第4章 耕介

 久遠がいるので、車で送ってもらうことになったのだが、初仕事に対するものとは違った意味での緊張を覚えた。

「こ、耕介さんは今までに退魔の経験があるんですよね?」

「ん?薫から聞いたの?」

「は、はい」

 なんだか普段よりぶっきらぼうな感じがして、私は更に体を硬くした。
 どうにも居心地の悪い感じがする。
 親切だし、とってもいい人なのに、なぜこうも緊張してしまうのだろう?

「まあ、薫の手伝いを何度かしたことがあるだけだけどね」

「……聞いて、いいですか?」

「なんだい?」

「御架月のこと」

 神咲家に伝わる”霊剣”のひとつだが、長い間行方がわからなくなっていた。
 それが耕介さんの活躍によって取り戻されて以来、御架月は耕介さんの刀として働いていた。
 しかし、薫ちゃんがここを離れるときに、一緒に実家につれて帰ってきていた。

「御架月はきっと寂しがってると思いますよ」

 はっきりと聞いたわけではないけど、姉は御架月をここに残していくつもりだったようだ。
 それを耕介さんが止めたらしい。

「そうだな……」

 少し寂しそうな横顔に、胸が痛くなる。
 私は何を言っているのだろう。寂しいのはきっと御架月だけじゃないのに……
 耕介さんは続けた。

「でも、あの二人には一緒にいて欲しいと思った。長い時間をかけてようやく会えた姉弟なんだから……」

 そう言って、少し照れたように笑う。
 薫ちゃんがこの人を好きになったの、なんとなくわかった。退魔士としての悩み、苦労を分かち合える仲間であり、やさしいお兄さんのような人。

 私は、無意識に久遠の頭をなでていた。今まで私が耕介さんのことを警戒していた理由に、なんとなく気がついた。新しい生活、仕事、学校……不安な気持ちが、一番身近にいる異性に対する不信感という形で表に出ていたのだろう。

 今度薫ちゃんの話、してみようかな……

 その後、短い時間だったけど、目的地に着くまでいろいろと話をしてくれた。


 現場のピリピリした空気が、私の感覚を刺激する。昼間の陽気を忘れさせるような少し肌寒い夜の風が、緊張感を高める。最終電車の時間も過ぎ、すっかり暗くなった駅前の踏切というのはお世辞にも居心地の良い場所とは言えない。まして、これからさまよう魂を相手にするのだ。一般的とは言えない私の感覚から見ても、不安にならずにはいられない。
 その不安からか、少し離れた場所に目を向けた。道の脇に止めた車とその運転手は、少し厳しい表情で油断無く周囲の気配を探っているようだ。
 鎮魂そのものに手を貸すことは無いと思うけれど、そばにいてくれるとだけで気分が落ち着く。我ながら現金なものだが、あれほど頭を悩ませていたあの大きな体が、今は頼もしく見えた。

 深呼吸をしてから私も気配を探り始めた。辺りにはかなり強い残留思念が感じられるのだが、辺り一帯に散らばっているような感じで場所を特定できない。姿はまだ見せていないが、私の”説得”を聞いてくれる相手では無いかもしれない。
 妖気の主は、”原因不明”の自殺者だそうだ。活発な学生で、特に自殺するような原因は見つけられないらしい。ただ親しい友人は、ひとつだけ印象に残っている台詞があったと言う。
『このまま、終わりにできれば良いのに……』
 普段こんなことを言う人ではないので、良く覚えていたそうだ。何があったのかは語ることなく、2週間後、この踏切で命を落とした。
 それ以来、時折信号の調子がおかしくなり、幸い事故に入ったっていないもののダイヤが大幅に乱れとても迷惑しているそうだ。
 それに、人を襲ったことは無いようだけれど、駅利用者の中には、この辺りに来るだけで気分が悪くなるなど、周囲への影響も日に日に深刻なものになっているらしい。

 久遠が人の姿になる。私には相手を無理やり払うことはできないので、万が一の事態に備えているのだろう。耕介さんは少し離れたところで、私達のことを見守っている。

「なみ……なにか、いる」

 私は緊張しながらも、久遠の言葉にうなずく。慎重に気配を探りながら相手を探していくと、踏切から少しだけ離れた交差点の辺りにうっすらと白い物が見えた。

「上坂さんですね?」

 呼びかけてみる。説得をするにはまず、相手とのコミュニケーションが成立することが前提条件だ。それができないようでは、私の”鎮魂”は成り立たない。もう一度呼びかけようとしたとき、予期していない方向から路上に放置された自転車が飛んできた。

