DEPARTURES 4
 朝の光が、全てのものを明るく照らす。ナオミはふと隣を見て、シンタローが裸なのに改めて気付き、今さらながら頬を赤らめた。
「やだ、シンタロー・・・」
 パンツくらい、はかなきゃ。そう続けようとしたが、その前に硬い声が割って入った。
「ずいぶんと待たせてくれたな!」
 シンタローにかばわれながら、ナオミも振り向いた。
「シンタローさん!」
 もう一人のシンタローが金の髪をなびかせ、そこに立っていたのだった。ハーレムや特戦部隊の姿もある。
 ケンカっ早いリキッドが早速闘気もむきだしに、体中から青白い光をスパークさせた。
「俺の電磁波で始末するぜッ!」
 人間の体からあんな目に見えるような電磁波が出るなんて。ナオミには驚きだった。
「手を出すな!」
 電磁波が立ち消える。金髪のシンタローの鋭い声に、リキッドも動きを止めざるを得なかった。
「そいつには指一本触れるな。触れた奴は殺す!」
 一歩、一歩。シンタローが、シンタローに近付く。
「その男は俺の獲物だ!」
 激しい炎がその青い瞳に宿る。しかしそれは憎悪というより、もっと原始的な、本能的な激しさだった。まさしく、獲物を求める野生の動物のような。
 闘いは嫌だ。血を見るなんて、とんでもないこと。
 しかしナオミは、二人を止める術を知らない。怖いわけでも、諦めているからでもなかった。
 二人のシンタローが闘うのを、静観しようとしている自分がいる。ナオミはそんな自分自身にも野生の血を感じた。外の世界も知らずに育ったはずなのに、確かにこの体には、たぎるように熱い血が流れている。
「覚悟しろ、ニセ者!」
「どっからでも来やがれ」
 雄叫びが目覚めたばかりの大気を裂き、それを合図のように二人が闘いを始めた。朝もやのかかる海辺に、叫び声と技を繰り出しぶつかり合う音がいくつも響き渡る。
 ナオミのそばには、いつの間にかリキッドがいた。余波から守ってくれているらしい。
「お嬢さん、ここから離れた方がいいですよ。危ないから」
 囁きに、首を振って応える。
「私は、シンタローのそばにいるの」
 やっと会えたのだから。もう離れたりしたくない。
 そばにいる。これからは、ずっと。

 ナオミやハーレム、それに特戦部隊が見守る中、技の応酬は続いた。どちらも一歩も譲らず、にらみ合う瞳の闘志はわずかたりとも衰えはしない。血と埃にまみれている二人の体にナオミは目をそむけたかったが、自分の中の血がそれを許さず、ただ視線を固定して見つめていた。
「もらったゼ!」
 ふとしたはずみで体勢が入れ替わり、金髪のシンタローが黒髪のシンタローをねじふせる。
「くッ・・・」
 とどめとばかりに振り上げられた拳をすんでで避け、シンタローは立ち上がった。気力はあるのだが、今はもうこのへんで止めた方が良いかも知れない。相手も同じように相当の傷を負っているし、このまま続けるより出直した方が賢明に思えた。
「またにしようぜ!」
「待てッ! 逃げる気か、キサマ!!」
 背を向け走り出すシンタローの黒い髪が跳ねる。金髪のシンタローは逃がすまいとしたが、血だらけの体が痛んで思うように動けなかった。
「シンタロー!」
 一瞬その痛ましい姿に逡巡したが、結局ナオミは黒髪のシンタローの後を追って走り出した。
「お嬢さん!」
 反射的にリキッドも駆けようとしたが、ハーレムに腕をつかまれ止められる。
「好きにさせてやれ、リキッド」
「隊長、しかし・・・」
 この原始的な島で、お嬢さんに何かあったらどうするのだろう。
 振り向いたリキッドだったが、ハーレムがどこか遠くを見るような目つきで姪の後ろ姿を見送っているので、言葉をなくしてしまう。
「生まれて初めて、あの娘は自分の意志で動いているんだ。好きにさせてやれ」
「隊長・・・」
 冷徹な特戦部隊隊長が、こんな目をするなんて。でも、あのお嬢さんのことでだったら、当然なのかも。リキッドは一人で納得してしまった。
 しかしハーレムは次の瞬間には元の強さを取り戻した瞳で金の髪のシンタローを見下ろしていた。
「し損じたなシンタロー!」
「しかし奴も相当の深手を負ったはず」
 マーカーの言葉にも、ハーレムの視線がやわらぐことはなかった。
「甘くみるな。手負いの獣は手強いぞ」
 同じく血まみれ傷だらけのシンタローの背中を見やる。こいつも、手強い獣だ。
「シンタロー、さっきはおまえの顔を立てて権利を譲ってやったが、奴の正体がジャンだったとすると、私にも奴を殺さねばならぬ理由がある!」
 そうだ、忘れられない。あの痛みと苦しみ。自分自身が受けるよりも辛い傷。それを弟に与えたジャンには、決して消せない憎しみの炎を抱き続けていたのだから。
 殺してやる。ジャンを殺してやる!
「ふ・・・ふふふ」
 背を向けたシンタローの肩が震えた。金の髪もわずかにゆれている。最初は小さく、やがて波が広がるように大きな声で、シンタローは笑った。生まれて初めて知った愉悦に身を任せ、最後には狂ったように大声を上げて笑い続けていた。 
「愉快だ! そう・・・これが愉快という気持ちなのか!? 嬉しいぞニセ者。おまえを殺すことができるなんて!」
 おまえを殺した時、初めて俺は俺になれる!
 シンタローは猛々しく吠え、また低く笑った。青い瞳が妖しく光る。
 獲物がそこにいれば狩らずにはいられない獣のように、金髪のシンタローはもう一人のシンタローを仕留めたくてたまらなくなっていた。
 自分が自分になる。ただそのために。本能が求めるままに。

「シンタロー!」
 ナオミは走った。厚底のサンダルを脱ぎ捨て、森の中を駆けた。走りながら、自分が自然の中に溶け込んで行きそうなのを感じる。
 人間も、この世界の一部なんだ・・・。そう肌から感じ、ナオミは嬉しい気持ちになっていた。
 きっとシンタローのところへも追いつける。同じ森の中で、同じ空気を吸っている今だったら、きっと。

 
 
 
 
 

つづく
 
   
 第4話・夢幻の風

         「WILD RUSH」トップへ   南国少年パプワくんのページへ戻る      ホームへ戻る


H11.8.26