(……許さない)
 教室に、一人の男がいた。
(……許さない)
 日が沈み、闇が支配するその空間は、彼の怨念によって満たされていた。
(……許さない)
 彼は倒れていた体を起こし、のそりと立ち上がる。
(……許さない)
 体を引きずるように歩き、教室を後にした。

  妖精奇譚1 〜夏の魔物〜
              Hiro.A

 桜ヶ丘学園は、丘の上に大きな桜があることで有名な高校だった。歴史と伝統を誇り、その近辺では最も充実した設備を備えた、人気のある高校だ。しかし地元では、『化け物』が出る学校として、より有名だった。
 そして、そんな学校には、その『化け物』達と戦う集団がある。
 それが『超常現象研究部』と呼ばれる、生徒たちの集団だった。

(まったく〜、今日は一体なんだってのよ〜)
 真夏の暑い日射しの中、一人の少女が学校へと向かい走っている。
 彼女の名は楠木春佳、超常現象研究部の1年生である。
 腰まで届きそうなほどに伸ばした髪は、動きやすくするために後ろで簡単にまとめられている。
 少し太めの眉毛と意志の強そうな目、そして何かの運動で鍛えたように、しっかりとした体つきをしている。いかにも健康的な少女だ。
 あまり物事を深く考えない性格のためか、今日のように見るからに不機嫌な顔をしているというのは珍しい。
 それというのも、今日は夏休みであり、部活も休みである。今日は本当なら、友達と遊びに行く計画を立てていたのだ。
 それが、昨日の夜突然かかってきた電話によって、台無しにされた。しかも、急を要するという事以外は何も知らされていなかったのだ。
 もっとも、超常研で急を要する要件など一つしかないのだが。
 すなわち、『化け物』退治である。
  「部長!今日は一体なんですか!」
 ようやく部室までたどり着いた春佳は、扉を開けるなりそう言い放った。
 そこには予想通り、部長の清水と異変調査役の大谷が姿を見せていた。
「やあ、楠木君。良く来てくれたね。とりあえず話を聞いてくれ」
 春佳の剣幕に動じることなく、清水は愛想の良さそうな笑顔で応じる。そして目で大谷に合図を送る。大谷は一つ頷くと、一歩前に踏み出して説明をはじめた。
「昨日の昼、部活の練習中に男子生徒が襲われる事件が起きました。その生徒は、大した怪我は負っていませんが、何日も前から誰かにつけられているような気がしていた、と言っています。そして昨日の襲撃で、すっかり怯えていました」
 手にした報告書を眺めながら、淡々と喋り続ける。
(自分で書いてるくせに、何でいちいち見るのかしら?)
 いちいちポーズをつけたがる大谷の様子に内心呆れながらも、黙って聞いていた。春佳は、この感情を表に出さない大谷が苦手だった。
「昨日の事件では目撃者の証言もとれています。おそらく敵の正体は……ボギー・ビーストです」
「ボギー・ビースト?」
「ええ。大した相手ではありませんが、悪戯好きで何より執念深い妖精の一種です」  確かに戦いに馴れた者ならば、大した相手ではないだろう。しかし、新人の春佳にとっては、十分荷が重い相手になるだろう。
 しかし、これからの戦いの事を考えると、ゾクゾクするような快感が走り抜ける。 (これじゃあただの危ない奴よね……)
 そうは思うものの、それこそがこの部にいる理由なのだ。
 自分から辞退する気は更々ない。
「一応僕らもバックアップはさせてもらうけど、基本的には君一人でやってもらう。一人で実戦に出るのははじめてだったね。頑張って下さい」
 清水はそう言うと、細かい作戦指示を下していった。

