大切なものは・・・いつかは消えてしまうものなのだろうか?
いつか、どこかにいってしまうのだろうか?
守れるだけの力が、自分にあるのだろうか?
自分は弱いから。
それを考えるのが恐かった・・・。

「趙雲殿・・・・」
真夜中過ぎ、きいっと静かな音を立てて寝室の扉が開かれた。
広い部屋の一角ですやすやと安らかな寝息を立てている人物。
部屋には深い色を基調としたモノトーンの家具が並んでいて、綺麗に整頓された部屋は生活感が薄く、
少し寂しい気分になる。
そんな部屋の窓際におかれた寝台の傍に移動した姜維は、
そっと身体をかがめてこの部屋の主をのぞき込んだ。
「綺麗な顔・・・」
そっとその頬にふれてみる。
いつもは穏やかな微笑みを浮かべている切れ長の瞳も、今は長いまつげに隠されていて
その理知的な表情が映し出されることはなかった。
いつも冷静で、勇敢で、人一倍責任感がある。
五虎将軍の立場にあるが、少しも偉ぶったりすることはない。
強く、けれどどこか孤独を感じさせる・・・それが、趙雲子竜という男。
「・・・・・・・」
いつもは結っている少し長い髪の毛を梳き流し、顎のラインを通って形の良い唇に触れたとき
姜維はふと手を止めた。
(どうして私なんだろう・・・)
それは、姜維がいつも抱えている疑問。
知勇兼武でこの容姿なら、引く手数多なはず。
いつも惹かれているのは自分だと思っていた。
自分だけが、恋をしているのだと思っていた。
だから・・・。
(私の・・・恋人?)
一緒にいる時間が増えれば増えるほど、彼におぼれていくような気がして恐かった。
いつか、この人が自分の傍からいなくなってしまったらどうなるのか。
考えることが恐かった。
この恋は普通じゃない。
そう知っているからこそ、恐くなる。
だけど、もう止められない。
あふれ出した想いは、ひたひたと広がって体中を覆っている。
今更それを取り上げられたら、後に残るのは空虚な心だけ・・・。
そう、たとえここが戦乱の世だとしても。
「どうして、私なんだろう・・・」
同じ疑問を口にした姜維は、ふといつかの夢を思い出した。

「・・・・?」
薄暗い闇の中、姜維はゆっくりと辺りを見回した。
人の気配はなく、どこか遠くから淡く桃の香りが漂ってきている。
それが訳もなく不安をかき立てて、姜維はゆっくりと歩き始めた。
音も、風も、人の姿もない灰色の空間をしばらく歩くと、目の前に一人の少年が見えてきた。
上を見上げる瞳は不安定で、深く揺らめいていた。
「どうして、このようなところに子供が?」
訝しそうに姜維が呟くと、少年はゆっくり姜維の方を向くと、少しだけ瞳を細めた。
「お兄ちゃんは、この場所が恐い?」
そう静かに問いかけてくる姿に、姜維はなぜか懐かしさを感じたが、
それがどこから来るものなのかは解らなかった。
少年の問いかけに姜維が答えられないでいると、その間をどう読みとったのかは解らないが
少年が静かに言葉を繋げてきた。
「僕は恐くないよ・・・・一人でも」
「どうして?」
反射的にそう問いかけると、少年はキュッと下唇を噛んで寂しそうな顔をした。
「大切なものは・・・いつか消えてしまうんだよ」
「どうしてそんなこと・・・・」
訳もなく、悲しい言葉だと思う。
いつかは消えてしまうから、だからこそ大切にしたいと思っているのに。
むしろ、消えてしまわないように守りたいと思っているのに。
この少年は、この年にしてどうしてこんな悲しい言葉を口にするのだろう。
「いつか消えてしまうなど、最初からあきらめていいのか?」
怒ったようにそう言うと、少年はキョトンとした顔で姜維を見つめてきた。
「どうしてそんなことを言う?大切なものがいつか無くなるなんて。
大切だから、守りたいんじゃないのか?居なくなって欲しくないって・・・」
息もつかずにそこまで言うと、少年はふっと微笑んで首をかしげた。
「お兄ちゃん、好きな人がいるんだね」
「・・・・・」
「僕は・・・・好きになった人を守れるだけの力が欲しいんだ。
 あの人は、強いから。でも・・・・・」
そこで言葉を句切ると、少年はゆっくりと瞳を閉じた。
その瞬間。
あたりに風が吹くと、どこからともなく花びらが舞い散り、少年の姿が少しづず変化し始めた。
少しずつ背が伸び、細い手足が大きくなる。
段々大きくなるその姿に、姜維は思わず息をのんだ。
「趙雲・・・殿・・・」
続く言葉が、何も出てこない。
目を見開いていると、ゆっくりと瞳を開いた趙雲が、切なそうな瞳で姜維を見つめてきた。
「でも・・・・どうしてお前が俺を好きになったかわからないんだ」
「・・・・」
それは、常々姜維が抱いていた疑問。
どうして、自分なの。
どうして、好きになったの。
日がたつほどに深くなる想いと裏腹に、心を締め付ける疑問。
姜維が何かを言う前に、趙雲が先に言葉をつないだ。
「どうして、俺なんだ・・・・・?」
そう言うと、趙雲の身体がゆっくりと淡い光に包まれて薄れてゆく。
それをつなぎ止めたくて、手を伸ばそうとしても、届かない。
強くなる桃の香りと吹き荒れる花びらに阻まれて、趙雲の姿がどんどん薄れてゆく。
「嫌・・・・・っ」
まだ、何も伝えられていない。
心の中の疑問も、自分の想いも。
薄暗い闇の中に吹き荒れる風の中に、趙雲の姿が消えてゆく。
伝えようと伸ばした手をすり抜けて、趙雲の姿が花びらになって四散した。

