「右よし、左よし・・・」
ぴょこりと柱の影から頭を出した姜維は、入念に周囲を見回して、誰もいないことを確認した。
十分に見渡した後、小走りに次の柱の陰まで移動した姜維は、ふーっと大きなため息をついた。
「ああ、早く帰りたい・・・」
がっくりと肩を落として身を潜める。
姜維は今、城内を歩いているのだが、どうしても早く外に出たいのには理由があった。
まるで何かから逃げるように身を小さくした姜維の背後に、いきなり人影が現れて姜維の肩を叩いた。
「こんなところで、何をしているんだ?」
「うわっ!」
心臓が口から飛び出そうなほど飛び上がった姜維は慌てて後ろを振り返った。
「ちょ、趙雲殿!驚かさないで下さいよ!」
「いや、別に驚かせるつもりはなかったんだが・・・こんなところで何をコソコソとしているんだ?」
趙雲が不思議そうな顔をして尋ねると、姜維はずずいっと身を乗り出して趙雲に耳打ちした。
「逃げてるんですよっ、見つからないように・・・・」
「逃げ?」
趙雲が首をかしげると、途端に声が大きいと姜維が趙雲の口を塞いだ。
「ど、どうしたんだ?」
「だから、静かにして下さい・・・」
訳もわからずに首をかしげる趙雲と、涙目で訴える姜維。
物陰で言い合いをしているうちに、二人の背後からとびきり大きな声が降ってきた。
「よう!姜維殿!ここにいたのか!」
「う・・・」
振り向いた先には、満面の笑みをたたえた張飛が立っていた。
しかも、大きな酒瓶を持って。
途端にがっくりとうなだれる姜維に対し、「ああ、なるほど」といった顔で納得する趙雲。
どうやら姜維は張飛に見つからないように城内から出ようとしていたらしい。
張飛の様子からすれば、また宴会でも開くのだろう。
となれば、若い姜維は皆の格好の餌食になるだろう。
酒に弱い姜維は、宴会には少々嫌な思い出があったりする。
勢いで一気飲みをした挙げ句に、悲惨なことに記憶を飛ばしちゃったりしたのだ。
それからというもの、極力酒の席を避けようとしてきた姜維だったが、どうもこうも上手くいかない。
今日も張飛に捕まって宴会に誘われたのを、何とか逃げようとここまでやってきたというのに・・・。
「はあ・・・」
姜維が深々とため息をつくと、見かねた趙雲がさりげなく姜維を自分の背中に隠しながら、一歩前に出た。
「すまないが張飛殿、我々はこれから丞相府へ参らねばならないのです。宴はまたの機会に」
「ちぇ、今日は非番じゃねえのか?」
「なんでも、急な話だそうで。また遠征かも知れませんね」
趙雲がそう告げると、張飛は何かを思案するような顔をしていたが、すぐに頷くと趙雲の肩をバシバシと叩いた。
「そりゃ大変だ。何か決まったらすぐ伝えてくれよ!」
「ええ、すぐにでも。そうだ、南方より珍しい酒が手に入ったのです。後ほどお届けに参りますよ」
「おう!そいつは楽しみだ!待ってるぜ!」
ゲラゲラと豪快に笑いながら、張飛は宴の方へと去っていた。
完全に張飛が見えなくなってから、姜維はもう一度大きくため息をついた。
今度は、少しだけ安堵の気持ちも混じりながら。
「た、たすかった・・・」
「危なかったな、伯約」
苦笑いを浮かべながら、趙雲がそう呟く。
姜維が酒に弱いことを知っている趙雲としては、出来るだけ他人の前で酒を飲ませたくないと言うのが本音のことろ。
張飛に捕まれば、どれだけの酒を飲まされるか計り知れない。
(張飛殿も決して強い方ではないのだが・・・)
皆が集まる明るい雰囲気が好きなのだろう。
張飛には、戦いの合間に、人々へ笑顔と安らぎを与えたいと思っている節がある。
