数日後、ナナはミルフィーユのお見舞いに行くことにした。義弟のサービスと、その友人であるジャンも一緒だ。
彼はガンマ団内の療養所で傷の治療を受けていた。命に別状はなかったものの、全身の大けがは一ヶ月以上の安静を要したのだった。
結婚式の前にも一度見舞ったことがあるのだが、ミルフィーユは対外的には運悪く落雷に遭って全身にケガを負ったということになっていたし、何故か本人もそう信じていた。最初、ナナはミルフィーユが自分に気を使ってそう振る舞っているのかと思ったが、どうも違うらしい。彼は本当に自分が雷に打たれたのだと信じているふうなのだ。
あるいは、ショックと混乱が記憶を曖昧にしてしまったせいかもしれない。
「すみません、ナナ様。サービスもジャンも、わざわざ来てくれて」
今やルーザーの妻となったナナを、「様」づけで呼ぶ。ナナはちょっとくすぐったい気分になった。
「元気そうね、ミル」
持ってきた花を花瓶に生け、窓際に飾る。ミルフィーユはベッドに上半身を起こしていたが、小型のひまわりの花を見て目を細めた。
「ええ。完治するのももうすぐです」
「ミルフィーユさん、体だけは丈夫だもんね」
「悪かったなあ、体だけで」
ジャンをにらむまねをして、すぐに朗らかな笑い声を上げる。血色も良く、本当に元気そうなミルフィーユを見て、ナナはほっと胸をなで下ろした。
夫が殺人者にならなくて、とりあえずは良かった。
「髪が伸びましたね」
サービスに言われて、ミルフィーユは自分の赤毛をつまんでみる。
「うん・・・放っておいているからな。思い切ってサービスみたいにしようかな」
「あら、でもミルには短い方が似合うと思うわ」
小柄で活動的なミルフィーユには、絶対短髪が良い。それに浅黒い肌に赤い短い髪はぴったりだとナナは思う。
「ミル、体が元通りになったら、また私のボディガードを務めてくれる?」
「ええ、喜んで!」
満面の笑顔が、ナナには何よりも嬉しかった。
病室に長居は禁物なので、三人は早々に見舞いを切り上げ、外に出た。太陽はまだ高く、ひどく暑い。ナナは日焼けを嫌ってレースのパラソルを広げた。
横目でナナを見て、ジャンはひそかに息をつく。彼には結婚式のときから気になっていることがあった。ナナのお腹・・。スカイブルーのワンピースに包まれた、今はまだぺたんとしているお腹の中に、青の鼓動を感じ取ったことだ。もちろん、本人は気付いていないはずだ。妊娠している、という事実には。
青の一族の子供。どうにか、始末しなければならない。それがジャンの使命で、彼はそのためにガンマ団に潜り込んでいた。そして赤ん坊を亡き者にする機会をうかがおうとして、今日はサービスを通じお見舞いという名目で誘い出したのだった。
ナナの家に戻る道には、石造りの階段がある。ナナはサービスと話をしながら、その階段を下りはじめた。パラソルの白が、ジャンの目に眩しい。
今、後ろから突き飛ばせば。流産させることができるかもしれない。
白が、ちかちかしている。あまりの暑さにめまいすら覚え、ジャンは息を呑んだ。今だ。手を伸ばして、背中を押すんだ。
と。
「あら、こんなところに花が。きれいね」
ナナは突然横にそれた。目標を失い、両手はむなしく宙をさまよう。おまけに体のバランスを崩して、ジャンはまっさかさまに階段を転げ落ちてしまった。
「うわああーッツ!」
「きゃあっ」
「何やってるんだ、ジャン・・・」
親友の反応は氷よりも冷たく、駆け寄ってくれもしない。ナナはパラソルを投げ捨てて急ぎ階段を駆け下りた。階段の下でひっくり返ったカメみたいな格好をしているジャンを助け起こしてやる。
「大丈夫、ジャン」
「す・・すいまへん・・・」
痛い。
しかしナナの膝に抱かれて、ジャンはちょっぴり幸せな気分になった。同時にすぐ間近にある青の波動に、脅威を感じる。
「ナナ、そいつそれくらいじゃ参らないんだから。甘やかしちゃダメだよ」
パラソルを手に、優雅にサービスが下りてくる。
「サービス、おまえそれでも親友か」
毒づきながらも、ジャンは困り果てていた。こんなに優しいナナを、どうして傷つけることができようか。
「ナナさん、これから楽しみだね。赤ちゃんとか」
ちょっとカマをかけるつもりで言ってみると、ナナは一瞬固まってしまった。ぎこちなく、ええ・・・と返事をする。サービスに何故かにらまれて、ジャンは口を閉ざす。何か悪いことを言ったのだろうか。
その答えは、ナナを家に送り届けた後に、サービスが教えてくれた。
「ナナは子供を産まないよ。これは内緒なんだけど、ぼくたち一族以外の女の人が子供を産むと、赤ちゃんの強さに耐えきれなくて、・・・死んでしまうんだ」
最後の一言だけは、ためらいを持って。まだ戦場に出たことのないサービスには、死というものはまだまだ遠くて、触れてはいけないもののようだった。
しかしその話を聞いて、ジャンは安心した。
青の子供を、自分の手で殺さなくてもいいのだ。
夜になっても、よどんだ大気は熱を帯びていた。
部屋にいられなくて、ジャンは一人で散歩に出てみる。少しの風も吹かない、真夏の夜。
こんな夜には、生まれ故郷のことを思い出さずにはいられない。
南国に浮かぶ常夏の楽園は、今も変わらず美しいのだろう。ここから見るよりももっと圧倒的な星空が、動物たちの眠りを優しく見守り、海は静かに凪いでいることだろう。
薄い光の中で、ジャンは腰を下ろした。
空を見上げる。いくつか星の光る黒い空に、彼女の姿が浮かび上がった。こんなふうに黒い髪と、星のような光を宿した瞳が。
彼女はジャンと同じように赤い秘石に作られた、いわば妹のような存在で、守り人としていつもそばにいた。青い秘石の一族がこれ以上の勢力を持つのを防ぐためにジャンは島を離れたが、彼女は島と秘石を守るために残ったのだった。
(どうしているだろう。帰りたいなァ・・・)
触れたナナの感覚のせいか、今日はやけに恋しく感じる。
別に恋人とかそういう関係ではないけれど、兄妹として長い間仲良く暮らしていたものだ。
気の強いしゃべりと、ワンピースに包まれたしなやかでグラマーな肢体をありありと思い出せた。
(どこでもドアが、あればなァ・・・)
切ない想いが、星空の少女をいつまでも消しはしなかった。
H11.6.23