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君に何の臆面もなく触れることが出来るのならば、 たとえ触れた瞬間溶けてしまうとしても、雪になりたい。 ひらり。 「あ。」 「朝から゛寒いと思っでたら、雪が降る゛とはなあ」 ひらりひらりと控えめに雪が降る。 決して多くはないその雪は、しかしその少なさゆえに 儚く美しい印象を与えた。 「きれい・・・かも・・・」 白い息を吐きながらふわりと呟く檜を見やる。 白い肌に、寒さで赤く染まる頬と潤んだ赤い瞳。 ゆるやかなウェーブがかかった薄青の髪。 雪の舞う空を見上げるその姿に思わず見惚れる。 しかし、“君の方がきれいだよ”、なんて陳腐な台詞は、 白春にはとても言えそうになかった。 こんな時、あの生意気な後輩であったら、 さらりと言ってのけるのだろうか。 或いは、寒そうな肩を抱き寄せたりなぞするのかも知れない。 (っつ゛うか、俺にはそんなの゛似合わねえしな゛あ・・・) 柄ではない、とも思うし、そのように簡単に触れることもできないとも思う。 恋人同士ではあるが、白春はなかなか檜に触れることができないでいた。 それが照れに依るものなのか、自分の臆病さに依るものなのか、 或いは他の理由に依るものなのかは分からない。 それでも、瞳は愛しい恋人から離すことができなかった。 白春が見ていることにも気づかず、空を見上げ続ける檜を見つめる。 寒さゆえに、頬が先ほどより赤みを増している。 長い睫毛も、わずかに揺れていた。 コートや髪にも、雪があちらこちらについている。 これ以上ここにいては、風邪をひくかもしれない。 元来寒がりである自分のことよりも、恋人の方が心配だった。 声をかけようと、すっかり冷えた唇を開く。 と。 ひらり。 (あ。) 雪のひとひらが、檜の睫毛にふわりと乗った。 すぐには溶けなかったが、それでも結晶は崩れ、 次第に水へと変わっていった。 それを見て、無性に切ないような、羨ましいような気持ちに襲われる。 (雪は・・・いい゛なあ) 愛しすぎて触れることのできない恋人に、雪はいとも簡単に降り注ぐ。 肩、髪、頬、唇・・・ 自分は触れたくても、触れられない。 触れる資格はあると言うのに。 自分のあまりの臆病っぷりが情けない。 (雪にな゛れれば・・・いいのに) 想いを遂げれば、一瞬で消えてしまう存在だとしても。 誰に咎められることもなく、この愛しい恋人に触れられるのなら 雪になりたいと、そう思った。 それでも、自分は決して雪にはなれない。 そんなことはわかっている。 躊躇わず恋人に触れることができるようになればいい、と 隣にいる檜と同じように空を見上げて 降りしきる雪に祈りを込めた。 |