コトッ・・・・・・
「・・・・・・?」
静かな夜更け。
自室で書簡に目を通していた姜維は、小さな物音と人の気配を感じた。
気になってふと周囲を見渡してみるのだが、それらしき姿はなかった。
「気のせいか・・・?」
首をかしげて、それでも深くは考えずにもう一度書簡に目を通す。
コトッ・・・・
すると、しばらくしてまた同じように音がした。
が、しかし、やはり先刻と同じように変わった様子もなかった。
「何なんだ・・・?」
誰かが進入してきたのならば門番が気づくだろうし、
家のどこにも鍵をかけ忘れたところはない。
不思議に思いながらも、その日姜維は床につくことにした。


「妙な気配がした・・・・?」
「ええ、何か微かな音もするのですが、特に変わったこともなくて・・・」
「そりゃ、お前の思い過ごしだろーに」
翌日。
姜維の話に、趙雲と馬超はそろって首をかしげた。
思い過ごしだと良いんですけれど、と苦笑いを返す姜維に、趙雲が眉を寄せる。
「大丈夫なのか?」
「おいおい趙雲、姜維も子供じゃねーんだから」
「あ、ああ・・・」
そうだな、と返事を返しておきながらも、どうも腑に落ちない。
もちろん、もう子供でもないし一人前の武将であるから、
気配を感じることはあっても恐いと思うことは、そうそうない。
だとすれば、相手が相当な殺気を持っているか、あるいは本当に・・・・・・。
「気をつけろよ」
「はい、解っています」
一応そう言ってはおくものの、どうも妙な気配が離れない姜維は、別れ際に趙雲を呼び止めた。
「あの・・・少し、部屋を見てもらえませんか?」
「ん?ああ」
小さく耳打ちすると、趙雲はにっこりと微笑んで応じてくれた。
その笑顔を見て、少しだけホッとする。
趙雲と連れだって自宅へと向かった姜維だったが、自宅の門をくぐったところで
ピタリと足が止まった。
「何か・・・妙です」
「?」
いつもとは違う気配に、警戒しながら扉の方へ向かう。

しかし、別段変わったところもなく扉をくぐって家の中に入ったのだが、
書斎の扉の前に何かが落ちているのを見つけた。

「これは・・・」
部屋の扉の前に小さな鞠が落ちている。
子供用だと思われる大きさの鞠には、赤黒く染みが付いている部分があった。
これは、血の色だろうか。
「誰の・・・・」
そっと鞠を手にした姜維は、どこかでその鞠を見たような気がしてならなかった。
きっと、どこかで・・・・。
「それ、この間の山賊討伐のとき、村の子供が持っていたやつじゃないのか?」
そんな姜維の疑問に的確な答えを出したのは趙雲だった。
言われてみて、ハッと思い出す。
少し前、山賊討伐に向かったとき、訪れた村の子供がこの鞠で遊んでいた。
人なつっこい笑顔が印象的で、村に滞在した一週間の間、よく遊んでやったものだった・・・・。
でも、それがどうしてこんなところに・・・・。
「姜維、まさかとは思うが・・・」
「行きましょう!今すぐ!ねえ!!」
居ても立っても居られなくなり、姜維は鞠を抱えると家を飛び出していった。




「嘘・・・」
ポトリと、手にした鞠が滑り落ちる。
村にたどり着いた姜維たちが見た物は、村の変わり果てた姿だった。
姜維がこの村を訪れたときには、そこここに畑があり、家があり、
村人たちの笑い声があった。
それが今は一面の灰に覆われ、所々に煙がくすぶっているだけである。
「これは一体・・・」
呆然と立ちつくす姜維。
辺りを見回した趙雲は、地面のあちらこちらに弓や槍が刺さっていることに気がついた。
「まさか・・・」
盗賊、若しくは敵軍の仕業だろうか。
どこかに生き残った人がいないものかと周囲を見渡すと、遠くに二人連れの人影を見つけた。
「あ・・・将軍様・・・」
趙雲が近づくと、かつてこの村の住人だった夫婦が憔悴しきった顔でお辞儀をした。
「これは一体?」
「はい・・・先日夜襲をかけられまして・・・」
「みんな、焼き払われてしまったのです」
ポツリ、とそう答える。
「せっかく将軍様に守って頂いた村を・・・守れませんでした・・・」
そう言ってその場に泣き崩れる婦人をそっと支えると、姜維は例の鞠を取り出した。
「これは、御子息のでは?」
「あ・・・」
婦人は一目その鞠を見るなり、大事そうに懐に抱えた。
「あの子は・・・あの子は・・・・」
姜維にすがりつきしゃくり上げて泣く婦人を、姜維はどうすることも出来なかった。


