宴会とわたくし。

「おーい、姜維殿!酒樽はこれで全部かあ!?」
「あ、はい、そのようですけれど・・・」
「そうか!少ない気もするけどよ。ま、今日は兄者の誕生日だ、パーッとやろうぜ!」
その日、蜀は朝から国中が活気づいていた。
というもの、今日がちょうど蜀の君主である劉備の誕生日に当たるため、
国全体が祝賀ムードに包まれていた。
もちろん、祭り好きの武将たちが黙っているわけはなく、
張飛などは一ヶ月も前から祝賀会の準備を進めていたのだ。
「それはこっちで、あれはこの台で・・・しっかり運んでくれよ、姜維殿!」
「は、はあ・・・・」
さすがは宴会部長、指揮が違う・・・と半ば呆気にとられながら、姜維は積み上げられた酒だの杯だのを運ぶ。
うっかり廊下で張飛とすれ違ってしまったばかりに、宴会の準備を手伝わされてしまったのだが、
いかんせん酒の量が多すぎる。
一つづつ気長に運びながら、姜維は今朝丞相府で孔明に言われたことを思い出していた。
『いいですか、姜維。今日はぜーったい城郭の廊下を一人で歩くんじゃありませんよ』
『なぜですか?』
『それは・・・こわーい宴会部長さんに襲われちゃうからです』
『・・・・はあ?』
恐いくらいににーっこりと笑う孔明の笑顔が忘れられないったりゃありゃしない。
(なるほど・・・)
つまり、張飛殿が宴会部長で、襲われちゃうとは酒運びをやらされるってことですね。
と今更ながらに理解したところで、飛んで日にいる夏の虫。
まんまと引っかかってしまったのである。
ニコニコと笑いながら酒を運ぶ張飛はとても楽しそうで、
普段滅多にお目にかかれないような笑顔を振りまき歩いている。
しかも、すでにつまみ食い・・・いや、つまみ飲みとでも言うのだろうか、お気に入りの酒をみつけては
ふたを開け飲み始める始末だ。
「もう!張飛殿も働いて下さい!」
「悪い悪い!」
がはは、と機嫌良さそうに笑い飛ばす張飛に軽いため息をついて、姜維は新しい酒樽を運びにかかる。
がんばれ姜維!酒はあと半分だ!

