「……で、結局なんだったわけ?」
大人しく、かどうかは知らないが、長老のところで待っていた智美がいかにも不機嫌といった顔で浩介を迎えた。
ドワーフの病気は人間にはうつらないらしい。
ならば安全な所に残しておいた方がいいだろうということで、ここに置いていったのだが、本人は置いて行かれたという事が不満らしく、機嫌はよろしくなかった。
(やれやれ……あの子と同レベルだな)
さんざん文句を並べていたあの少年の姿を、ふと思い浮かべる。
もっとも、それを口にする気にはなれなかったが。
それに浩介は今、とてもいい気分だった。
「子供がいたんだよ」
「その化け物に?」
「化け物……って言うよりは犬みたいなものだけどね」
妖精奇譚2 〜森妖精の歌 後編〜
Hiro.A
あのあと、小さな黒妖犬が何匹か出てきたため、考えたあげく長老に相談することにした。
命を奪いたくない……、浩介たちはそうハッキリと告げた。
長老ははじめは驚いていたが、殺さずに済むのであればそうして欲しい、と2人に同意した。
結局あの場所から移動させることにして、再び採掘場に戻った。
「今度こそついて行くんだから、絶対」
案内役の少年が、強い決意を表明する。
春佳は一つ肩をすくめて見せただけで、止めようとはしなかった。
黒妖犬はすっかり大人しくなっていた。
2人の姿を見ても吠えるどころか、どこか優しげな雰囲気さえ見せていた。
「……武器の威力かな?」
「もう……つまらない事言うのね。可愛いもんじゃない、こうしてみれば」
「……そうか?」
先程殺されかけたことなどすっかり忘れたかのような春佳の態度に呆れつつも、春佳らしいあっさりした態度に、好感を持った。
(やっぱり楠木は楠木だな)
顔立ちはかなり怖いが、もとはそれ程凶暴な生き物ではない。
春佳は子供に触りたくて仕方がないといった様子で、小さな黒妖犬を見つめていた。
浩介は母犬の傷の手当をしている間中、その横顔を見つめていた。
「ありがとう、お前さん方のおかげで採掘作業が再開できそうじゃ。我らもささやかながら、祭りの成功に協力しよう」
「ありがとうございます」
ここのドワーフたちは普段はあまり姿を見せないものの、一般に言われているよりもずっと親しみやすいようだ。
もっとも学校の地下に住んでいるくらいだから、人間嫌いだとかエルフ嫌いだとかそういったことはないのかもしれない。
道案内をしてくれた少年も、春佳と一緒に黒妖犬の子供を眺めていたし、まだ比較的元気な者達は、口数は少ないものの感謝してくれていた。
病気の方は、かなり大勢の人がかかっているようだったが、特に深刻なものではなく、1月もすれば全員元気になるらしい。
長老も別れ際には笑顔で『みんなが健康になった頃、遊びに来て欲しい』と言っていた。
はじめは薄暗く不気味に感じていたこの場所も、それ程悪いものではないかもしれない。
浩介たちは、そんな気分で学校へと戻った。
地上へ戻ると、すっかり辺りは暗くなっていた。
少なくとも1日以上は地下にいたはずなのだが、どうにも時間の感覚がずれてしまい、どのくらいの時間が経ったのか良くわからない。
3人はとりあえず部室に移動することにして、暗い学校の廊下を歩いていく。
周囲の雰囲気も手伝ってか、智美でさえも一言も喋らずに歩いている。
「あっ……」
思わず春佳が声をあげる。
彼女の視線の先を2人が追って、ようやく気がついた。
「すごい数……」
かなりの広さがあるこの学校の校庭を舞台に、大勢のエルフたちが集まっていた。
これ程のエルフがこの辺りに住んでいるとは……、3人は思わずその場に立ちつくした。
「……行きましょ」
少し興奮した智美が言う。
春佳は微笑んで頷く。
「浩介ちゃん……?」
「……いま……行くよ」
視界いっぱいに広がる夢のような光景。
心を奪われたまま、浩介は呟くように言って、その夢の舞台へと歩き出した。
「みんな、お疲れさま。こっちはすっかり準備オッケーよ。そっちは?」
「あ、シェリル」
校庭に出ると、にぎやかなハーフエルフの転校生、シェリルが真っ先に出迎えてくれた。
彼女は、にぎやかな場所が苦手という兄のフィリップと違い、この祭りを心底楽しみにしていた。
そして同じくお祭り好きな智美は、
「こっちもバッチリよ」
にっこりと、そして少し得意げにそう言った。
