(……ん?)

 何かがあったのだろうか?
 昼休みとはいえ、いつも以上に騒がしい廊下を横目に、一人落ち着いて席に座っている少年がいた。
 細めだがいかにもひ弱な印象はなく、逆に不思議と力強さのようなモノを感じさせる雰囲気を持った少年だった。しかし、男子の中でも1、2を争うほどに低い身長や、平凡な顔立ちなどがその印象を霞ませていた。

「まあ、いいか……」

 小さく声に出して呟くと、彼は手にしていた本に再び目を落とした。

妖精奇譚2 〜森妖精の歌 前編〜

Hiro.A



「ねえ、浩介ちゃん。きいた?」

「何?」

「知らないの?」

 やや大げさに肩をすくめ、「やれやれ、これだから……」と言わんばかりの表情を見せる。

「さっきのあれよ、転校生。すっごい美男美女だったんだから。みんな騒いでたじゃない」

(なるほど、さっきの騒ぎはそういうことか)

 その日の放課後、超常現象研究部の部員である高峯浩介は、部室に向かう途中偶然に出逢った同じく部員の吉仲智美と歩きながら話していた。

 先程の昼休みの件は周りがひどく騒いでいたので、あの状況で何も知らないというのは少し外れている。この件に関しては、彼女の発言は確かに正しかった。
 もっともそんなことを気にするような性格ならば、この話題を全く知らないわけがないのだが……。

 高峯浩介という少年は、自分の興味のあるものにしか反応しない、といったところのある少年だった。

「ホントにしょうがないんだからぁ……」

 こちらの吉仲智美という少女は、浩介とは正反対で、よく言えば実に社交的、悪く言えばかなりお喋りな性格として有名な生徒である。
 うわさ話などを集めては超常研の活動に役立てるという、自分の才能と趣味を兼ねた活動で、部では重宝されている人物である。

 浩介とはつい半年前に出逢ったばかりなのだが、浩介のことが気に入ったらしく何かと世話を焼くような態度をとることが多かった。
 もっとも浩介の方は、このお喋りな少女に戸惑うことの方が多かったのだが。

(……本当によく喋るんだよねぇ、この人)

 もっとも智美のほうは、そんなことは気付く素振りも見せない。
 こうしている今も、浩介のことなどお構いなしに喋り続けている。

(……はぁ)

 浩介は心の中で、ため息をついた。

「ん……」

 浩介はふと、足を止めた。部室の前に見慣れない生徒が2人、立ち止まったまま何か話をしていた。

 一人は男子生徒、そしてもう一人は女生徒のようだった。どちらも背が高く華奢な体つきをしている。遠目にもわかる金髪の美しく長い髪、蒼い目、そして……とがった耳。
 どちらもうちの制服を着てはいるものの、これほど目立つ容貌にも関わらず、浩介には見覚えがなかった。

(ひょっとして転校生って……)

 そう思い、浩介はとりあえず声をかけた。

「あの……うちの部に何か……」

「あぁ〜、うわさの転校生だぁ〜。なになに、うちの部に何の用?」

 うわさも何も……と思いながらも、二人組が戸惑っていることに気がついた浩介は、なるべく優しく声をかけることにした。

「僕達はここ、超常現象研究部の部員なんだけど……うちの部に何か用ですか?ひょっとして入部希望とか……」

 しかし浩介を押しのけるように、智美はその2人の前に立ち、

「うわ〜〜♪やっぱり近くで見ると格好いいなぁ……。ねえねえ、あなた達双子なんでしょ。やっぱり格好いいなぁ……。あ、そうだ。ずっと海外に住んでたって言ってたけど、日本語上手よねぇ。どこに住んでたの?日本語はどこで覚えたの?やっぱり……ぐっ」

 放っておくといつまでも質問責めにしそうな智美を無理矢理押さえつけ、やや引きつってはいるものの、何とか笑顔で「さ、どうぞ……」とばかりに相手を促す。
 勢いに押され気味になっていた二人だったが、とりあえず騒ぎが収まったと見ると、近づいてきて自己紹介をはじめた。

