式が終わり、ナナはルーザーと新居に二人きりとなった。マジックからの結婚祝いの家は、かわいらしい外観で、ルーザーの研究所近くにこぢんまりと建てられている。
浴室を出るとバスローブをまとい、寝室に入る。先にシャワーを済ませていた夫は体はこちらに向けていたが、窓際にもたれ、空を見上げていた。手にはワイングラス。部屋の明かりは落としてあり、窓から差し込むわずかな星明かりが金の髪から首すじ、しっかりとした肩のラインまでをにぶく優しくふちどっていた。
こうして見ると、自分の夫となった男は、本当に天使のごとき清廉な外見を有している。思わずため息をついてしまうような・・・。
「ナナ、ここにおいで」
ワイングラスをサイドテーブルに置いて、ルーザーは微笑んだ。綺麗な笑顔。引き込まれるように、ナナは窓際へと近寄る。
手を伸ばし、ルーザーはナナの腰をからめ取った。軽く引き寄せ、前髪をかきやってやる。妻の大きな瞳は星を映してうるんだように輝いていた。それは小さな宇宙のように。
見つめているうち、たまらなくなって、腕に力を加える。ぎゅっと抱きしめて、濡れた髪を撫でた。
「やっと、君を完全に手に入れた」
小声で。
「愛してる」
一方的なのにも構わず・・・。
この人は、相手の気持ちなどどうであっても良いのだろうか。こんなふうに手に入れて、それで、満足なのだろうか・・。
小さな疑問は、すぐに大きな波にさらわれてしまう。それは、こんなにも密着しているからこそ感じる期待の波だった。
最初に強引に求められてから、結婚式の今日までナナは何度かルーザーと肌を重ねていた。本当は結婚前にそんなふうにするのはいけないことだと分かっていたが、ベッドへと誘われると嫌とは言えなかった。彼に脅威を感じていたのも確かだが、いつしか体に歓びと奉仕とを覚え込まされていたのだから。
もう、ダメになってしまいそう。こうやって抱きしめられているだけで、体の中からとろけてしまいそうになる。罪悪感も一緒にとけてしまうのだ。
力がみるみる抜けてゆく体を支え、口づけを与える。ルーザーは妻のとろんとした視線を満足そうに受けてから、両手でナナを抱き上げた。そのままベッドまで連れてゆく。
きれいにメイキングされたダブルベッドに下ろされ、ナナは最後にひとかけらだけ残った理性で、今日もまた劣情に溺れてしまうであろう弱い自分を恨めしく思った。
息があがってゆく。二人の荒い息づかいが、小さな部屋に響く。
最初こそ無理矢理思いを遂げようとして、乱暴に扱ったが、それ以降のルーザーは本当に優しく体に触れてきた。
指を滑らせ、舌をはわせて、最高の快楽へと導いてくれる。・・・こんなふうに。
「・・あ・・・」
身をよじり、声をあげて応える。目覚めて間もない感覚は、ナナの思考を奪い没頭させるのには十分だった。貪欲な体を開いて、与えられる快感をひとしずくも残さずに受けようと必死になる。
なまめかしく乱れる髪に汗が散った。
「ねえナナ・・・愛してるって、ぼくを愛してるって、言って・・・」
小さな声で、促す。ナナはわずかに首を振った。
「嘘になっちゃうわ・・・」
「嘘でもいい。言ってよ・・・。言わないと、ぼくを、あげないよ・・・」
自分自身、もはや押さえきれないほど高ぶっているくせに。しかしナナにはそんな判断力はなかった。ここまで昇りつめたのに、途中で止められては困る。その思いだけだった。
「・・愛してる・・・」
口から離れた瞬間、嘘に対する罪を忘れる。少しも悪いことなんて思わない。
「もっと、言って」
「愛してるわ・・・ルーザー・・・っ・・あ・」
ぴくん、と身体を震わす。もう限界に近い。
「早く、ちょうだい・・・」
自分から求める言葉も、仕込まれたもので、あまり恥ずかしいという意識はなかった。
薄暗がりの中で、ルーザーは笑ったみたいだった。ちょっといたずらっぽく。
「ナナが上になる?」
ナナは言われたとおり自分から夫を迎え入れた。体を突き抜ける熱さに、背をそらせる。心臓がこめかみの辺りで激しく鼓動していた。
「上手になったね・・・最初は痛がるばかりだったのに」
誰のせい? 恨めしく思う気持ちも、すぐに流されてゆく。ルーザーの意地悪な言葉に反応して、声は更に大きくなった。
お互いに求め合う、どこまでも深く。やがて到達するまで。
カーテン越しのやわらかな光に起こされて、ナナはそっと目を開けた。見慣れない室内に、一瞬戸惑う。そうだ、新居で迎える初めての朝だった。
夫となった人は隣でまだ寝息を立てていた。起こしたくはなくて、ナナは少しだけ半身を起こして見つめる。
レースのカーテンから洩れる朝日が、ルーザーの金の髪と白い肌を眩しく照らしていた。その背に純白の翼がないのが不思議なくらいだ・・・。
昨夜の行為を思い出すと、それは明るい室内には似つかわしくなく、太陽の光に顔を背けたくなるくらい恥ずかしいもののような気がした。それでも、何をしたとしても、ルーザーはやはり汚れのない天使のようだった。
罪を知らないから。
胸がちくりと痛んだ。
枕に再び頭をうずめ、ため息を押し殺す。穏やかで優しいルーザー。心も体も十分なくらいに愛してくれる人。それでも、自分は、愛せない。心の中にいつもマジックがいるという理由だけではない。善悪の区別のないルーザーに、内心怖れを感じていた。
怖いのだ。従うことはできても、愛することなど、できやしない。
ナナは結婚する前に、自分の母親だけにはこの心情を吐露していた。夫になる人を、愛せないのだと。
ナナの母は慎み深く、信心ある女性だった。彼女はただ静かに娘を抱き寄せ、言ったのだった。
『世の中には、望まぬ結婚をする人も、たくさんいます。あなたは大事にされるでしょうから、それを幸せと思わなくては』
母自身がそうだったのだと気付いて、ナナは涙した。父親が亡くなるまで、どんなに苦労したことか。
『それにね、一緒に暮らしていれば、愛着が涌いてくるもの。一時的な愛よりも、愛着の方が長く続くものよ』
愛着・・・。
長いつき合いなのだから、ある程度の愛着といったものはすでにあった。
いずれにしろ、もう変えられないことだ。嘆くより、少しでも前向きに考えた方が良い。自分の境遇を、幸せだと思わなくては。
「・・ん・・・」
そんなことを考えていたら、夫も目覚めた。青い瞳でこちらを見て、微笑む。
「おはよう」
「・・・おはよう」
幸せだって、思おう。
H11.6.21