(戦場を逃れたのは良かったのですが、あの子には残酷すぎたようで・・・・
間もなくして、息を引き取りました。
将軍様に有り難う、もう一度将軍様と遊ぶんだと楽しみにしていましたのに・・・)
少し高く土を盛られた墓の前に鞠を備える。
ふぅっと小さくため息をついた姜維は婦人の話を思い返していた。
「泣いたら、笑われますね」
「そうだな・・・」
涙に少しかすんだ瞳で趙雲を見上げる。
多くは語らずとも、趙雲は姜維をありのまま受け入れてくれる人だ。
しゃがみ込んでいる姜維の頭をそっと撫でると、優しく微笑んだ。
その優しさに、今は少しだけ甘えることにする。
救えなかったもの、これからのこと、様々な運命。
自分に降りかかってくるのは戦乱だからと片付けられるものばかりではない。
時に理不尽で、時に切なくて。
人間だから感じられる痛み、悲しみ、憤り・・・。
殿の天下が来れば、無くなるのだろうか?
こんな時は、信念が揺るぎそうになる。
自分は強くないと思い知らされる。
「いつになれば・・・こんな事が無くなるのでしょうか」
ポツリと呟く姜維に、趙雲は一瞬表情を曇らせた。
「いつか・・・それは俺には解らない。
こんなことばかりだと、本当に自分のしていることが正しいのか解らなくなるときもあるな」
「・・・」
全身胆と言われた趙雲でさえ?
人一倍勇敢で信念を貫き通しているように見える彼でさえ?
信じられない、といった表情で姜維は趙雲を見た。
「解らないときは聞けばいい。
迷いがあるときは悩んで、それでも迷うときは俺に助けを求めればいい」
人間なんだから、と付け加える趙雲の微笑みが心に染み渡る。
「人間らしい・・・笑っている顔の方が子供は喜ぶのではないか?」
「そうですね・・・・」
迷いの曇った表情では、少年は心配するに違いない。
将軍様はいつも笑顔だったんだから、と怒るだろうか?
涙がこぼれないように上を向いた姜維は、ゆっくりと大きく深呼吸をしてから
穏やかな微笑みを少年の墓に向けた。
過去を振り返らないと言う訳でも、忘れるという訳でもない。
しっかりと記憶にとどめ、前を向いていこう。
迷うときは、傍らに優しい微笑みがある。
ゆっくりと立ち上がり、背を向けて帰っていく姜維にどこからともなく声が聞こえた。
(ありがとう・・・頑張ってね・・・)
「どうかしたか?」
「いえ・・・何か聞こえたような?」
「まさか」
「そうですよね、帰りましょうか」
「もう・・・大丈夫なのか?」
「ええ、泣きはしませんよ。私だって・・・男ですから」
下り坂を連れ立って降りてゆく二人の背後にぼんやりと少年の姿が浮かび上がった。
鞠を抱えた少年は、嬉しそうに手を振りながら、いつまでも二人の姿を見送っていた。
(ありがと・・・)

*END*


すいません。こんなものをキリリクにしてしまう御崎をしかって下さい(本気>泣)
肝試しからは遙か彼方千里を爆笑するトンデモSS。
ギャグを書くつもりが、いつの間にかエセシリアスに。
それでも御崎はこの話が書きたかった!!(開き直り>死)
本当にすみません・・・また何か書かせて頂きます。