「僕はフィリップ・マーシェです、よろしく。それでこっちは双子の妹のシェリル。今日1年5組に転校してきました」

「あ、僕は高峯浩介。1−4。で、同じくこっちの五月蝿いのが吉仲智美」

「うぅ〜〜〜〜」

 とりあえず話をややこしくしない為、智美の口はふさいだままにしておく。
 その様子を見て、シェリルの方がクスッと笑った。

「仲がいいのね」

 浩介が一瞬、硬直する。
 その隙に何とか抜け出した智美は、恨めしそうな目を向ける。

「あの……ともかく中へ」

 浩介は、部室に逃げるように入って、中から手招きして見せた。



「妖精?君達が?」

「ええ。ハーフですけれど」

 幸い部室には、珍しく誰もいなかったので、あまり広くはないこの部屋でもゆったりとしたスペースを確保することが出来た。

 まだ少し不機嫌そうな視線を送りながらも、智美は室内に持ち込まれたポットでお茶を入れている。
 あまり珍しいことでもないので、浩介は気がつかないふりをして話を進めることにした。

「妖精の中には、人間と結婚するのもいるとはきいてたけど……じゃあその耳が?」

「ええ、そうです。母方の遺伝です」

 普段なら話をするのは智美の役目なのだが、シェリルと全く違う話で盛り上がっているようなので、こちらの話には首を突っ込んでくる様子はなさそうだ。
 隣でかなり騒がしく盛り上がっていたのだけれど、浩介も、そしておそらくはフィリップの方も、すっかり無視できるくらいに馴れてしまっている。

「日本には、父の仕事の都合で引っ越してきたんですよ。父は日本で暮らしていた経験があるので、日本語は父から学びました」

「ふぅん……ところで超常研には何の用?」

「一応入部希望です。でもその前に……」

 と、そこで間をおいて興味を引き出す。

(日本語、随分喋り慣れてないか?)

 あまりに完璧な日本語ぶりにやや警戒しつつも、つい身を乗り出してしまう。
 それを見届けて、ちょっと安心したような顔で

「捜し物を手伝って欲しいんですよ」

 そう続けた。

「捜し物?」

「ええ、この辺のことは良く知らないので。お願いできますか?」

 浩介は正直気が進まないはない話では合ったが、なにしろ相手はハーフとはいえ自分が探していた妖精、エルフなのだ。

 しかも人間の社会に完全に適応しているところから見て、友好的な関係を築く事は不可能ではないだろう。
 第一、こんな部に妖精に興味のない人間がいるはずもなく、普段は人付き合いのよい方ではない浩介でさえも例外ではなかった。

 捜し物くらいなら……と、軽く考えていた浩介は、

「良いよ。手伝う」

 あっさりとそう答えた。

「よかった」

 見るからに安心したといった様子のフィリップに、「捜し物くらいで大げさな……」と思いはしたが、今までの態度を思い返して、彼はそういう性格なのだろうと勝手に判断した。

「それで……なにを探せばいい?」

 何気なく訪ねる浩介に、フィリップの方も軽く答える。

「えぇ、“広い場所”です」

「……?そんなのどこにでもあると思うけど……」

 意図が分からず首をひねる。
 少し苦笑して、フィリップは説明を付け加える。

「この近くに住んでいる妖精の方達に、つい先日挨拶に行ったのですが……今年は森の方にも開発の手が伸びてきたせいで、祭りの会場が無くなってしまった、とお困りでしたので、つい」

「……場所を探す役目を引き受けてしまったと」

「はい」

(なるほど、確かに“そんな性格”だねぇ……)

 ため息をついた。

 確かに最近は、この辺りにも人が住むようになってきているので、妖精達が大騒ぎをすれば誰かに見つかる可能性はある。
 この学校の生徒でさえ、実物を見たことのある者はそれほど多くない。
 まして外の人間となると……

 なるほど、これは難しい問題かもしれない。
 浩介がそう考えていると、いつの間にか浩介達の話を聞いていたらしい智美が、

「だったら学校で良いじゃない。この学校なら何があってもきっと、誰も気にしないよ」

 浩介は“それはそれでイヤだな”と思いつつも、他を探すよりは良いかもしれないな、と考えた。

「でも……大変だと思うよ?この学校って凶暴なの多いし」

 他に適当な場所は思いつかないものの、いきなり横から言われてしまったので、浩介は少し面白くなかったのだ。しかし少女の反応は、そんな彼の些細な反抗を一蹴した。

「そんなときのために……」

 智美は大きく胸を張って、

「私達がいるんじゃない」

 そう言いきった。
                   <つづく>

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