DEPARTURES 3   
 空気がひやりと肌に冷たいホコラの中、足音がいくつも反響する。それは焦りと緊張の混じった、せわしない響きだった。
 ナオミはみんなに遅れたが、突き当たりで立ち止まったジャンたちのところにようやく追いついた。これも冷たい岩壁に手をつき、はあ、はあと息をする。あまり運動などしたことがないので、息があがってしまったのだ。
 ジャンの爆発糸とドクター高松の細工のおかげで、ガンマ団特戦部隊を少しは足止めできるはずだった。
 ここにある秘密とは・・・。ナオミは目を上げる。その視線は、赤い光へと自然に惹きつけられた。赤い・・・あれは、赤い秘石。
 鍾乳石のようなものが、まるで台座のように形作られており、その上で眠りから覚めたように赤い秘石はわずかな光を発していた。心の落ち着きを得るのと同時に胸の高鳴りを覚え、ナオミはゆっくりと前に進み出る。先程、崖から飛び降りたときのように、自らの意志の介在しない歩みだった。
 ジャンとシンタローの立っているところで、ナオミも立ち止まる。いいようのない想いで、胸はいっぱいに満たされていた。波のようにとめどなく流れ込む感情に身を任せると、涙が出そうになる。
 この島に初めて降り立ったときに感じたさまざまなものは、ここに、この赤い石に凝縮されていた。
 懐かしい。
 何故かは知らないけれど、ただ、切ないくらいに、懐かしい。
「ナオミ・・・」
 視線に気付いて見上げると、ジャンが、ナオミをじっと見ていた。もの言いたげなその瞳に、首をかしげてみせる。
 シンタローにそっくりの、ジャン。この人は、何かを知っているのだろうか。
「あの・・・」
 問いかけようとしたそのとき、石の光が少し強くなった。そうして、優しい声が響きわたったのだった。
『お帰りなさい、シンタロー。そして、ナオミ。待ってましたよ』
「しゃべったーッ! 石もしゃべるのかッツ!! この島は!」
 シンタローは過剰に反応したが、ナオミはあまり驚かなかった。石が自分の名を知っているということすらも、動揺するには値しない。何故か全てを自然のこととして受け取ることができた。
「落ち着けシンタロー、俺達の生みの親だぞ」
 落ち着け、と言いながらも余計に混乱させるようなことをジャンは平気で口にする。
「ケッ・・・バーカ馬鹿しい。この島に来て最大のギャグだぜ」
『信じられないのですね』
 シンタローや他のみんなのリアクションを見て、それでも根気強く、赤い秘石は説明を試みた。
『しかし、あなたもジャンも私が造った番人なのです』
 気付いたのはナオミだけだったか。シンタローの肩が、微かに震えていた。  
『青の一族から赤の一族を守るために、あなた方は造られました』
「ふざけるな! 俺はマジックの息子だッツ!!!」
 強く拳を握り、シンタローは叫んだ。ナオミも、眉宇を寄せる。痛いくらいに気持ちは分かるのだ。
 赤の一族だったなんて。今までの人生を否定するかのような、それは冷酷な事実だった。
 そして、先程、赤い秘石はナオミの名前までも口にした。
「それでは・・私も・・・?」
 秘石に問いかける。返事はない。ナオミはジャンに向かい、再び聞いた。
「私も、赤の一族なの!?」
「・・お前は・・・」
 シンタローそっくりの顔に複雑な表情を浮かべて、ジャンは言いよどんでいる。確かに、ジャンはナオミのことを知っているのだ。
「今はそのことまでは説明していられない。あいつらが来る」
 あいつらとは、ハーレム以下特戦部隊のことだ。ジャンはナオミを避けて、前に出た。
「シンタロー」
 シンタローは振り向かない。
「もう、どのくらい前になるのだろう。最初に俺が赤い秘石の番人として生み出された・・・」
 気が遠くなるくらい長い年月を、ジャンは赤い秘石を守るためにパプワ島で過ごしていた。しかし、勢いを増してきた青の一族を押さえるために、島を離れガンマ団に入り込んだのだという。
「もっとも正体を見破られて、殺られちまったがな・・・」
『破損したジャンの肉体を修復するのには、時間がかかりました』
 後を引き継ぐように、赤い秘石が口をはさんだ。
『私は急いでジャンの精神だけをコピーし、最も安全な場所に送り込みました』
「それがマジックの息子の身体か・・・!」
 初めて体の向きを変え、シンタローは赤い秘石をにらみつけた。
「俺は親父を倒すために造られたというのか!」
(シンタロー・・・)
 何ということなのだろう。ナオミは下を向き、両手を重ねて握りしめた。
 あんなにシンタローを愛していたマジックなのに。反抗しながらも、シンタローだってマジックのことを好きだったはずなのに。
 その二人が、敵同士だったなんて!
 あまりに酷な運命に、ナオミは自分のことも忘れて涙した。組んだ手に、熱いものがこぼれ落ちる。
「シンタロー、俺達二人がそっくりなのは、当然なんだ。同じモノからできているのだから」
 ジャンはシンタローの正面で、両手を広げて立った。
「おまえは俺だ! さぁ来い! 俺の身体に!!」
「・・・シンタロー」
 やめて欲しい。誰も闘わないで欲しい。
 ナオミの小さな涙声は、誰にも届かなかったのか、シンタローは迷わずジャンの身体に向かった。赤い、不思議な光が発せられ、二人の体はその光に融合してゆく。どんどん強さを増して行く輝きに、目を開けてはいられなくなる。
 目を閉じて顔をそらすと、まぶたの裏は赤一色の世界だった。
 ナオミは、自分も赤の光にのみこまれそうな錯覚の中で、ただひとつの願いを繰り返しつぶやいていた。
 −もう、誰も、闘わないで−
 
 

 

つづく
 
 
 
 
 第3話・ふたりのさなぎ

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