見えない気持ち

Hiro.A   


(……あれ?)

 あたしは、駅に向かう途中で見覚えのある後ろ姿を見かけた。
 間違いない、七梨だ。
 日曜日の午前中に一人で歩いてるなんて珍しい。

「よ、七梨。何してんだ?こんな時間に……」

 しかし、七梨の奴は気がついた様子もなく歩いていく。
 無視された気がした腹が立った。

「おい、七梨!」

 やや乱暴に腕を取ると、少し驚いたようにあたしの方を見た。

(……?)

 違和感、あえて表現するとするならばそんなものだろうか?
 なんだかいつもの七梨と違う気がした。

 七梨はニヤニヤしながらあたしのことを眺めている。

「……なんだよ!」

 イヤな気分になって、あたしは七梨から離れた。

「……へぇ、なかなか可愛いじゃん」

「…………はぁ?」

 七梨の奴は一体どうしちまったっていうんだ!?
 もちろんあたしは、特別着飾ったりしているわけではない。
 いつもの普段着姿だ。

「なんだよ……気持ちわりいな」

 七梨はおかしい。
 その感覚が、あたしの中で確信に変わる。
 普段の七梨は、そりゃあ情けないところもあるけど、少なくともこんなイヤな顔はしない。

(……また何かあったのか?とにかくシャオに……)

 あたしが行動しようとして後ろを向いた瞬間、腕を強く捕まれた。

「まあ待てよ。こいつはお前の知り合いみてーだな。ちょうどいい」

 振りほどこうとしたが、七梨の腕は意外なほど力強く、振り払えそうになかった。

「ま、そう逃げるなって。今から説明してやるからさ」

 憎らしいほど余裕たっぷりの表情で、七梨は言った。
 いや。こいつは七梨じゃないな。
 あたしはそいつをにらみつけて言った。

「いつまで掴んでんだよ、さっさとはなせ」

「おっと。そりゃあ悪かった」

 少しおどけたように言った。
 それがまたあたしのに癇に障り、イライラする。

「ま、そう睨むなよ」

少し肩をすくめて

「簡単に説明してやるからさ」

そう言った。

「俺は昔この辺りに住んでた幽霊ってヤツでね。たまたま通りかかるとこいつが気絶してたんで……」

「このとおり。のっとっちまったってわけさ」

「…………はぁ?」

 あたしが予想してたより妙な自体らしい。
 また頭でもぶつけて変な勘違いしてるんじゃないかとも思ったけど、あの時も七梨の性格もでは変わらなかった。

 それに……

(あたしのカンが認めてる……)

「それで……七梨の体をどうするつもりだ?」

 あたしは警戒しながら続ける。

「そうだな……よし、こうしよう」

 そいつはあたしを正面からのぞき込んで言った。

「今日1日つきあえよ。そしたら離れてやる」

「ふ、ふざけんな」

 しかし反射的に出たあたしの攻撃は、あっさりとかわされる。
 驚くあたしの腕を掴んで、続けた。

「こいつ、結構からだ鍛えてるみたいだぜ。あきらめろよ」

「いいかげんにしろ。だいたい七梨には恋人がいるんだから、そっちを誘ってやれよ」

 あたしは。、とっさにウソをついた。

(シャオなら何とか出来るかも)

 でも、そいつは誘いにのらなかった。

「お前が気に入ったんだよ。いいじゃねえか、1日くらい」

 それから少し考えて

「なんなら、このままずっとつきまとってやっても良いんだぜ?」

(なんだよそれ!脅迫みたいなもんじゃないか!?)