ようやくといった感じで、エルフたちの“歓迎”から開放された浩介は、1人校舎の壁に寄りかかって座っていた。
シェリルに連れられ、エルフ族に“祭りを実現させた英雄”として紹介され、あっと言う間に質問攻めにされた。
智美などは実に嬉しそうに、有ること無いこと語って聴かせていたが、春佳や浩介は普段からあまり話をする方ではない。
上手くかわすことが出来ず、なかなか大変な目にあっていたのだ。
その上、あとから来たドワーフ族の長老や女性など数名が合流したこともあって、祭りはさらなる盛り上がりを見せていた。
少し離れてみていると、本当に幻想的とも思える光景である。
本来なら警備に当たるはずの超常研の部員も、いつの間にか一緒になって祭りを盛り上げているのが見える。
祭りといっても特別なことをするわけではなく、踊ったり、飲んだり、騒いだり……おのおの勝手に盛り上がっているだけのように見える。
だがそれで良いのかもしれない、そう浩介は思う。
彼等は本当に楽しそうにしている。
「しかしエルフって、シェリルみたいなヤツが多かったんだな。もっと真面目なのかと思ってたけど……」
ひとり呟く。
「それってどんな意味よ」
急に上の方から声がした。
浩介が上を向くと、いつの間にか横に来て立っていたシェリルが、少し怒ったような顔で見ている。
「……見たまんまの意味だよ、たぶんね」
あわてずに軽くあしらうように言った。
当てが外れた、といった感じで肩をすくめると、急にシェリルは柔らかい表情で見つめる。
「あなたって……フィルに似てるわ。楽しむのが下手なところとか、つまんないところとかね」
「……それってどんな意味だよ」
「あら、見たまんまの意味じゃない?きっと」
「………………」
シェリルは、さっきのおかえしとばかりにすました顔で言う。
しかし、すぐに優しく微笑み
「でも……嫌いじゃないわ、浩介君のこと」
そう一言だけ告げると、振り返りもせずに盛り上がっている祭りの会場に戻っていった。
少し不意打ち気味のその言葉に1人戸惑っている浩介は、しきりにその言葉の意味を考えていた。
ふと一瞬だけ、遠くに言ってしまったシェリルと目が合うと、さっきとは少し違う楽しげな笑顔で手を振った。
「見たまんまの意味……か」
しばらくすると急に開場が静かになった。
これで終わりなのだろうか?
祭りのことをよく知らない超常研の部員やドワーフたちは思ったが、エルフたちは全員立ち上がり何かの準備をしていた。
エルフの指導者が合図を送ると、全員がそれに合わせ歌を歌い出した。
中には、非常に美しい弦楽器を奏でる者もいた。
まさに幻想的、この開場の雰囲気になれてしまったはずの部員たちにも、それ以外に表現しようが無い空気に包まれていた。
いままで祭りの輪の中にいたエルフ以外の者達が、いつの間にか外側に集まってきている。
浩介の姿を見つけた春佳が、隣に来て腰を下ろした。
「……すごいね」
「……うん」
「2度目……でしょ、浩介は」
「…………うん」
浩介は子供の頃に1度、エルフの祭りの歌を聴いている。
その歌が忘れられずに、ずっと会いたいと思っていた。
わざわざ超常研に入ったのも、そもそも剣の扱いを学んだことさえも、全てこのためだったのかもしれない。
そんな思いにさせられるほど、少し悲しく幻想的なまでに美しい響きを持った歌が続いていた。
さっきまであんなに元気だったエルフたちが、今にも消えてしまいそうな儚い生き物に見えてくる。
浩介の目に、ふとさっきまで元気に笑っていたシェリルの姿が映る。
ハーフとはいえ、こうして見ると生粋のエルフとそう差がないように見える。
しかし、“消えてしまいそうな儚さ”は彼女からは感じられない。
浩介は、なぜだかそれを見て安心し、そのまま眠りに落ちていった。
浩介が目を覚ますと、辺りは明るくなってきていた。
周りには同じく眠ってしまった部員たちの姿がある。
何故か隣にいたはずの春佳は、少し離れたところで智美と一緒に横になっていた。
浩介が目を覚ましたことに気がつくと、金髪の少女が軽い足取りで寄ってきた。
「おはよ、浩介君」
「おはよう」
浩介と少女は、少しだけいい気分で朝を迎えた。
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