複数の寝息といびきに囲まれて、ナオミはまだ寝つけなかった。
ここはパプワハウス。初めて自分の部屋以外で夜を過ごすナオミは、みんなとの雑魚寝に参加することにした。寝る場所を決めるときにまた一悶着あったのだが、結局はパプワの隣に陣取り、チャッピーと三人で一緒のふとんをかけて横になったのだった。
窓から見える月が、さっきよりももっと傾いている。
ナオミは静かに寝返りを打った。眠れないのは、別にコージのいびきがうるさいから、というだけではない。千々に乱れる心と、苦しいほどの胸騒ぎを抑えるすべがないからだ。
わずかな月明かりが、パプワの黒髪の輪郭をふちどっている。ぼんやりと、それはどこか幻想的だった。
シンタローやジャンと同じ。そしてあの、夢現の南国美女。つややかな、黒の髪。
(シンタロー・・・)
心の中でつぶやくのは、ただ一つの名前だけだった。うわごとのように何度も繰り返す。シンタロー、シンタロー・・・。
愛する人。一番、大切な人。
決して失いたくない人。
今すぐそばに行きたい。ずっとそばにいたい。この潰れそうな心ごと身体を預けて、全てを晒したい。
身も焦がれるほど思い詰める自分自身に、ナオミはふと我に返った。今までこんな激しい想いを抱いたことがあったろうか。
林の中で自分の気持ちに気付き、初めてシンタローを求めたあの夏の日ですら、こんなではなかった。そうだ、あのときに今のような燃える想いが芽生えていたなら、迷わずシンタローについて行ったのに。そうしたら今頃、もっと違う生活をしていたかも知れないのに。どうしてあんなに臆病だったのだろう。どうして。
少しの後悔に、胸はますます痛くなる。
持て余し、もはや横になってはいられなくて、とうとうナオミは起き上がった。寝ているみんなを起こさないように、細心の注意を払って立ち上がる。パプワのあどけない寝顔に、わずか頬をゆるめた。
抜き足差し足、腕や足が無造作に投げ出された床を渡って戸口に出る。途中で一度誰かの腕を踏んでしまい、心臓が止まるくらいびっくりしたが、『痛えべ、トットリ』という寝言混じりの声とバシッと隣の人を叩いている音が聞こえただけで、すぐに静かになったので胸をなで下ろした。
外に出てゆっくりゆっくり扉を閉める。無事脱出できたことに心から安心して一歩踏み出すと、そのあまりの静けさに圧倒され、その次にナオミは嬉しくなった。
虫の声すら、静寂を強調する役目にしかならない。月明かりに浮かぶこの島の、美しいこと。そしてなんという懐かしさ。
深くは考えない。心に浮かぶことをありのまま受け止めて、サンダルで大地を踏み締めた。
熱を帯びた想いだけはしかし島の夜風でも冷やされることなく、胸の中で渦巻いている。それすら優しく見守るようにナオミは自分の胸に手を当てた。そして深呼吸をしてみる。
ここでなら、大丈夫。このパプワ島でなら、どんな想いも出来事も、あるがままに抱きとめてあげられる。
月にその光を打ち消されている星たちを数えながら、ステップを踏むように歩き出した。足の下でしっとりとした草が夜の香気を放ち、立ちのぼらせる。
眠ったときに見る夢よりも、もっと夢のような夜だった。
眠っている空気を泳ぐようにかき分けて、ナオミはシンタローのもとへたどり着いた。ほとんど無意識のうち、昼に行ったホコラの中に再び戻って来たのだった。
赤いさなぎの表面は、昼と同じようにマーブルの赤が流れている。それ自体が光を発しているので、ホコラの中は赤の光で満たされていた。ナオミの白い頬も金の髪も、不思議な赤に染まる。
「シンタロー」
小さな呼びかけも、反響を伴って大きく届いた。
強いエネルギー体であるこの球体に、直接触れることはできない。ナオミはただ見上げて、もう一度名を呼んでみた。
この中に、シンタローはいるのに。姿を見ることも、声を聞くことも、何もできない。触れることも、何も。
それでもそばにいたかった。存在を感じる術はなくても、ただそこにいると信じるだけで、ナオミは嬉しくなれたから。
燃える気持ちと同じ色の光に照らされて、そっとその場に腰を下ろす。心の中では、また何度も名前を呼んでいた。
(シンタロー・・・シンタロー、早く、帰ってきて)
そして黒い瞳で見つめて。たくましい腕で抱きしめて。優しい声で、囁いて・・・。
激しい想いに呼応するように、空気が震えた。
そしてジャンとシンタローのさなぎが、割れた。
H11.8.15