 あたしは腹は立ったが、それ以上に七梨の体で四六時中つきまとわれているところを想像して、寒気が走った。
 当然まわりの反応も含めて。

 人ごとなら『面白そう』ですむかもしれない。
 でも今回中心にいるのはあたしだ。
 冗談じゃない。

「その方がいいってんならそれでもいいんだけど……」

「わ、わかったよ。今日一日だけだぞ」

 情けないが、脅迫は効果的だった。

「よしっ。それじゃあ……えっと〜、そうだ。名前、まだ聞いてなかったな」

「おれは相模はじめ。はじめでいい」

 お前は?と目で促してきた。

「山野辺翔子」

 ウソの名前でも良かったのだが、今日1日だけだし、後でばれてやっかいごとになるのはごめんだった。

 第一相手は死人だ。大して気にすることもないだろう。
 あたしはそう考えた。

「ふ〜ん、翔子か。じゃあ行こうぜ」

「お、おい。勝手に名前で呼ぶなよ!」

「ははっ、細かいことは気にするな」

 そう言うと、かなり強引にあたしを引っ張って歩き出した。


「喫茶店……か?」

「ああ。まずはのどを潤してから、だ」

 あんな勢いで引っ張ってきた割には、案外普通だな。
 喫茶店に来る頃には、あたしももう落ち着いていた。

 あたしとしては、あの連中に見つかるかもしれない町中を歩きたくはなかったのだが、こんな得体の知れないヤツと人通りの少ないところへ行くのは、もっと願い下げだ。

 喫茶店でコーヒーを注文して、とりあえず相手の素性を探ることにした。

「なあ、え〜はじめ……だっけ?何で七梨にとりついたんだ?」

 はじめは少し考えるような仕草の後、さっぱりした顔で答えた。

「趣味なんだ、人にとりついて悪戯するのが」

「……………………おい」

「なにしろ他にすることないしなぁ……人にとり憑かなきゃ何にも出来ないし」

  ……どうやら七梨の奴もとんでもないヤツにとり憑かれたらしい。

 しかもあたしは、ただの通りすがり。暇人の相手をさせられているだけのようだ。

(こんな事になったのもみんな七梨のせいって事だな……明日思いっきり殴ってやる)

 その後もしばらく話した。

「さて。次は映画にでも行くか」

 そう言うと伝票を持って席を立った。
 どうやらおごる気らしい。
 ……おそらく七梨の金で。

(まあいっか)

 ほんのちょっとだけ手加減してやろうかと思いながらも、はじめの後に付いていった。


「なあ……これ見るのか?」

「ああ。何か人気らしいし。昔からSFは嫌いじゃない」

 そう言うと一人でチケットを買いに行ってしまった。

(デートって割にはあんまりムードがないんだよな……)

 手口は強引だったが、ひょっとしたらそんなに場数を踏んでいないのかもしれない。

 もっともこういう方が、あたしとしてもありがたかった。
 おにーさんみたいに鳥肌の立つような気障な演出で迫られたら、とてもじゃないが耐えられなかっただろう。

「ほら。ちょうど始まるところだぜ。行こう」

 チケットをあたしに渡すと、彼はさっさと入っていった。

(ひょっとして……これもおごりか?)

 まあいっか、などと我ながらちょっぴり薄情な感想を胸に、映画館へと入っていった。


「なかなか楽しかったな」

「けどさぁ、あのエイリアンはないだろ。今時これかぁってかんじだと思うだろぉ?」

「まあな。でもあのシーンはさぁ……」

 などと、映画館を出た後しばらく映画の話に興じながら、これといった目的もないまま何となく歩いている。

 話しているうちに、それほど違和感なく打ち解けている自分に、内心驚いていたが、外見が七梨であることはそれほど気にならなくなっていた。

 少なくとも七梨じゃこうはいかない。
 そう思わせるやりとりが何度もかわされている。

 ……もっとも七梨とこんな風に接する機会はないだろうが。

 ふと気がつくと、ゲームセンターがあることに気がついた。
 はじめを見ると、明らかに興味を示しているのがわかった。

(……シャオにクリスマスのデートコースを教えたときのことを思い出すな)

 今までに自分の行動を振り返ってみると、ふとおかしくなった。

 まさか自分まで、ここまでマニュアル通りの行動をさせられるとは思っても見なかったからだ。

「なんだよ」

「へへっ、べつに。それより……」

 と少し焦らして

「入りたいんだろ?あ・そ・こ・に」

 何となくばつの悪そうな顔のはじめの手を取ると、はじめて自分から誘った。

「ほら。早く行こ」


 彼はクレーンゲームなどには目もくれず、奥の筐体のコーナーへと向かった。

「ゲーム、得意なの?」

 ちょっと気になって、聞いてみた。

「おう。っと言っても昔の話だ。鈍ってなきゃいいけどな」

 彼にしては珍しく少し弱気な発言をしてから、シューティングゲームをやり始めた。

「やっぱ結構鈍ってたなぁ……」

 シューティングでさんざんな結果を出した後、しつこく食い下がろうとするはじめをおさえ、最近の流行ものであるダンスゲームや体感ゲームをやって遊んだ。
 未だに彼はぼやいているものの、あたしは結構楽しかった。

(こんなに楽しいのって、ほんとに久しぶりかもしれないな……)

 ふとそんなことを考えた。

(シャオもあの時……こんな気分だったのかな?)

 なぜ自分が、クリスマスの時のシャオと比べたのかわからない。
 でも……何となく自分もあんな風に嬉しそうにしてるのかな?ってことがすごく気になった。

 一度気になると、あたしの頭の中はその事でいっぱいになった。
 はじめの顔を見る。
 でもそれは、紛れもなく七梨太助だった。

「そろそろ食事でもしようぜ」

 自然と差し出される手を握ろうとして、ふと躊躇する。

(何?変なの……)

