DEPARTURES 4
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濃い緑の中を、ひた走る。頬にたくさんの風を感じながら、ただシンタローを求めて。
『ちくしょオォオ!!!』
一瞬獣が吠えているのかと思ったが、それは風に乗って響き来るシンタローの叫び声だった。ナオミは声がした方に身を返す。
「負けるはずがねえッツ! 俺はガンマ団最強の男だ!」
茂みの向こうに、とうとうシンタローを見つけた。裸のままで短い草の上に座っている。
「シン・・・」
ナオミは茂みを乗り越えて出ていこうとしたが、途中で動作を止めてしまった。シンタローの頬に涙の光るのを見たからだ。悔しいのか、辛いのか。初めて見る彼の涙にナオミは戸惑い、そっと身を隠して陰から見守る格好になった。
「ジャンか・・・」
静かに、シンタローはつぶやいた。独り言ではない。自分の中のジャンと会話をしているのに違いなかった。
「うるせぇな! 勝手なことばかりぬかすんじゃねえ!!」
何を言われたのか、急にまた叫び出す。ナオミは身を引いた。
「俺の24年間は俺のモンだ! ベラベラ知りたくもないことばかりしゃべりやがってよォ。使命ばかり押しつけんじゃねーぜッツ!」
また涙がにじむ。あの強いシンタローが、こんなに泣いてわめいている。その事実だけで心が痛くなり、ナオミも泣きたい気分になった。
「青の一族だろォが赤だろォが俺の知ったこっちゃねぇ!」
「シンタロー・・・」
身を乗り出したナオミの肩に、誰かの手がそっと置かれた。驚いて声も出せず振り向くと、いつの間に来たのだろう、夕べ一緒に雑魚寝したガンマ団員たちが勢揃いしていた。
トットリがシンタローの方を目で示す。ナオミも視線を戻すと、シンタローの目の前にはパプワとチャッピーが来ていたのだった。
「わうー!」
かわいい声を上げて駆けてきたチャッピーを抱いて、シンタローはパプワを見た。
「よぉ・・・久しぶりだな」
黙っているパプワに、我慢するような笑顔と共に軽い笑い声を上げてみせる。
「あきれてんのか? みっともねぇとこ見られちまったナ」
“みっともねぇ”と口に出したことで再認識したのか、声の調子が微妙に変わる。
「みっともねぇよナ。大のオトナが泣いたりわめいたり。・・・・みっともねぇよ」
それでも止める術はなく、シンタローの頬を涙が伝った。
「・・・俺はガキの頃、早く大きくなりたかった。信じてたんだよ。大人になったら強くなれるって。親父にも誰にも負けねぇって!」
ナオミだって、知っていた。強くていつも明るいシンタローだけれど、父のマジックに対していつも引け目を感じていたこと。その存在を追い抜きたいと、そのために必死で頑張ってきたこと。
「俺は知らなかったんだ。歳をくうほど人は弱くなるなんて! 泣きてぇことばかりだなんて知らなかったんだッツ!!!」
後から後からこぼれる涙は、太陽の下できらりと光る。にじむ色彩に、ナオミは自分も泣いているのに気付いた。それでも目をそらさずに前を見る。チャッピーも涙をためていた。
ナオミは22才になった今でも、そんなことは知らなかった。そんなに泣きたいことばかりだなんて、知らなかった。もうシンタローはマジックにもひけを取らない実力と自信を身につけて、泣くなんてことなんてないんだろうと思っていたから。そして自分自身は、伯父たちに守られて、不自由なく暮らしており、本やテレビで感動したとき以外は泣く事なんてなかったから。
思えば最近はよく泣いている。泣かないって決めたのに、やっぱり泣いている。少しのことにも耐えられない自分は、弱い存在だった。
「シンタロー、泣くのって悪いことか?」
パプワがようやく口を開いた。相も変わらず無表情だけれど、まっすぐに友達を見上げている。
「ぼくは、じいちゃが死んだ時泣けなかった。エンドウくんの時もくり子が帰った時も泣かなかった」
この島であったさまざまなことは、ナオミは知らない。パプワが羨ましかった。
