「困ったことになったね」

 部長の清水が、彼にしては珍しく不機嫌そうな顔をしている。
 もともとこの清水という男は、普段はもとより浩介のような下級生の部員と話すときは特に、こういった顔を見せることはなかった。

『うわぁ〜、部長さんが怒ってる……珍らしいね』

 智美が小声でささやく。
 彼女も同じ感想を持っているようだ。
 確かに勝手に学校でやることまで決めてしまったのは問題があったかもしれないが、他にあてがあるわけではないし、この学校は危険な妖精がいるのは確かだが、それ程大量に出てくることもない。

(そんなに不味いことなのか……?)

 清水はそのまましばらく何やら考え込んでいるようだったが、やがて一つため息をつくと口を開いた。

「引き受けてしまったものは仕方がありませんね。学校にはこちらから言っておきましょう。しかし……」

 そこで一度言葉を切ると、2人を厳しい目で見ながら

「あなた方2人にはしっかりと働いていただきますよ」

 そう告げた。

妖精奇譚2 〜森妖精の歌 中編〜

Hiro.A



「何か面白そうなことになってるわね」

 2人が廊下を歩いていると、不意に後ろから声をかけてくる人物がいた。
 長く伸ばした髪を無造作に結んでいるだけの、飾り気はないがいかにも健康そうな少女がいた。
 彼らと同じく超常研の1年生、楠木春佳である。

「あ……」

「春佳ちゃん♪」

 手を軽くひらひらとさせて2人に軽く応えて、2人に近づいてきた。  頭一つ分くらい高い春佳は、2人と目線の高さをそろえるように腰をかがめ、何かを期待するような眼差しで見つめてきた。

「ひょっとして春佳ちゃんも手伝ってくれるの?」

 智美が聞くと、実に嬉しそうに頷いた。
 浩介は苦笑しながらその様子を見ていた。

(ここのところ何も起こってなかったからなぁ……)

 夏休みの一件以来、彼女に活躍の機会はなく、よほど退屈な思いをしていたのだろう。
 しかしこれから向かうところを考えると、彼女の存在はありがたかった。



「……なるほどな。お前さん方の言いたいことは良くわかった」

 学校の地下室から少し進んだ所に、堂々と住居を構える種族がいた。
 この学校でもっとも有力な種族であり、あまり人付き合いの良いとは言えない種族。
 それが彼らドワーフ一族に対する浩介の認識だった。

「それで……いかかでしょう?」

 交渉を進める智美も、いつになく緊張しているように見えた。
 ドワーフは排他的なところがあり、あまり他の種族と仲良くしようとしないというのは、割とよく知られている。
 しかし、彼らの許可を得なければ祭りどころではなくなるだろう。
 ドワーフの長老はうつむいてしばらく考え込むような素振りを見せていたが、やがて顔を上げた。
 
「……よかろう。ただし条件があるがな」

「何でしょう?」

「最近、採掘場で暴れておる者がいてな。我々の鉱石の採掘を邪魔するので迷惑している。本来ならば我らが戦うところなのだが……」

 そこまで言うと、少し長の顔が曇る。

「……現在我らの間で病が流行っておる。戦いに行けるほどの体力のある者が今はいないのだ。そのものを倒してきてくれるのならばその申し出、喜んで協力させてもらおう」

(……まあそんなものだよな)

 浩介はふと横を見ると、密かに嬉しそうにしている智美と春佳の姿が目に入った。
 何とも分かり易い反応だが、喜んでいるポイントが違う。
 浩介は、これからのことを真面目に考えてるのは実は自分だけなのではないか、という気になり、酷く不安になった。



「この辺りだよ」

 “唯一健康体である男性”ということで道案内をしてくれたのは、ドワーフ族の小さな子供だった。
 好奇心が強いらしく、前に一度暴れている化け物を見に行ったことがあるらしい。