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

「皆のもの、ありがたい。私がこうして今日までこられたのも皆の・・・・」
「兄者!堅いこと言ってねーで、パーッとやろうぜ!」
「うむ、そうだな。皆の者、今日は存分に楽しまれよ」
「うっしゃぁ!飲むぜえッ!」
その声を合図に、盛大な宴会が始まった。
さっきまであんなに時間をかけて準備をした酒樽が、次々に空っぽになってゆく。
私の苦労は一体・・・と消えゆく酒を眺めつつ姜維がため息をついていると、すでにほろ酔い状態の孔明が
ぽんっと肩を叩いてきた。
「きょぉぉい、どぉーしたんですかぁ、全然飲んで無いじゃないですかぁー」
「じょ、丞相!?どうなされたんですか!?」
「姜維、酒は飲んでも飲まれるなですよぉ〜?」
いや、すでに飲まれてますよ、丞相様・・・と言いたい気持ちが山のよう。
がしっと肩をホールドして、なみなみと酒をついでくるのはやめて頂きたい。
今、敵にでも攻め込まれでもしたら、この国は終わりなんじゃないかと本気で疑いたくなる酔いっぷりなのだが、
「師の酒が飲めないとでも言うのですかぁ〜?」と凄まれては飲むしかないじゃないか。
「では・・・」と器に口を付けそうになった姜維だが、孔明の間の抜けた声が振ってきてピタリと手が止まる。
「おやぁ〜?趙雲将軍は綺麗所を連れていいですねぇ〜」
「え・・・・?」
見れば、数人の女官に囲まれてお酌をされている趙雲の姿が。
キリッとした顔立ちに、落ち着いた物腰は女官たちの間でも人気があることは知っていたし、女官たちの方も
こんな場でもなければアプローチする機会がないのだろうが・・・・。
(なんか苛立つ)
人知れず、ぶすっとふて腐れた顔になっていたのだろうか、孔明に指摘されてからかわれる。
「まあまあ、時にはいいじゃありませんか」
「・・・・・。」
孔明ののほほんとしたフォローも耳には入らず、ただじっと趙雲をにらみつけてしまう。
しかし、そんな姜維の視線に気づかない趙雲が女官に微笑みかけた瞬間・・・
プチッ・・・・
なにかが切れた姜維は、孔明が止めるのも聞かずに器の酒を盛大に一気飲みしていた。
「お、おやめなさい!姜維っ!!」
「おお!姜維殿!良い飲みっぷりじゃねえか!」
焦る孔明の声と、はやし立てる張飛の声が、大事な人の名前を呼んでいることに気づき、
趙雲はハッと振り返った。
「姜維!?」
見ると、そこには大きな器で、それこそそんなに飲んだら中毒になるんじゃないかと疑うような
スピードで酒を飲み干す姜維の姿があった。
しかも仁王立ちで。
皆の注目の的になるのはもちろん、面白がって飲ませるものだから止まらない。
「酒、強かったっけ・・・?」
あまりに豪快な飲みっぷりに呆気にとられてみていると、
その視線に気づいた孔明が手招きをして趙雲を呼んだ。
「姜維はお酒があまり強くはないのです。趙雲将軍のせいですからね」
「はあ・・・・?」
いきなり自分のせいにされても、何がなんだかさっぱり解らない。
とにかく、酒に弱いのなら一刻も早く姜維を止めなければならない・・・と思った矢先、
ドンっと荒々しく器を机においた姜維が趙雲をにらんだ。
「もぉ、趙雲殿なんか知りませんからぁ」
半ばろれつの回らない口調で不平を並べ立てるのだが、何のことだか解らない趙雲は
ただ首をかしげるばかり。
そんな趙雲を見た姜維の瞳がみるみるうちに潤んでいき、鼻をすすり出した。
姜維伯約。
飲みっぷりも凄かったが、困ったことに酔いっぷりも凄かった。
「どぉぉぉぉせっ!どぉぉぉぉせ、私なんかぁー」
ぐしゅぐしゅと鼻をすすりながら上目遣いでのぞき込むのは禁じ手というもの。
ぽおっと頬を朱に染めてウルウルの瞳も大変可愛らしいとは思うが、酒の席では危険だろう。
なのに、寂しそうな声で「どぉせ、私は女官じゃないですよぉ・・・」なんて言われた日には、
趙雲にどんな言い訳が残っているというのだろうか。
「すみません、姜維をなんとかしてきます」
「ええ、ここだと張飛殿に喰われてしまいますからねぇ」
至極楽しそうにのたまう孔明にため息をついて一礼すると、趙雲は姜維の手を引いて外に出た。
「離して下さいぃー」
「少し落ちつけって・・・」
バタバタと暴れる姜維を何とかなだめて外に連れ出したはいいものの、どうやら姜維はかなり酒が弱い様子。
ろれつの回らないままで不平を並べてくるのだが、どうも「可愛らしい」の一言が頭の中に浮かんでしまうのは自分も酒に酔ってしまったからなのか。
姜維の頭をよしよしと撫でると、姜維はうーっと唸りながらずいぶん不服そうに趙雲を見た。
「いいですよぉ、どぉーせ・・・」
「・・・はぁ」
まったく、としかため息が出ない。
ここに来てようやく趙雲は姜維が不機嫌な理由が理解でき始めていた。
要するに、先ほど自分が女官に囲まれていたのを目撃し、ヤキモチを焼いているのだろう。
そうだとすれば「可愛いヤツめ」で済みそうなものの、姜維はそうはいかない。
ヤキモチ焼きなくせに、強がりでもあるのだ。
放っておくと一人で抱え込んでしまうのが玉に瑕。
どうしようもないな、と肩を落とした趙雲は、そっと姜維の身体を引き寄せた。
「あんまり飲み過ぎるな」
「関係ないじゃないですかぁ・・・」
うー、と涙目でにらんでくる姜維に微笑みかけておでこにそっと口づける。
「ヤキモチ焼いてるのか?」
「・・・・・・うー」
よほど恥ずかしいのだろう、首筋まで真っ赤になった姜維が趙雲の肩口に顔を埋める。
そして、消え入りそうなほど小さな声でボソボソと呟く。
「だって・・・好きなんですから」
「・・・・・・・」
そうして、またさらに真っ赤になった顔を隠すように抱きついてきた姜維の顎をとると、
趙雲はゆっくり口づけた。


「春ですねぇ・・・・」
「おのれ趙雲・・・」
同時刻、ちょっと離れた茂みの中。
ぴょこんと顔を出した孔明と、孔明に隠れるようにして様子をうかがっている劉備の姿があった。
毎度のごとく、孔明が劉備を連れて見学にやってきたという訳なのだが、
一国の主とも言うお方が、どうして茂みなんかに隠れているの。
「いいですねぇ、ああいうの・・・」
「何!?孔明はあれが良いのか!?」
がばっと孔明を振り返った劉備は、その一瞬後に盛大な後悔の海に沈むことになった。
「いやですねぇ、殿もヤキモチですかぁ」
「ちがう!ちがうぞ!!」
ぶんぶんと首を振って否定するも、にこやかな笑顔を浮かべた孔明は、至極楽しそうに劉備の顎に手をかけると
ことさらにこやかに微笑んだ。
「ヤキモチ焼きはだめですよ?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫。
ばさばさと茂みの中から鳥が飛び立ち、酔いも千里の彼方に吹き飛ばした趙雲と姜維が
劉備の悲鳴を聞きつけてやってきたが、その一瞬後には「何も見なかった」
と顔を見合わせ一目散に立ち去ったという・・・・。

*end*

*にゃ〜。もうもう、なんだかよくわからないお話に・・・。はうう。
どうして孔明さんと劉備さんはこんなノリになるんでしょう?