側のドアの向こうに消える。ほどなく水音が聞こえ、隣がシャワー室になっているのだと気付く。
「シャワー使っていいから・・・」
とだけ言い残し、ルーザーはその場からいなくなった。
しばらくは動く気力すら起きず、ナナはただ呆然としていた。クリーム色の天井を見上げて、いろいろな思いが去来するままに任せる。
既成事実が出来てしまった今、もうルーザーと結婚するしかない。
こうなることは、前から予測がついていた部分もあった。二人きりの状況を作ってしまった自分にも非があったのかも知れない。
最後まで抵抗しきれず、快楽すら感じてしまったこの体が疎ましかった。
ずっと好きだったのはマジックだが、所詮は叶わぬ想いだ。マジックはもう結婚しているし、この自分の気持ちすら知らない。だったら、ルーザーと一緒になることでマジックの近くにいられるなら、その方がいいのかも。例えルーザーのことを愛せなくとも、大切にはされるだろうから。かわいい二人の義弟もできることだし・・・。
考えにとりとめはなく、ただ頭の中をぐるぐる回っているだけだった。
夢遊病者のような足取りで、ナナはシャワー室に向かう。脱衣かごにきちんと畳まれた白いシャツがあるのを見て、ため息をついた。自分のために、ルーザーが置いていってくれたのか。
熱いシャワーを浴びる。汚れを洗い流すように、何度も体をこすった。消えることなどないのに。
うずきの残る身体に、赤い跡が散らばっていた。
大きめのシャツに袖を通し、ナナは床にぺたんと座り込む。自分のものでありながら、自分でなくなったような体を持て余し、どうしたらいいのか分からなかった。
どのくらいそうしていたのだろう。不意にノックの音がして、その乱暴な響きに驚きを覚えた。
H11.6.16