―――姜維!姜維!
ふとその瞬間、自分を呼ぶ声と肩を揺さぶられる感覚に姜維はうっすらと目を開いた。
「あ・・・」
目を開けると、心配そうに見つめる趙雲の視線とぶつかった。
どうやら枕元でうたた寝をしてしまったらしい。
「伯約・・・・どうしたんだ?」
心配そうに眉を寄せる仕草に、夢の中の少年の姿が重なる。
(どうして、あんなことを・・・)
喉元まで言葉が出かかったが、急に抱きしめてきた趙雲の言葉に、姜維は何も言えなくなった。
「嫌な夢を見た・・・・お前が、どこかに行ってしまいそうな・・・」
「子竜・・・」
そっと趙雲の背中を抱きしめる。
自分と同じように彼も怯えることがあるのだろうか?
疑問に思うことがあるのだろうか?
お互いが信頼しあっていないと言うわけではない。
ただ、不安に駆り立てられるのだ。
伝えたいことがありすぎて、時間が追いつかないというのが現状。
どうしたらいいか解らずに、右往左往しているのが可笑しくなる。
けれど、いつかは言葉に出来るようにしようと姜維は思う。
胸に抱える疑問も、伝えたい想いも・・・・。
だからそれまで、強くなろうと思う。
夢の中の少年が悲しい言葉を口にしなくてもいいように。
いつかは消えてしまうだなんて、そんなことはないんだと伝えたい。
「好きです・・・・」
そっと囁く言葉に、ありったけの想いを込める。
理由はわからなくても、今はそれだけで十分。
抱きしめ返してくる腕の暖かさが、全てだと思いたい。
どうして好きになったのか。
ちっぽけなことを疑問にしていたのだなと思う。
傍にある存在は、こんなにも暖かくて大きいのに。
(いつか・・・解ったらいいな)
きゅっと抱きしめる腕に力を込めると、趙雲が優しく微笑んだ。
その暖かさに瞳を閉じると、また夢の中に落ちてゆく感覚に襲われる。
薄れゆく意識の中で、微笑む趙雲の顔と、夢の中の少年の面影が交差する。

もう一度、あの少年に出会うことがあれば伝えたい。
理由がわからなくても、傍にある暖かさが全てなのだと。
上手く言えないけれど、不安も、共有するものだと・・・・。
だからそれまでに、もう少しだけ強くなろうと思う・・・・。

*end*


☆何!?なんでしょうか、コレはぁぁぁ!!
最初と最後で話が違いますねぇ・・・しまった!!
777hit、おめでとうございました〜☆

宵闇