「だけど、おまえが島を出て行く時、ぼくは泣いてたんだと思う!」
「・・・」
潔い言葉が、ナオミの胸にも刺さる。
「ぼくは強くなったぞ、シンタロー」
泣くのは悪いこと? 弱い証拠? ・・・分からない。
それでも、胸に広がったうずきは甘くナオミを包み込んだ。新たな涙がわき出てくる。きっとシンタローも同じ気持ちに違いない。
「パ・・・パプワ」
シンタローはパプワの名を呼び、更に何か言おうとしたが、ストレートに飛んできたおたまが顔面にヒットし、のけぞって鼻血を吹いてしまった。
「あっ、シンタロー!」
いくら子供でもシンタローにこの仕打ちは許せず、ナオミは飛び出そうとしたが、ガンマ団員に抑えられてしまった。
「我慢するべ、お嬢さん」
鬼気迫るものを感じて、力一杯止める。ナオミはようやく落ち着いて、元のように見守る体勢になった。
「いっぱいしゃべったから腹が減った。メシ作れ!」
「またこのパターンですかいッツ!!」
また、って・・・。一体この島で、この子たちと、どんな暮らしをしていたのだろう。
「それからおまえ、パンツはいた方がいいぞ」
「へーい、へいへい」
「返事は一回でいい!」
カプ。チャッピーがシンタローに頭からかみついた。流血が顔面を覆う。
「ごめんなすわーい! ご主人様ッ!!!」
ああ・・・。本当に、どんな暮らしをしていたというのだろう・・・。
「−ったく可愛げのないガキだぜ!」
流血もそのままにブツブツつぶやくシンタローに、またパプワの声がかかる。
「あ! そうだおまえ」
今度は何だろう。ナオミの握った拳にも思わず力が入ったりする。
だけどパプワが言ったことは、こうだった。
「言い忘れてることがあるぞ」
そしてシンタローは、少し照れるような微笑みを浮かべて、応えるのだ。
「ただいま」
二人の間に流れる空気はふんわりと優しく、ナオミの体からもすうっと力が抜けていく。シンタローとパプワの友情に触れることでナオミの心も和んだ。何てすてきなんだろう、この関係は。
「なんつーか、出そびれたっつー感じだべ」
「そげだらぁね」
「ええじゃろォあの連中はあれで! のぉ、アラシヤマ」
コージはアラシヤマにも同意を求めたが、アラシヤマは縫い物に余念がなく聞こえていないようだった。
「ふふふ・・・シンタローはんのパンツはわてが縫います」
チクチク、器用な手つきで針を運んでいる。
「わ、私だって・・・」
ナオミも負けてはいられなく、針と糸を持った。糸を通すのにも手間取るお嬢さんに、他の三人は失笑を洩らす。
「何も本気で張り合うことはないっちゃ」
「何でアラシヤマをライバル視できるんじゃろぉのォ」
「一途なんだべ」
ようやく針を持って布に突き刺す。しかし、勢い余って指まで刺してしまい、ナオミは悲鳴を上げた。ぐすん。涙がまたこぼれる。
「ナオミ様」
「大丈夫だべか」
「・・・大丈夫」
手で涙をぬぐうと、きっ、と表情を引き締めて、またパンツ作りに取りかかった。
「シンタローはん、わてが作ったパンツ、はいてくれなはれ」
「シンタロー、私が作ったパンツの方をはいて」
二人から同時にパンツを差し出され、シンタローはあっけに取られた。一体いつの間に。
アラシヤマとナオミはお互いの顔を見合わせ、バチリと火花を散らすと再びシンタローに向き直る。
「シンタローはん、さあ」
「シンタロー、どっちを選ぶの!?」
負けられない。
詰め寄られて、シンタローは後ずさる。なんかものすごくコワイ。気持ちとしてはもちろんナオミの方を選びたい。しかし掲げられているパンツはというと、アラシヤマのはいかにもきれいに縫われているが、ナオミのパンツはボロッとしていて、どうもパンツとしての機能を果たしそうにないシロモノだった。
「シンタローはん!」
「シンタロー!」
それでも、やっぱり大切なのは気持ちか。
シンタローは黙って手を伸ばした。ナオミのパンツを優しく受け取ると、彼女の笑顔が花開く。
「ありがとう、シンタロー」
「シ、シンタローはん・・・」