「あ……」

 悲鳴を上げるまもなく、飛んできた自転車にぶつかった。
 その衝撃から地面に倒れたが、あたり所が良かったのか怪我はせずにすんだようだ。

「ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……」

 久遠が、自転車の飛んできた方向に向かって猛然と駆け出した。

「戻れ、久遠!」

 耕介さんの声が飛ぶ。私は何とか身を起こして、耕介さんの方を見ようと振り返ると、すぐ間近にそれはいた。
 交差点の近くにいたはずの白い霧のような霊体は、ぼんやりとした輪郭の中に、かつて人であったころの姿を取り戻していた。

 強い憎しみを身にまとったそれは、私の身をすくませた。
 一瞬、それが光ったように感じた。

「危ない!」

 耕介さんが私の体を突き飛ばした。

「きゃっ」

 またも地面に倒れこんでしまった。
 今度は膝から転んでしまい、しびれて立ち上がれない。

「借りるぞ」

 そう言うと、雪月を私の懐から抜き取った。

「久遠、那美に付いてろ」

 振り向きもせずに言い放つと、短刀を抜いて霊体に襲い掛かった。
 雪月は十六夜や御架月のような霊剣とは違い、所有者の霊力を高める効果は無いが、持つものの力を素直に伝えてくれる。霊力を込めて斬れば、十分に悪霊とも渡り合えるだろう。

(耕介さんなら大丈夫だよね……)

 襲ってきた霊は、二人だった。
 一人だと思って私も久遠も油断していたため、二人目の存在に気がつかなかったが、耕介さんは気がついていたようだ。何とか手を貸したいものの、こうなってしまったら私は帰って足手まといだし、久遠は私が襲われないように護ってくれている。

 耕介さんの傷つきながらも戦う姿に、幼い日に目にしたある事件を重ね合わせた。
 強くてやさしい、少しだけ厳しい私の憧れの人。戦う後姿が、良く似ている。
 だから、きっと大丈夫。根拠も無く、そう思った。

「怪我……しちゃいましたね」

「このくらいどうってこと無いさ。馴れてるしね」

「……じっとしててください」

 私の”力”を使えば、このくらいの傷はすぐに直るだろう。
 少し恥ずかしかったけど、傷口にそっと唇を当てた。


 その踏切で、一人の高校生が死んだ。事故だった。
 踏切の手前の交差点を渡ろうとした時、突っ込んできた車に轢かれた。救急車の到着を待つまでも無く、彼女は息を引き取った。
 そしてその二週間後、上坂文博は別の方法で彼女の後を追った。
 二人の関係は詳しくわかっていないが、生前にどうやら”関係があった”らしい。

 今回の除霊完了の報告をした時に聞かされた話だった。
 この事件の担当の警官に相手が二人だったと告げると、そう話してくれた。
 今のところはっきりしたことがわかっていなかったし、目撃されていたのは上坂さんだけだったのでその話はしなかったそうだ。
 相手が二人だとわかっていれば……という考えが頭に浮かんだが、それをすぐに打ち消す。
 今回の失態は、自分の未熟さが招いたことだ。耕介さんが助けてくれなかったら、私は……。
 それに、鎮魂でなく退魔という形になってしまったのも残念だ。私がもっと強ければ、悲しい魂を好くってあげられたかもしれない。そう思うと、気持ちが沈んでいく。
 もともと自分に自信の無い私は、一度落ち込んでしまうと思考が堂堂巡りになってしまいがちだ。

 久遠の背中をなでながら、私は少し気分を落ち着ける。
 もっと、強くならないと。本気で思った。


「お待たせしました」

 外はすっかり明るくなってしまっていた。耕介さんは管理人としての仕事があるのに、すっかり付き合わせてしまった。申し訳無く思う気持ちと、もう少し甘えたいと言う気持ちが、私の胸中で複雑に絡み合っている。

「なんだかすっかり付き合わせてしまって……すみませんでした」

「いいよ。寮のほうは知佳が何とかしてくれるし、俺も体なまってたからさ」

 腕を振るう姿に、私はなんだかおかしくなってしまった。

「じゃあ、もうちょっと付き合ってもらっちゃおうかな?」

 私は笑顔でそう言った。


「この公園、一度来てみたかったんですよ」

「俺も好きだけど……行こうと思えば行けたんじゃないの?」

「別に寮から遠いわけでもないのに、なんとなく来なかったんですよ」

 不思議ですね、と笑って付け加えた。

 さすがに朝なので、屋台どころか通行人の姿も無い。
 でも時折吹く海からの風が、すがすがしい気分にさせる。

「耕介さん」

「何?」

「受け取って……もらえますか?」

 青紫の紐をのせた手を、笑顔で差し出すした。
 今まで踏み出せなかった初めの一歩が、ようやく踏み出せた気がした。

 

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