 なんだか不安になる。

 自分の今まで話していたはずの相手が、不意に遠くに行ってしまったような気がして、あたしは胸が痛んだ。

「おい……大丈夫か?なんだか顔色が悪いみたいだけど……」

 急に近くで声がした。
 ふと気がつくと、顔をのぞき込むようにして彼が見ていた。
 心配そうな顔。
 そしてそれ以上に、重大なことに気がつく。

「わ、わわわっとぉ」

 あたしの思いっきりすぐそばに、彼の顔があったのだ。
 思わず飛び跳ねるように距離をとった。

 ……ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……

 心臓がうるさいほど高鳴っている。

「あ、あはははは〜。何でもないって」

 何とかそう言いはしたものの、心臓の音は鳴りやまない。
 彼のことがまともに見られない。

 結局、手をつながずに歩き出した。


 食事の席での会話は、なぜかさっきまでとは違い、ひどくぎこちないものだった。
 あたしもかなり変だったろうとは思うけど、彼の様子も少しおかしかった。

 時々見せるようになった寂しげな表情が、あたしの心も暗くさせる。

(……1日って、あっと言う間なんだ……)

 なんだかそんな事を初めて実感したような気がした。

 いやひょとしたら……

(初めて知ったのかもしれない)

 色々な人が言う言葉。
 でも今まで実感した事なんて、1度もなかった。

 退屈な毎日。
 シャオと会ってから、しばらく忘れていた感覚だ。

 シャオと出逢ってからというもの、随分楽しい日々を送ってきた気がする。
 でも……自分が主役ではなかった。

 今感じているのは、紛れもなく自分自身が主役だという実感。
 自分を中心にまわってる……

 楽しいことも……

 悲しいことも……

 そして……

 ……つらい別れさえも。


 ファミレスを出てから、一言も話さずに歩いた。
 最後の目的地は……公園。

「なあ……」

 公園に着いてからも二人とも黙ったままだったが、何かを決意したかのように、彼が話し出す。

「何で幽霊になったのかって話、まだしてなかったよな」

「俺さ。昔、自殺したんだ」

 一度言葉がとぎれる。
 あたしは黙って次の言葉を待った。

「なんだか何やってても面白くなくて……全部中途半端だった」

「昔はそうでもなかったと思う。でも……中学、高校へと進むにつれて、自分が何してるのかがわからなくなってきた」

「……未練なんかないと思ったのに、結局死んでもこの世界に縛り付けられた」

「適当な刺激が欲しくて……体を操って悪戯をするようになった」

「でも気付くと……やっぱり退屈してた」

 そこであたしの目をまっすぐに見つめてい言った。

「今日は最高に楽しかった」

「最後に……お前に会えて良かったよ」

(あたしも……)

 言いたいのに声にならなかった。
 視界がどんどん霞んでいく。

「それじゃあ最後に……」

 そういうとあたしに近づいてきて……

(…………!?)

 唇に感じた少し温かくて柔らかい感触。

 一瞬で頭の中が真っ白になる。
 そして、それがなんだったのかをあたしが気付く前に、

「ありがとう。それじゃあな……」

 気がつくと、少し離れた場所に七梨が倒れていた。

 不意にいなくなってしまったという実感が押し寄せてきた。
 まだ言いたいこともあったのに、一緒に行ってみたいところもあったのに……。

 拳を握りしめ、唇を噛むようにして……

「……ばか…やろう……」

 そう言うのがやっとだった。


 次の日はあまり調子の良くないスタートを迎えた。
 朝、早々と目が覚めてしまい、結局することもないので学校へと向かった。

 昨日のことを思い出しそうで七梨には会いたくないと思っていたのに、いきなり登校中に声をかけられた。

 授業中はぼ〜っとしながら、ずっと窓の外を眺めていただけだった。


「翔子殿」

 一人で家に帰る途中で、珍しくキリュウに声をかけられた。
 あたしの様子がいつもと違うことに気付き、話しかけるかどうかためらっているようだ。

「……珍しいな。キリュウがあたしに話しかけてくるなんて。何か用か?」

 さすがにそこまで言うと、キリュウも話を続ける気になったようだ。

「……昨日、試練の途中で主殿が途中でいなくなられたので、探していたんだ」

「そしたら翔子殿が一緒だったようだが……」

 あたしの鈍っている今の頭でも、キリュウの言っていることは理解できた。

「え、ちょっ、キリュウ!いつから見てたんだ?」

 聞くのは怖かったが、放っておくのも怖い。
 キリュウはといえば、少し考えてから

「喫茶店から出られたところから……公園で主殿が倒れた辺りまでだが……?」

 それが何か?と言わんばかりの表情で答える。

 あたしの顔からサァッと血の気が引いていく。

(……それって、ほとんど全部じゃん)

 あれも見られてたのか?と思うと、とてもじゃないが冷静ではいられない。

「主殿に何があったのか気になってな……」

 昨日のことをあれこれ考えているうちに、あたしはだんだん頭がすっきりしていくのを感じた。

 そして、少し意地悪くニヤっと口元を緩め

「キリュウ。そ・れ・は……秘密だよ。じゃあな」

 そう言い残して、あたしは走り去った。

 大丈夫。あたしはきっと退屈しない。
 だってこんなに面白いことがまわりにあるんだから。
 こんなに変な連中がまわりにいるんだから。

 見てろよ、はじめ。
 退屈とは無縁の生活を送ってやる。

 あたしは青空に向かって、心の中でそう宣言した。


                         <おしまい>                                                                                                                                                                                                                                                                         


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