もっとも、張飛が酒好きだというのも、大部分を占めてはいるが。
そんなことを考えつつ歩いていると、姜維が何かを訴えかけるようにじっと見ていることに気がついた。
「どうかしたか?」
「いえ、珍しいお酒って・・・気になりまして」
「伯約・・・・」
好奇心旺盛というか、珍しい物好きというか。
姜維は学問でも武芸でも、自分の知らないことに対して、興味を持ってしまうようだった。
いつもならそれは、勉強熱心だと感心すべき事なのだが、悲しきかな、お酒にまで興味を持たなくても良いではないか。
もとより、酒が嫌いというわけではないので、興味があるのだろうが・・・・
「伯約、あのなあ・・・」
「気になりますーー」
少しだけですから!とお願いされては、趙雲もさすがに断れなくなってくる。
上目遣いの姜維に、一撃で負けてしまった趙雲は、ため息をつきながらも姜維を家へと招き入れた。
「わあ・・・かわった色なんですねぇ」
「南方に遠征に行ったときにな」
「私も連れて行って下されば良かったのに・・・」
そう言うと姜維は、はあーと長いため息をついた。
趙雲や張飛、孔明といった面々が南蛮へ遠征に行ったとき。
姜維と言えば相変わらず国内の内政従事にいそしんでいた。
それはそれで大変意味のあることだと承知している。
だがしかし。
一ヶ月以上も帰ってこなかった上に、やっと遠征から帰ったと思ったその日に過労で倒れたりするから、
そりゃ文句の一つや二つも言いたくなるというもの。
―――実際は帰ってきた丞相に山ほど愚痴を言ったのだったが。
「仕方ないだろう、それは・・・」
「そーなんですよね。私は五虎将軍とかじゃないですもんねー」
「おいおい・・・」
ブツブツと机に向かって文句を言う姜維をなんとかなだめようとするも、
姜維は机に突っ伏したまま顔を上げようとしない。
困り果てた趙雲は、酒の瓶を取ると姜維に声をかけた。
「酒・・・大人の飲み方を知ってるか?」
「え・・・・?」
栓を抜くとそのままラッパ飲みで口に含み、姜維に唇を寄せる。
何が起きたか解らないような顔をしていた姜維は、重なった唇の間から
アルコールが入ってきたことに目を丸くした。
「けほ・・・・っ」
飲み下して唇を離すと同時に大きく息を吸い込む。
どれほども量は飲んでいないはずなのに、頬が火照ってクラクラした。
「酔いやすいだろう?」
これで愚痴を言っている暇はないな、とニヤリと意地悪く趙雲が微笑む。
「ひきょ・・・・」
皆まで言わぬうちにもう一度口づけられて、お酒が注がれる。
「本当に弱いなあ・・・」
ニコニコと楽しそうに笑う趙雲は以前として素面のようで。
それがますます姜維の火照りを早めている訳なのだが、これは酒に酔うというより
雰囲気に酔う方が大きいのではないだろうか。
「ずっる・・・・責任とって下さいよぉッ!」
「はいはい」
ぐでっと机に突っ伏す姜維をひょいっと抱え上げ、
ぼんやりしている姜維のおでこに軽く口づけると、趙雲は満足そうに笑った。
翌朝。
期待を裏切らず記憶を飛ばした姜維が、首から点々と続く跡を見るや否や、
趙雲にすさまじい勢いで詰め寄ったのは言うまでもないことだった・・・。
*END*
☆はい、おしまいでございます。
すみません、中途半端なネタで。夏ってお酒のおいしくなる季節ではありませんかー。
いえいえ、冬でももちろん!(おいおい)
そんなこんなでお酒ネタです。一体どこで悪さを学んでくるのでしょうか、趙雲さんは(笑)
ちなみに、この飲み方は本当に酔いやすいです。ご注意を(笑)
蘇芳苳符様、おめでとうございます!!
osake