完璧なパンツを手にしたまま泣き崩れるアラシヤマは放っておいて、早速ナオミのボロボロパンツに足を通す。そう、大切なのは気持ち、気持ち。自分自身に言い聞かせた。
「さあて、メシでも作るか」
と歩き出したとたんに、縫い目がほつれ、パンツはバラバラになってしまった。シンタローが押さえるのも間に合わず、風にさらわれてただの布きれとなって飛んでいく。
「あっ・・・」
それ以上は声にならず、ナオミは思わずその場にへたりこんでしまった。不器用な自分の指先をこれほど呪ったことはない。
アラシヤマが喜々として自作のパンツを持っていくのも、それをシンタローがしぶしぶながらだが受け取り、はくのも、ナオミには悲しくも腹立たしい光景だった。
「ナオミ」
サイズもピッタリのパンツを身につけて、シンタローがナオミの肩に手を置く。ナオミは恥ずかしくて顔を上げられなかった。
「ごめんなさい、シンタロー・・・。私・・・」
「いいって。オレのためにしてくれたんだから。その気持ちが嬉しいよ」
「シンタロー・・・」
優しいシンタローの声。ようやく顔を見ると、シンタローの笑顔につられてナオミも同じ表情になった。
「今度までに練習して、上手にパンツを作れるようになるわ」
「イヤ、そういう機会って、そうそうないと思うんだけどね・・・」
「あ、そうね!」
はじけたようにナオミは笑う。みんなも笑い声を立てる。森の中に、こだました。
針を指に刺しても、平気だ。上手にパンツが作れなくたって、次こそはと思える。少しは自分も強くなったかなと感じ、ナオミは嬉しくなった。自分がこんなに成長していたなんて、自身でも知らなかったことだから。
風に吹かれて、目を閉じた。いつも部屋の中で焦がれていた夢幻の風は、今確かなものとなってナオミの頬を撫でている。
どんな現実も、この手で胸で受け止めて。泣いたり笑ったり、怒ったりして。
大人になりたい。もっともっと、強くなりたい。
おわり
あとがき
引っ越しやら何やらありまして、しばらく小説を書けなくて、最初ちょっとスランプ気味でした。でも書いているうちに調子づいちゃった。
DEPARTURESの4です。
私はパプワくんは愛蔵版で持っているので、今回のおはなしはキリよく、3巻のラストまでを描きました。しかしあと一冊分のストーリーがあるのよね。この先、長そうです。ちゃんと最後まで書ければいいのだが。
今回のテーマは野生と大人になること、かな。ナオミ、なんかワイルドです。小さなお部屋に閉じ込められていたおしとやかなお嬢様はどこに行っちゃったの?
たぎるような血って、でも感じることありません? ふつふつと。いつもじゃないけど。やっぱりそういう野生って心のどこかに潜んでいるものだと思う。
大人って難しいね。私も数年前から大人の年齢なんだけど、自分では大人らしくないと思うことの方が多いよ。もっと成長できるんだよ。
歳を取ると、泣きたくなるようなことが増えるというのは本当だと思う。子供の頃って、大人になれば何でも出来るって思っていたのに、全然そんなことないし。
シンタローの気持ちが分かるような気がするよ。パプワくんが雑誌で連載されていたころは、読んでもそこまで深くは考えられなかったけど。その分私も成長したかな。シンタローと年齢も近いしなあ。
あと、パンツのこと書きたかった。アラシヤマと張り合わせたら面白いかなって。これは結構前から考えていたネタ。
しかしホント、まともにライバル視することないのにね。そこがナオミのかわいいところというか、何というか。
タイトルは今回もT.M.Revolutionの歌から。小タイトルも歌詞からもらいました。
パプワ島は手つかずの島だし、森もあるし、ぴったりかなと。でもあんまりジャングルってイメージじゃないか、あの南国の楽園は。
この曲が入っているアルバムの、後ろの方の悪い西川くんが、ちょっとエッチっぽそうな表情してて好き(笑)。
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