 その日の夕刻、例の事件の発端となったという教室に来ていた。
 事件の原因は、この教室で暴行を受けた人物の恨みであるという。
 この学校は、地理的条件などを総合してみると、妖精の国との繋がりが出来やすいらしい。しかも、あまり質の良くない者ばかりが出てきてしまうらしい。
 人の悪意に反応して開くためだろう。
「今回の事件は、人間の段階ではすでに決着が付いております。残すはボギー・ビーストのみです。頑張って下さい」
 大谷はそう言うと、春佳に『武器』を渡した。春佳の得意な『武器』は、木製のやや短めの刀と小太刀の二刀流であった。
「ここで待ってれば良いのね?」
 二本の木刀を軽く振って感触を確かめると、軽く構えてみせる。
「現在、部長が誘導している最中です。まもなくこちらにやってきます」
 その時、教室の扉が開かれ、清水が飛び込んできた。
「来ます!」
 清水はそう言うと、教室の奥まで移動した。
 春佳は一歩前に出ると、前を睨み木刀を構えなおした。
「……許さない」
 飛び込んできたボギー・ビーストと呼ばれている妖精は、低い声でそう唸った。
 武器を構える春佳を見て、慎重に間合いを取りつつ飛びかかるタイミングを伺う。
 ビーストの方も、石で出来た鈍器を構える。
 堪えきれなくなったのか、春佳の方が先に動いた。
「セイッ!」
 春佳の振るう刀を避け、それは手に持った武器で攻撃してくる。
 ガシッ
 春佳はその一撃を左手に持った小太刀で受けると、もう一方の刀を振り下ろした。
 シュッ
 相手の頭を掠めるが、有効な一撃とはならなかったようだ。相手は春佳を突き飛ばすと、もう一撃加えようとした。
 とっさに右手に構えた長い方の刀を頭の前にかざすと、次の瞬間鈍い衝撃が伝わってきた。
 バキッ
 刀がおれ、しびれるような衝撃が右手を襲う。衝撃と共に、額に刀の破片があたる。血が額を流れ落ちる。
 相手は、勝利を確信したように猛然とつっこんでくる。
 春佳は、額の痛みを堪えながら相手の動きをじっくりと観察した。
 そして、二人が交錯する。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 断末魔の叫びをあげながら、ボギー・ビーストは床に倒れた。その胸には小太刀が突き刺さっていた。すれ違いざまに、春佳の繰り出した一撃が、ちょうど急所にダメージを与えていた。
 一方の春佳も、肩を押さえてうずくまる。顔を痛みに歪めながらも、口元はゆるんでいた。勝利の喜びを隠しきれないでいる。
 「よくやってくれました。これからも頑張って下さいね」
 清水は春佳にのそばによってにっこりと微笑むと、春佳に向かって救急セットを取り出して見せた。

「で、今回の事件って何だったんですか?」
 翌日、再び部室に来た春佳は、清水に向かってそうたずねた。昨日の傷は思ったより深かったらしく、頭に包帯を巻いていた。
 戦い以外にはさほど興味はないとはいえ、これだけの目にあったのだ。さすがに気になったらしい。春香は清水に説明を促した。
「今回の事件ですか。もともとは例のビーストに襲われた方の生徒が、ある生徒に暴力を振るったのが原因らしいのです。暴力を振るった理由は、どちらの生徒も語ろうとはしないのですが、女性問題らしいですよ。噂によると、女性に対する不当な扱いに腹を立てた生徒を殴りつけたのですが、逆に返り討ちにあったというものが有力なようですね」
 あくまで他人事のように話す清水の話を聞き、春佳もそれ以上詮索しようとはしなかった。もともと、私情のもつれなどに興味を示すような性格ではない。
 その一件から興味を失うと、春佳は席を立った。
 練習用の二本の木刀を手にすると、部室を出ていこうとする。
「ああ、い、いけませんよ。君はまだ安静にしていた方がいいので。そんな急に動いたりしたらら……あ、こら。待ちなさい……」
 清水のあわてた声を背中で聞き流すと、彼女はいつもの練習場へと向かった。
(次はどんな奴だろう)
 新たなる戦いを思い浮かべ、心を躍らせながら歩いていく。
 夏の暑い日射しが支配する、そんな日の出来事だった。



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