「すっげーでっかい犬みたいなヤツでさ。一度目があったんだけど、ホント怖かったよ」

 少年は少し自慢げにその化け物の話をしてくれた。
 まあ化け物といっても妖精なのだが、話を聞く限りではとても危険な者のようだ。
 戦力が2人というのは安心できるものではないが、ドワーフの鍛えた武器がもらえたのはなかなかの収穫だった。
 なにしろドワーフの鍛冶の腕は、優れた技術と不思議な力が宿っていると言われている。
 使い慣れた種類の剣とは違うが、軽くて扱いやすいものだった。
 浩介は長めの両手でも片手でも扱える剣を、春佳は片手で扱える小振りの剣を2本持つことにしていた。
 この手の感触に、春佳でさえも心強く感じていた。

「それじゃあ行くよ」

「あ、君はここまでで良いよ」

「えぇ〜〜〜……なんで」

「だって……危険じゃない」

 春佳は一応、男の子を中に入れないようにしたいらしい。
 まあ危険には違いないし、浩介もその意見に異論はないのだが、男の子は食い下がった。

「端の方で見てるだけだからさ、いいだろ」

「ダメ。さ、行きましょ、浩介」

「あ、うん」

 文句を言い続ける男の子を無視して進んでいく春佳と浩介だったが、男の子の声が聞こえなくなるとすっかり静かになってしまう。
 さすがに戦い馴れているとは言えない浩介は、だんだん緊張してきた。

「なあ楠木……」

「何?」

「緊張しない……」

 春佳は呆れたように浩介のことを見る。

「しないわけないでしょ。戦い前の緊張感、これが何とも言えず良いんじゃない……」

「そ、そういうものですか」

 浩介の方はすっかり引いてしまった。
 その様子を見た春佳は、少し不機嫌そうな顔で浩介に詰め寄る。

「そんな危ない人を見るような目で見ないでくれる!?そのくらいの気持ちでいなきゃ戦えないってだけで、別にそんな……ねぇ?」

 何だかだんだん弱気な感じの発言になってきたが、浩介は少し安心した。
 と、その時……

 ザッ……

 2人は後ろに飛び、それぞれの流派で身構えた。
 強く鋭い視線。
 2人は一気に緊張感を高める。

「あれか……」

「うわ〜、怖い顔してるねぇ……」

 くらい洞窟の奥には、赤く鋭い視線を向けている仔牛ほどもあろうかという犬がいた。
 黒妖犬……そんな呼ばれ方をしている犬だ。
 見た目はかなり凶悪で、視線で人を殺せるほどだが、自分から人間を襲う様なことはあまりないはずだった。
 しかし……

ガァァァァ!

 すさまじい咆吼と共に2人に襲いかかる。  鋭い爪を何とかかわしたが、牙は勿論、体当たりをされただけでも十分なダメージになる。
 浩介は立て続けに攻めたてられ、かわすので精一杯である。

「はっ!」

グゥ…………

 春佳の攻撃に傷つき、間合いを取る黒妖犬。
 しかし、ダメージは少ない。
 体制を立て直し、隙をうかがうような動作の黒妖犬と春佳、そして浩介。
 辺りに緊張感が漂う。

「せいっ!」

 春佳が先に仕掛ける。
 だが黒妖犬は軽く横によけるだけで、あっさりかわす。
 春佳は剣を横に払って牽制して、黒妖犬との間合いを再び取ろうとする。
 しかし黒妖犬は剣を飛び越し、春佳に襲いかかる。
 とっさに地面に転がる春佳に、爪で攻撃を仕掛けようとする。

「はっ!」

 それまでタイミングを計っていた浩介が、黒妖犬に向かって鋭い突きを放つ。
 ドワーフの鍛えた剣は、長い毛で覆われた黒妖犬の体をたやすく貫き、深々とつきたつ。

グゥゥゥ……


 黒妖犬はその攻撃に驚き、浩介の方に向き直ろうとして急速に力を失い、その場に倒れた。
 武器に敵の力を奪う効果でもあったのか、かなり効いているようではあったが、まだ致命傷という感じではない。
 相変わらず鋭い敵意を放っている黒妖犬に、武器を失った浩介はどうしたものかと考えていると、春佳は構えを解いた。

「……いいの」

「うん。もう終わっちゃったみたいだし」

 こちらに敵意が無くなると見ると、黒妖犬も次第に大人しくなっていった。



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